第10話「楽しい! 嬉しい!」

 テレーズは王族か、貴族だか知らないが……

 今迄、かしずかれて暮らしていたらしいから、自分の事を自分でやるという習慣がなかった。

 一緒に暮らしてみて改めて分かったが、結構不器用だ。

 だから上手く行かずに、いろいろ挫折を味わった。

 しかし、決して打たれ弱くはない。

 めげないし、とても頑張り屋だ。


 但し、頑張れているのは、『担当』となったグレースとソフィのケアが大きい。

 まるで妹のように、テレーズに付きっ切りで面倒を見てくれている。

 同じ貴族出身同士?で気がバッチリ合うようだ。


 だけど俺の嫁ズは、グレースやソフィのように優しく慰めるタイプばかりではない。

 元女魔王のクーガーや麗人レベッカは、厳しいスパルタタイプ。

 テレーズにも情け容赦なく、ビシバシ注意が飛ぶのだ。


 傍で聞いていると、投げかける言葉が結構きつい。

 クーガーにびしっと言われ、レベッカにばしっと言われ、テレーズが我慢し切れず涙ぐんでいる時……

 見た目いたいけな『10歳少女』が可哀そうだと思い、さすがに庇おうとしたが……やめておいた。


 何故ならば、俺にはクーガー達の『性格』が分かっていたから。


 俺の居ない所で、クーガー達はきちんとケアをしたようである。

 叱りっぱなしではなく、テレーズとしっかりコミュニケーションを取ったのだ。

 これは、クーガー達の子育て経験が活きたともいえる。

 俺も感じたけど、子育てって、根気と優しさがまず「ありき」だ。


 そして叱ったら、その倍以上のケアをするのは必須。

 しっかり、聞き役にもなってあげる。

 こんなスパルタ教育も、たまには「あり」だ。

 

 結局、テレーズは嫁ズ全員と仲良しになってしまったから。

 そんなこんなで、テレーズは叱咤激励されながら、スキルアップしていった。


 テレーズは、幸い子供好きでもあった。

 子供達からも大いに好かれ、励まされて奮闘した。


 1週間経って、まずは掃除をこなせるようになる。

 箒で掃き、ぞうきんがけをする。

 一生懸命掃除して、ピカピカになった家の中を見て、にんまり。

 達成感って奴を、たっぷり知ったのだろう。

 とても嬉しそうであった。


 更に洗濯、料理とスキルの幅を広げて行く。

 

 同時に1週目の半ばくらいから、テレーズは村内へお使いに行く。

 お使いと言っても、ボヌール村は狭い。

 行き先も、村長宅か、レベッカの実家、もしくは大空屋くらい。


 小さなボヌール村は、村民全員が顔見知り。

 だから出会う人、出会う人と挨拶をする。

 俺と一緒に外出して、ガストンさんと会った時は……


「おはようございます!」


「おう! ケン、おはようっ!」


「…………」


「ほら、テレーズ、朝の挨拶は?」


「うう、おお、おはよう、ご、ざ、います……」


「おう、テレーズちゃん、おはようっ」


「あううう~」


「あはは、またなっ!」


 最初は緊張して、こんな感じだった。

 だけど……


「ガストンさん、お早うっ!」


「おお、テレーズちゃん、お早う! 今朝も元気が良いなっ」


「はい! 今朝も気持ちが良いんですものっ!」


 あっという間に大が付く変身をした。

 

 2週間後……

 

 遂にテレーズは、スクランブルエッグを、とっても上手く作る事が出来た。

 「スクランブルエッグ? な~んだ」なんて、言わないであげて欲しい。

 確かにスクランブルエッグは、シンプルな料理だ。

 だけど、初めてテレーズが、自分の力だけで作った料理なのだから。


 元々、不器用な俺にも、テレーズの気持ちはとっても良く分かる。

 もし管理神様から貰ったスキルが無ければ、俺だって一生料理ベタだったもの。


 家族全員のスクランブルエッグを作り上げたテレーズは誇らしげな表情をしていた。

 俺達も、自分の事のように喜んで食べたのである。

 

……更に1週間が過ぎ、テレーズはもう家事全般がこなせるようになっていた。


 こうなったらしめたもの、テレーズは次の段階へ進む事になったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 テレーズがボヌール村へ来て4週目に入り、次に挑戦したのは、大空屋の店番。

 ここは、ミシェルとクラリスが先生だ。


 最初は品出しをメインに、店番補助、そして数日後チャレンジしたのが……


「らっしぇ! らっしぇ!」


 そう、俺が初めて大空屋を手伝った時と同じ、朝の『弁当販売』だったのである。

 10歳の可愛い金髪少女が、俺と同じ掛け声で弁当を売るのは結構シュールだ。


 更に、


「ねぇ! みなさぁん! お美味しいお弁当買って頂戴! 焼きたてのパンと塗り放題の蜂蜜、香ばしいお茶の最強トリオ。超美人妻の愛情がた~っぷり入った特製弁当なのよ! さあ、気持ちの良い労働には美味しいご飯が不可欠! さあ、買った、買ったぁ!」


 おお、すらすらと立て板に水の口上だ。

 昔、俺の使った口上が、更にパワーアップしている。

 多分、一生懸命練習したんだろう。

 特に『超美人妻の愛情』っていうのが、すっごく強力なキャッチコピーだ。


 俺が見守っていたら、


「私、買う!」

「俺にくれ!」

「儂にも」

「私にも頂戴」

「ふたり分、貰うよ」


 ほんの10分ちょいで、すぐ売り切れてしまった。

 即、後片付けという事になったので、俺も手伝う事にした。


「お疲れ、テレーズ」


「お疲れ様!」


「テレーズ、どうだい、こういう仕事は?」


 俺が尋ねると、すかさず返事が返って来る。


「うん! 楽しい、それに全部売れて嬉しいっ!」


「そうだな、俺にも分かる、全部売れると嬉しいよな」


 俺が相槌を打つと、テレーズは首を「ぶんぶん」縦に振っている。

 綺麗な碧眼が、キラキラしている。

 小さな唇が開いて、ちらっと見える白い歯が爽やかだ。


「うん! 全部ケンのお陰よ、ありがとうっ! それに大声出すって気持ち良いね」


「おお、確かにな。すかっとするな。これでテレーズはもう一人前だな?」


「ううん、まだまだっ! 私、畑仕事もしたい! 狩りにも行きたいっ! い~っぱいやりたい事があるわっ」


「全部きついぞ、結構大変な仕事だぞ」


「うん! そうだね! でも頑張る、私、頑張る!」


 小さな拳を握り締め、話すテレーズの笑顔は弾けるように明るかったのだ。

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