第25話「さらば、凛々しき友よ」

 突如、俺の周囲が一変する。

 

 戦いが終わり、でっかい古代竜エンシェントドラゴンを倒した俺は……ハッと気が付いたら、真っ白で何もない異界に立っていたのだ。

 一瞬、「ここはどこだ?」と思った。

 しかし、すぐに思い出した。

 女神ヴァルヴァラ様の管理する異世界へ行く前に、俺の夢と直接繋がれた異界だと。


 いつの間にか、目の前にヴァルヴァラ様が立っていた。

 でも本来の姿である、赤毛の超逞しいヴァルヴァラ様じゃない。

 金髪&ダークブルーの瞳を持つ麗人、男勝りな美少女ジュリエットのままである。


 周囲を見渡したが、ラウルの姿はない。

 ヴァルヴァラ様が、既に別の世界へ送ったのだろう。

 多分、俺がやるべき事は無事に終わったのだ……


 思わず笑顔になった俺の口が、自然に開く。

 素直に、ヴァルヴァラ様へ感謝の気持ちが湧き上がる。


「ヴァルヴァラ様、ありがとうございます! とても楽しい経験をさせて貰いました」


「ふむ、そうか……」


「はい! 全部初めてです。王都で気儘きままな冒険者として振る舞う、幼馴染みで女性の親友と居酒屋ビストロで美味い酒を飲む、最後には可愛い弟分まで加わっての竜退治……もう二度とこんな経験は出来ないでしょう」


「ふふふ、お前には結構盛りだくさんだったかな? ……もしや、サービスし過ぎてしまったか?」


「はい、特別が付く大サービスをして頂き、本当にありがとうございます」


「ほう! ならば、聞くが……ケルトゥリの時よりも断然楽しかっただろう?」


「え?」


「正直に言え! あのロリータアールヴ少女より、大人の魅力満載なこのジュリエットの方が数億倍美しいだろう?」


「ええっ、そ、それは……ノーコメントです」


「何だ、その歯切れの悪い言い方は? はははははっ!」


 俺の、処世術っぽい微妙な答えを聞いたヴァルヴァラ様。

 大きな声で、可笑しそうに笑っていた。


 暫し笑った後、ヴァルヴァラ様は真面目な顔になる。

 何かを教えてくれるようだ。


「ケン、異世界の村へ行ったラウルから伝言がある。勇気と神剣をありがとうございます……お陰で毎日が充実しており、貴方を目指して立派なふるさと勇者となるべく頑張ります! だと」


「…………俺を目指す……そうですか」


「ああ、ラウルはそう言っていたぞ。あいつの目の前で、竜をこぶし一発で倒したから、お前にぞっこんだ」


「あいつ……頑張っているんですね」


 俺の目が「ふっ」と遠くなる。

 さっき別れたばかりなのに、時間の流れが全く違うのだろう。

 ラウルが行った異世界では、もうそれなりの時が経ったみたいだ。

 付き合いは極端に短かったけど、やっぱり弟みたいな気がする。


 話すヴァルヴァラ様は、嬉しそうだ。

 そりゃ、そうだろう。

 ふるさとが頭に付くが『勇者』となったラウルは、手塩にかけた愛弟子まなでしだものなぁ。

 

「おお、さすがにまだお前と同じレベル99到達は無理だがな。私の素晴らしい指導のお陰で、既にラウルの奴、レベル50はオーバーした。私生活も充実している。住んでいる村の美少女達に惚れられてもう3人も嫁が居る。子供もひとり、あのビアンカちゃんみたいな可愛い女の子が生まれたぞ」


「…………」


「どうした?」


「ラウルの奴、幸せそうで本当に良かったなあって……でも、ひとつお聞きして良いですか?」


「うむ、言ってみろ」


「ヴァルヴァラ様は王都で活躍する誉れ高き勇者を育てるって、仰っていたじゃあないですか。何故ラウルが田舎へ行くのをOKしたのですか?」


「ふむ、そんな事か」


「ええ、教えて頂けますか?」


「答えはふたつ。まずはあいつの適性……都会より田舎向きだと思ったからだ」


「田舎向き?」


「ふふ、あいつは生き馬の目を抜く都会には向いていない。不器用で野暮ったく、優しい。加えて限りなく純粋だからな。それと、もうひとつ……別に王都で誉れ高くなれなくても……立派な勇者にはなれる。お前のようにな……」


「俺のように? あ、ありがとうございます!」


 初めて会った時のように反抗? せず素直に礼を言う俺。

 ヴァルヴァラ様は相変わらず笑顔一杯。

 何だ? 俺。

 逞しい女神様が、変に可愛いと思ってしまうぞ。


「うむ、ケン、お前は立派な勇者だ、堂々と胸を張れ」


「そうでしょうか?」


「ああ、私には分かる。お前はな、勇者としてボヌール村の民に心からの笑顔を与えている。クッカなんかその最たるものだ」


「確かにそうですね、あいつは俺にベタ惚れですから」


「バカモノ、のろけおって!」


 ヴァルヴァラ様は拗ねたように可愛く笑うと、話を続けてくれた。


「私はな、あのブランカという少女の笑顔を見て、改めて悟ったのだよ。勇者にとって一番大切な事は名声を得る事ではない、外敵と戦う勇気でもない、それらは確かに大切だが、人々の心からの笑顔をもたらす事には敵わない」


「…………」


 俺は、言葉が出なくて黙り込んだ。

 ヴァルヴァラ様が俺と同じ思いを持ったと知って、心が震えてしまったからだ。


「ケン、ありがとう。お前は私の親愛なる友だ」


「そんな! いや……とっても嬉しいです」


「ふふふ、嬉しいか? 私も嬉しいぞ。まあ残念ながら……もう二度と、お前と会う事はないと思うが、万が一、運命の時間軸が合って会う事が出来たら……」


「会う事が出来たら?」


「また一緒に美味い酒を飲もう。そしてな、親友などと言わず、一回ぐらい、女として私を口説いてみろ。王都のホテルに泊まった夜、結局お前は私の部屋へ来なかった、少し寂しかったぞ」


「え?」


 それって、ヴァルヴァラ様へ夜這いしろって事?

 まさか!


 俺がドギマギしていたら、またまたヴァルヴァラ様ったら。


「今度会えた時は必ず来い! 親友ではなく、ひとりの男としてひとりの女へ、夜中に熱く恋をささやきにな」


「え?」


「ははははは、冗談だよ! では、さらばだ!」


 ちょっとだけ不満を言い残して、逞しい美少女神は消え去った。

 「さようなら、凛々しき友よ」俺は同時にそう叫んで、意識を手放したのであった。


 ※『金の女神と銀の女神編』はこれで終了です。

 次話からは新章が始まります。

 何卒宜しくお願い致します。

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