第11話「スキンシップ」

 テレーズがボヌール村へ来て、1か月が過ぎ……

 数回従事した後、意外な事に畑仕事もすぐ慣れた。

 小柄で華奢な身体なのに、頑張って鍬など農機具を使っている。

 

 放牧された豚やニワトリ、ヤギなど家畜とも楽しそうに戯れていた。

 動物と仲が良いなんて……さすが妖精というところか。


 農作業の中で、テレーズが特に気に入ったのは、リゼットのハーブ園の手伝いだ。

 それも、作業だけではない。

 テレーズの持つハーブの知識は、相当のモノらしい。

 ボヌール村特製ハーブティを楽しみながら、クッカ、リゼットと熱い議論を交わしていた。

 

 そして、仕事の合間の『遊び』にも、超が付くくらい熱中している。


 ケイドロ、じゃんけん、クローバー遊び、福笑い、ボール遊び……やらなかったのは虫遊びくらい。

 子供達だけで遊ぶのは勿論、じいじ、ばあばを始めとしたあらゆる世代全員で遊ぶ……

 そんな遊び方が、とても新鮮らしい。


 テレーズは、動きがとても敏捷だし、足も滅法速い。

 遊びのルールの、飲み込みだって早い。

 子供の遊びでも臆さず、恥ずかしがらず、堂々として楽しんでいる。


 帰ったら、絶対に妖精の国でも流行らせると言い、ルールをメモまでしている。


「ケン、楽しいな、この村は楽しくてたまらないっ」


「おお、そうか? 良かったな」


「ああ、仕事も遊びも含め、毎日が最高だ」


 そんなこんなで……また数日が過ぎ……


 テレーズが、久々に村外へ出る……

 いよいよ狩りへ行く事になったのだ。

 「ぜひに」と、せがまれて俺も同行する事になったが、参加メンバーは当然クーガーとレベッカである。


 場所はお馴染み、東の森の前の草原……

 俺はベイヤール、そしてクーガーは馬に擬態したグリフォン、フィオナに乗る。

 そしてレベッカとテレーズは、村の馬に騎乗して出かけたのである。


 予想通り、テレーズの乗馬は巧みだった。

 いきなり、妖馬ベイヤールへの騎乗を熱望しただけある。


 並歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあし、そして襲歩ギャロップ、自由自在に馬を駆った。

 そして、狩りについても、充分経験があるらしかった。

 レベッカから借りた弓を巧みに使うと、草原に居るウサギを次々と射ったのである。


 当然、俺は褒めてやる。


「おお、凄いな、テレーズは」


「えっへん! 少しは見直した?」


 そう言うと、テレーズは自分の頭をすっと差し出して来る。

 これは暗黙のサイン、了解だ。


「おお、偉いぞ」


 お約束通り、俺はテレーズの頭をなでなでしてやった。

 テレーズは、目を瞑って嬉しそうにしている。


 だけどこの行為は、気を付けないと……

 国と場所の『慣習』や『考え方』によっては、非常な失礼にあたるから要注意ね。

 後は身分……

 王族や貴族の頭をなでるのなんて、超が付く厳禁だそうだ。

 これ、元貴族のグレースやソフィから聞いたんだけどね。


 俺は頭をなでながら、テレーズが来て少し経った日の事を思い出す……

 ……実はある日、俺が子供の頭をなでていたら、物欲しそうにテレーズが見ていた。

 俺はピンとひらめいて、ふたりきりになった時にそっと聞いたのだ。


 すると、案の定。


「ケン、わらわじゃない、私にも……あれ、お願いしたい……」


「あれ?」


 具体的な表現ではなかったが、俺にはすぐ分かった。

 以心伝心、阿吽の呼吸。


「うん……あれ」


「了解!」


 俺はテレーズの要望に応えて、頭を優しくなでてやった。

 テレーズは俺に頭を撫でられながら、気持ち良さそうに目を細めていた。


「お、おおお……は、初めての経験じゃが……とっても……気持ち良いものじゃ……妾は……父上や母上にもこうされた事がない……温かいのう……」


 あら?

 言葉遣いが完全に戻ってる……でも、まあ良いか……


「そうか、こんな事なら、いつでもOKだぞ。して欲しい時に言ってくれ」


 俺がさくっと返してやると、


「う……ん……お、お父様とうさまぁ」


 俺を見つめ、鼻を鳴らすテレーズ。

 碧眼が潤んでる。

 可愛い桜色の唇が少しだけ開いてる。


 ああ、おねだりって事か?

 テレーズ、お前が、何をして欲しいかが分かるぞ。


 頷いた俺は、大きく両手を広げた。

 案の定、テレーズは俺の胸へ勢い良く飛び込んで来た。

 俺に「がっし」と両手で抱きつき、小さな顔をすりすりして甘えてる。

 当然、俺はそっと、優しく、テレーズを抱き締めてあげたのだった……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 狩りも何度かこなし、もうすっかりテレーズは『一人前』になった。

 また数日が過ぎ……


 我が家族から、要望が出た。

 それは……たまには魚が食べたい! というもの。

 ボヌール村において、普段の食生活は肉と野菜、そしてパンがメインである。

 魚を食べる頻度は、そう高くない。


 だが少し前に、俺が東の森の奥にある大きな湖で鱒を釣って帰ってから……

 我が家族は、魚が大好物となってしまった。


 俺も、鱒を使った料理は大好物だ。

 焼き魚は勿論、バターソテー、野菜と一緒に煮込んだスープなど。

 バリエーションは更に増やせると、嫁ズも言う。


 子供が小さいので、まだまだ家族全員では行けないが、俺とクーガー、レベッカが中心でたまに湖へ釣りに行く。


 今回、良い機会だからテレーズも連れて行こうと、クーガーが提案してくれたのである。


 だが、


「テレーズおねぇちゃんだけ、ずるい~」

「そうそう!」

「あたしもいきたい~」

「ぼくも~」


 当然、お子様軍団の不満が爆発した。

 日頃、湖の話を聞いていて、行きたくてうずうずしていたのだから、無理もない。

 新参のテレーズだけが何故? という羨望の気持ちが渦巻いている。


「お前達は、いずれ連れて行くから」


 俺がいろいろ説得しても、子供達は「ぶうぶう」言って一向に収まらない。

 終いには、


「こらぁ! パパとママの言う事が聞けない悪い子は、クーガーママがお仕置きだぁ」


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ドラゴンママことクーガーの一喝で、場は静まり返った。

 何か、可愛そうな気もするが……

 後で違う方法でケアするしかない。

 大人と違って、子供は理詰めで説得するのは難しいから。


 こうして俺達は、湖へ向かって出発したのである。

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