第13話「おいこら!」

 突如、声が降って来たので俺達は吃驚した。

 慌てて、周囲を見渡す。

 ここまで混乱したのは理由がある……

 当然索敵の魔法は使い、周囲を警戒していたのに、いきなり至近距離に反応が表れていたからだ。


 相手の所在はすぐ分かった。

 

 何と!

 ひとりの男が居る。

 しかも俺達の真上、空中に!


 これはテレーズが森の中に出現した時と全く一緒だ。

 多分、管理神様が仰っていた『ガード』っていう魔法効果がなくなるスキルを使っている。


 とっさにクーガーがレベッカとテレーズの前に立ちふさがり、庇い守るように両手を広げた。

 無論、ケルベロス以下従士達も戦闘態勢へ入っている。


 俺は、出現した男の方を見た。

 

 男は、宙に浮いて腕組みをしている。

 奴の周囲に、強い魔力を感じる。

 多分、飛翔か浮上の魔法を使っているのだろう。


 背が、結構高い男だ。

 痩身長身、身長は180㎝を楽に超えている。

 年齢は……外見的には20代半ば。


 肩まで伸びた、金髪のサラサラ長髪に切れ長の目。

 鼻筋の通った、端正な顔立ち。

 口元には……クールな笑みが浮かんでいた。


 恰好は、出会った時のテレーズと同じ。

 王族か、貴族のような豪奢な衣装を着ている。


「おい、テレーズ、そろそろ潮時だ、帰るぞ、とっとと支度しろ」


 男が、再び帰還を呼びかけて来た。

 おお、何て乱暴で一方的な言葉遣いだろう。


 これって、もしかして、テレーズの言っていた『迎え』が来たのか?

 

 ならば、もしかして、この男が……テレーズの『夫』なのだろうか?

 女たらしの夫……

 見た目は超イケメンだから、自分に絶対的な自信があるのか。

 こんな奴は、人間にもいそうだから、一応は納得だ。

 と思ってたら、また怒鳴り声が、


「こらぁ! 何ぐずぐずしてる! さっさとしろ!」


 ざっくりとしか聞いていないが、テレーズの『家出』はこの夫に反省して貰い、仲直りしたいというのが趣旨。

 だがこの「おい!こら!」の態度は傲慢そのもの。

 反省している素振りなど、微塵もない。


 念の為、テレーズに無言のアイコンタクト。

 帰る? って聞いてみた。

 すると……


 テレーズの奴、ふるふると首を横に振った。

 これは、はっきり「ノ~」って事。

 更にぶんぶん強く振っているから、「絶対に帰りたくない!」という意思表示だ。


 まあ、なぁ……

 あいつの、あの物言いじゃ、到底今迄の『行為』を反省しているようには見えない。

 テレーズが傲慢なあいつの下へ帰りたくないのも、よ~く分かる。


 と、なれば旦那と夫婦喧嘩して、実家に避難して来た『愛娘』の交渉役は決まっている。

 『強い父親』または『妹思いの兄貴』の役回りを務める、この俺の出番となる。


 とは言っても、すぐ戦いとかはない。

 そんな事していたら、即時開戦だもの。

 まずは、対話で平和的にアプローチだ。


「お~い、あんたテレーズの身内か?」


「…………」


 俺が呼び掛けても、男は答えず、無言であった。

 空中に浮かんで、腕組みをしたままだ。

 そして鋭い目で俺を睨んでいた。

 めらめらと、凄い憎悪の感情が伝わって来る。


 テレーズの夫なら、多分……妖精なんだろう。

 下賤な人間如きとは、話したくないという雰囲気ありありだ。


 俺は諦めず、再び声をかける。


「あんたが無視したいのなら勝手にすれば良いが……俺はちゃんと話し合いたいし、テレーズとも話すべきだ。俺が納得しなければ、テレーズは絶対に帰さないからな」


「…………」


 相変わらず無言だが、俺の言葉が『挑発』に聞こえたのだろう。

 男の魔力が、著しく高まった。

 こっちへ、凄い圧力をかけてくる。


「きゃうっ!」


 ただならぬ『殺気』を感じたレベッカが、可愛い悲鳴をあげる。

 レベッカって、実は超が付く面食い。

 だから、このイケメン妖精をついチェックして見ていた。

 まあ、こんなのも、日々大変な生活の中で彼女の唯一の楽しみ。

 たまには許してあげる。

 最後には「ダーリン、御免ね」って、ベタに甘えて来るいつものパターンだから。


 だが、レベッカのそんな甘い気分は吹き飛んでしまった。

 イケメン夫からいきなり怖ろしい気配を当てられ、立っていられず、ぺたんと座り込んでしまったのだ。

 可哀そうに、ぶるぶる震えてる。


 戦士で狩人だが……

 常人であるレベッカは、人外のこんなモノ凄い敵と戦った事がない。

 この気配は、あの時襲われたオーガなどを遥かに凌ぐ殺気なのだから。

 奴の放つ、とんでもない気配に対し、完全に怯えてしまったのだ。


 しかし俺は完全に頭に来た。


 平和的に話しかけている答えがこれか?

 それも……てめぇ……よくも……

 俺の可愛い嫁を……怯えさせたな?

 

 テレーズの夫だか何だか知らないが……

 さっきから、したてに出てりゃいい気になりやがって……

 そもそも俺は、てめぇの嫁を『大事に大事に』預かっているんだ。

 礼を言われさえすれ、脅かされる筋合いはない。


 レベッカは怖がっていたから、気になって、クーガーを見れば……

 やっぱ元女魔王だけあって、「こんなの平気よ」って顔している。

 そして、俺を見て「うんうん」頷いている。

 両手を大きく広げて、レベッカとテレーズを庇いながら。


 クーガー、『俺の思う通り』って事だよな。

 ここは怒って良いって!

 うん、俺とお前、以心伝心って事だ。

 おお、クーガー、愛してるぜ!

 

 俺は、改めて男を見た。

 もうあまり時間がない。

 容赦なく攻撃魔法を発動するつもりらしいから。

 本当に物騒な『おいこら男』だよ。


 ふむ、奴はレベル80オーバー、風属性……

 強敵だし侮ってはいけないが、俺が充分戦えるレベルだ。

 ちなみにおおまかなら、俺は相手のレベルを読み取る事が出来る。


 彼を知り己を知れば百戦殆うからず……


 俺が今迄戦って、もしくは見て、本当にヤバイと思ったのは魔王時代のクーガー と、アールヴのソウェル、シュルヴェステル様だけだ。

 特にシュルヴェステル様には絶対敵わないと思ったもの。

 ああ、管理神様と女神様達は別格だから、念の為。


 飛翔フライト


 いきなり!

 俺は、無詠唱で飛んだ。

 

「な!?」


 俺が飛翔したのを見て、テレーズの『夫』は呆然としてしまったのであった。

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