第12話「ベストを尽くして!」

 今回の釣りメンバーはいつもの狩りメンバーとほぼ一緒。

 クーガー、レベッカ、ケルベロス、ベイヤールに、『魚大好き』のジャンも参加していた。

 こうなると俺を含め、戦いが得意な者は村を出払っているので、万が一の場合もある。

 戦力として頼りになる、グリフォンのフィオナはお留守番とした。

 まあ、何かあったら俺は転移魔法を使い、速攻で戻るけど。


 ベイヤールを始めとした騎馬で軽やかに東の森へ向かい、更に奥にある湖へ到着。

 俺達は、早速釣りに精を出した。

 

 この場所は相変わらず入れ食い状態である。

 東の森は魔物が出没するから結構危険な場所だし、ここはオベール様の領地。

 

 領民以外は、狩りも釣りも植物の実の採取も一切が禁止となっている。

 となれば、他に釣り人は全く居ないから『場荒れ』しようがないのである。


 釣り初体験のテレーズも、当然夢中。

 ぴちぴち暴れる魚を掴むのも、全然平気。

 目をキラキラさせながら、奮闘している。


 数人がかりの釣りなので、あっという間に大漁だ。

 鱒を30匹以上釣って、速攻で下処理をする。

 これで家族の分は確保。

 俺の空間魔法で『冷凍』すると、更に数匹釣ってお昼の支度をする。


 焼き魚は勿論だが、鍋も持って来た。

 なので、オリーブオイルと塩を少量入れて刻んだ野菜を炒め、鱒を放り込んでハーブで仕上げ。

 そんな、『なんちゃってブイヤベース』も作る。

 パンも魔法で焼き立て状態に近いので、食事が進む、進む。

 

 天気は、今日も快晴。

 温かくも寒くもなく、見上げれば千切れ雲が飛び、吹く風は爽やかだ。


 ああ、良い天気、良い空気の中で美味い食べ物を家族で食べるって、最高だ。

 安全面さえクリアすれば、お子様軍団もぜひ連れて来たいのだが……

 

 そんなこんなで食事が終わると従士達は索敵しながら、休憩。

 俺とクーガーも索敵、そしてレベッカ、そしてテレーズが加わり車座になって4人で紅茶を飲む。

 

「ここは……良いところね」


 テレーズがぽつりと呟く。

 そして、俺達を見渡して尋ねる。


「ねぇ、皆さん、伝説の楽園の話はご存知?」


 テレーズの突然の問いかけに、すぐ反応したのはクーガーだ。


「それって、エデンでしょ」


「当たり! そう、エデンよ。……エデンは第3番目の世界と言われていた。創世神様がお創りになった楽園であり、悩みが一切ない。使徒様やあなた達、人の子、そして精霊や私達妖精も一緒に、幸せに暮らしていた」


 遠い目をして答えるテレーズだが、今度はレベッカが言う。


「だったら、ここはエデンじゃないよね。エデンは永遠に平穏が続く聖地だって言うじゃない。だけどこの地には辛さや苦労が溢れている。戦いや争いも絶えない……それ以前に各自が、日々頑張って働かないと、生活が出来ないという厳しい現実があるもの」


「ええ、レベッカ……貴女の言う通り。確かにここは……ボヌール村はエデンじゃない……」


 レベッカに否定されたテレーズは、微笑んで同意した。

 片や、持論が通ったレベッカは機嫌が良い。


「でしょ! 愛するダーリンも子供も、仲間も居るし……エデンだったら最高なんだけどね!」


「だけど……」


 テレーズはまだ何か言いたいらしい。

 レベッカとしては、当然気になるところだ。


「だけど、何? 聞かせて?」


 首を傾げたレベッカだが、これからどのような話になるのか、俺もクーガーも気になった。

 そんな俺達を見て、テレーズは言う。


「ええ、……残念ながら……いろいろあって……エデンはもう消えてしまった。既に存在してはいないけれど……ここボヌール村こそ、現在ある真の楽園……私個人はそう思う……見て」


 テレーズが指さした方向を見ると、俺の従士達がのんびりと、くつろいでいた。


「妖精の私やジャン、冥界の魔獣ケルベロス、そして悪魔の馬ベイヤール、それに村にはグリフォンまでも……皆、仲良く助けあって暮らしている」


「確かに! だけどそれは旦那様のお陰よ」


 テレーズの意見を認めながら、自分の意見を述べたのはクーガーだ。

 ため息をひとつついたクーガーは、更に話を続ける。


「従士達は旦那様が召喚し、グリフォンのフィオナも旦那様が助けた。今、ボヌール村が平和なのは旦那様のお陰……私はね、かつて破壊し、奪う側だったから良く分かる」


「成る程、さすが元魔王のクーガーね」


「ええ、今のボヌール村はテレーズの言う通り、確かに楽園かもしれない。だけどそれは旦那様が振るうレベル99……すなわち力ありきの正義があってこそ。力なき正義では平和は得られない……私はそう思う」


 クーガーの意見を聞いたテレーズは、一応納得したようである。


「ええ、人間も妖精も今迄の歴史の中で、戦いが未経験なんて事はない、一理あるわ。こちらが平和に暮らしたいと思っても、暴力的な価値観を無理やり押し付けて来る奴らが居るから……家族を、民を守らなくてはならない」


「その通りね。……確かに対話は大切よ。だけどいくら声をあげて抗議したって、正しい意見が通らない事は多いわ。例えるなら、目の前で妻や娘がレイプされるのを見ているだけなんて馬鹿で愚か者。もしも一方的に理不尽な事をされそうになったら、私は仲間の妻や子供達を絶対に守る! どんな手段を使っても!」


 熱く、そしてびしっと言い放つクーガーを、テレーズはじっと見つめていた。

 クーガーは更に言う。


「あと、付け加えれば……時が過ぎれば全ては変わる。旦那様や私達が居なくなれば子供達の代になるけど……ボヌール村が『楽園』のままかどうかは、誰にも分からない」


 そうだ……未来なんて……誰にも分からない……

 ボヌール村の平和が。このまま続くかどうかも。

 クーガーの言う通りだ。

 テレーズも、納得したらしい。


「確かに……そうね」


「だからこそ、私は思う。今を! 私達は生きているこの今を、ベストを尽くして生きる。子供達へ良い世界を渡す為にも。多分、後悔しない人生なんてないでしょうけど……少しでもそう思わない為に」


 クーガーの言う事には……重みがある。

 事故で突然亡くなったクミカは……人生を全う出来なかったから……

 そのクミカの生まれ変わりのクーガーは、そしてクッカは、今度こそと!

 俺と共に、絶対充実した人生を送りたいと、強く決意している筈だから。


「生きているこの今を、ベストを尽くして生きる……良い言葉ね。ねえ、改めて聞いて下さる、皆さん」


 クーガーの熱の入った話を聞いたテレーズ。

 彼女は大きく頷くと、改めて俺達を見た。


「私、ボヌール村へ来て幸せよ。本当に来て良かった!」


 テレーズがそう言い切った瞬間。


「ならば! もう充分だろう? テレーズ、迎えに来たぞ!」


 爽やかな? 男性の声が辺りに大きく響いたのであった。

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