第24話「ふるさと勇者の覚悟」

「く、苦しい~。は、放せ、放してくれ~」


 俺は今、後をつけてきた男を締め上げていた。

 尾行男は……飛翔魔法を使って、こっそり俺達の後をつけていたが……

 俺の高速な飛翔魔法に比べればまるで児戯。

 ゆらゆら頼りなく飛んでいて、遠くからでも丸わかり~。

 腕はたつが世間知らずな王子と、たかが新米冒険者だろうと俺達を舐めていたらしい。


 俺達が念話で話している時は近くの雑木林に隠れていたが、逃げようとするところを速攻で捕まえたのだ。


 法衣ローブの被り部分を外して、俺は男の顔をラウルへ見せる。


「ラウル王子、もしや、こいつは王宮魔法使いじゃないか?」


「ああ、そうだ」


 やっぱりこいつはアダンと結託した王宮魔法使い。

 ならば好都合だ。

 こいつには特別な魔法を掛けて、アダンへのメッセンジャーになって貰う。

 ラウル王子が竜に喰い殺されて、冒険者もろとも死んだという偽りの記憶を植え付けて……

 ついでに今後こいつが悪い事が出来ないよう、報告後に魔法を一切使えなくしてしまおう。

 魔法使いが肝心の魔法を使えなければきっと失業するだろうが、それくらいは悪い事をした報いだ。


 ちなみに愚劣なアダンへお仕置きしないのは、ラウル王子の優しさというか自虐である。

 自分が生まれなければ、兄は歪まずに済んだと……

 まあ俺の私見だけど……因果応報は絶対にある。

 アダンは多分、碌な死に方をしないだろうと思う。


 そのラウル王子……すぐに結論を出した。

 顔形を一切変えて、別世界の田舎村へ行くと言う。

 心優しいラウルは自分を陥れ、殺そうとしたアダンを恨まなかった。

 結局、俺と同じ道を歩む事になったのだ。


 割り切って生き残るには、肉親思いの優し過ぎる性格ではあるけれど……この純粋な少年を俺は好きになっていた。

 『同じ道』を歩むとなれば尚更だ。

 まあヴァルヴァラ様の言う通り、まだ彼は経験不足。

 頑張れと、そして幸せになれと、心からのエールを送ってやりたい。


 ラウル王子……いや、もう……『ふるさと勇者見習い』のラウルをサポートするのは当然ながら、女神ヴァルヴァラ様だ。

 でも意外。

 絶対に王都みたいな華やかな街で活躍する、誉れ高き勇者を育てたいと言っていたのに。


 まあ良い。

 そろそろ仕上げだ。

 そう!

 予感がする。

 俺はまもなくこの世界を去るのだと。

 

 忘れないうちに、まずヴァルヴァラ様の銀の神剣を、ラウルへ渡しておく。

 これからは、彼にとって役に立つ武器となる筈だから。

 あとは、この先の森で悪さをするというドラゴンだけは退治して行こう。


 それが、この世界で俺が世話になった置き土産。

 竜が死んだのはヴァルヴァラ様が倒したのだと、さっきの魔法使いにも吹き込んでおいた。

 これでヴァルヴァラ様への信仰心は上がるだろうから……


 全て準備が出来たので、俺はヴァルヴァラ様とラウルへ合図をした。

 ふたりとも元気よく返事を戻して来る。


 この世界で最後となる戦いへ向かって、俺達3人は進んで行った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 暫し歩き、到着した魔の森は……不気味な場所であった。

 まず、生えている木がまともではない。

 まっすぐ空へ向かう筈が……

 横に、斜めに、一旦上がってから下へと曲がりくねり、お互いに絡み合っていた。

 付いている木の葉の色も不気味な紫や血のような色をしていて、形も見た事もないものであった。

 その葉が生い茂って完全に太陽を隠している。

 

 そんな森だから日が殆ど射さない。

 昼間でも、夜に近い暗さなのだ。

 

 方々から魔物らしい叫び声や動く音も聞こえて来るし。


 そんな魔の森の雰囲気に圧倒され、ラウルは……すっかり怯えていた。

 俺には彼の気持ちが分かる。

 

 異世界転生してまもない頃……初めて夜の森に入った事を思い出したのだ。

 確か、リゼットが欲していたハーブを取りに行った時だった。

 あの時の俺はクッカが教えてくれた『勇気』のスキルによって守られていたから。

 

 でもラウルは俺と違って『素』のまま、森に入っている。

 ガタガタ震えながらも、頑張って前へ進んでいる。

 本当に偉い……と思う。


 と、その時。


 がはあああああああっ!


 凄まじい咆哮が辺りに響き渡る。


「わああっ」


 思わずラウルが悲鳴をあげた。


「大丈夫だ、ラウル。奴が居るのは少し先だ」


 俺がそう言うと、ラウルはぎこちなく笑った。


 そう、まだ距離はある。

 1㎞先に、古代竜エンシェントドラゴンが居る。

 奴こそ、俺達が倒すべき邪竜なのだ。


 ここで俺はひとつ提案。

 さっきから、ず~っと考えていた事である。


「ヴァルヴァラ様、ちょっと良いですか? ここは俺が竜と戦います。愛弟子をしっかり守ってくれませんか」


「愛弟子? そうか、そうだな! ……うむ、分かった! 私がラウルを守る。ケン、頼むぞ」


 ジュリエットじゃない——ヴァルヴァラ様が、先頭に立って戦う役を俺に譲ってくれた。

 それは、大事な意味がある。

 つまり、ヴァルヴァラ様はラウルを愛弟子として、これからしっかり育てて行く気持ちを固めたという事だ。

 こんなところで、ラウルに何かあったらまずいから。

 

 ただ、万が一ラウルが死んでもヴァルヴァラ様は女神。

 簡単に蘇生させる事は可能だろうけどね。

 

 そして、ヴァルヴァラ様は瞬時に俺の気持ちも汲んでくれた。

 そう!

 俺はふるさと勇者としての覚悟を、ラウルにしっかりと見せたかったのだ。

 守るべき者の為には、どんな相手にでも立ち向かうふるさと勇者の気合を。


 やがて……

 俺達の目の前に古代竜エンシェントドラゴンが現れる。

 今迄戦った竜よりもふた回り以上大きい。

 体長が楽に20m以上はある。


「いよいよだ、ラウル、良~く見ていろよっ」


「は、はいっ!」


 竜の大きさが違っても、やる事は一緒だ。

 天界拳で……決めてやるっ!


 がはあああああああっ!


「うおおおおおおおお~っ」


 俺は古代竜の咆哮に負けないくらいの雄叫びをあげ、拳を振り上げると一直線に飛び込んで行ったのだ。

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