第23話「王子の本音とカミングアウト」

 俺とジュリエット、そしてラウル王子は王都から馬で1時間弱の場所にある広大な草原にて、車座になり話している。


『そうか……お前達は全てを知っているんだな』


 そう言うと、ラウル王子は大きくため息をつく

 聡明な彼は、自分へ向けられた兄の悪意に気が付いていた。


 ちなみに会話は念話。

 最初は心に響く声に吃驚したラウル王子も、「これは魔法だ」と言うと納得してくれた。


 念話で話したのには、理由わけがあった。

 竜退治に出かけた俺達の顛末をどうなるか見届けようと、こっそり尾行してくる奴が居たからだ。

 念話を使うのは、そいつに大きな声の会話を聞かれない為の自衛策。


 ラウル王子は言う。

 心が苦しいのだろう。

 辛い事を吐き出すように、絞り出すように言うのだ。


『兄上の思っていらっしゃる事は全くの誤解だ。私は王になりたいなどと考えていないのに。王位を継ぐのは兄上で良い。私は忠実な家臣のひとりとして、兄上に一生仕えて行く気持ちなのだ』


 少年ラウルの心は、純粋である。

 邪な黒い野望など一切ない、純白なものだ。


 しかし……

 国に何か異変があったら、周囲が黙っていないだろう。


 俺が見たところ、現王リシャールは極めて暗愚である。

 息子の非道でずさんな計略に、まんまと乗るくらいだから。

 今はまだ王国全体が安泰そうだから良いが、何か変事があったら一気に国が傾く。


 そして父同様、暗愚な上にゲスな兄アダンでは、やはり国の危機に対処出来ない。

 その時、家臣と国民は正統な血筋ではなくても優秀なリーダーを求める。

 勇者と呼ばれる少年ラウルを巻き込んで、後継者争いが起こるのは充分ありうるのだ。


 俺がそんな可能性のある未来を話すと、ジュリエットもため息をつく。


『ふう……面倒なモノだな、人間というのは』


 しかし……

 いつまでも、ここで話しているわけにはいかない。

 乗りかかった船である。

 昨夜、今朝と俺はジュリエットと相談してラウル王子の意思により対応を変えると決めていた。


 俺はジュリエットへ、「本題へ入るぞ」と目配せする。

 「OKだ」と言うように、ジュリエットが頷く。


 よっし、じゃあ、いよいよ本題だ。


『王子……ここからは本音で言わせて貰う、あんたの本音も聞いたからな』


 俺の口調が急に変わったのを聞いて、ラウルは目を丸くしている。


『お、おお……どうした急にその言葉遣いは? 冒険者風情が! ぶ、無礼であろう!』


 しかし、俺は華麗にスルー。


『無礼も何もないよ。俺はこの世界の人間じゃない。実は女神ヴァルヴァラ様に派遣された使徒で、ふるさと勇者だからな。あんたとは全くの対等だ』


『た、対等? 女神様の使徒? ふ、ふるさと?』


『ふるさと勇者だよ、王子! 落ち着いて俺の話を良く聞いてくれ、その上であんたに選択肢を出そう』


『せ、選択肢だと?』


『ああ、選択肢だ。まずは、俺がこの世界へ来た経緯いきさつを聞いてくれないか』


 俺は、かいつまんで今迄の事を話した。

 この世界とは違う、異世界で生きている事。

 王都で勇者になるのが嫌で、超が付く田舎村でのんびり暮らしながら守護者をしている事。

 そして女神ヴァルヴァラ様から命じられ、ジュリエットを助ける為にこの世界へ来た事を簡潔ながら、分かり易く話したのだ。

 

 非常に長くなるから全く違う世界から転生したとか、恋愛関係の詳細は一切省き、嫁8人と子供も7人居る事だけを合わせて話す。

 

 ラウル王子は吃驚しながらも、食い入るように俺を見て必死に聞いていた。

 そして話が終わると、身を乗り出して尋ねて来る。


『ぜ、ぜひ、ひとつ知りたいっ! 教えてくれないか? お前はそうやって村で暮らす生活が満足なのか?』


 まあそう聞いて来る事は予想していた。

 今の王子の暮らしとは真逆だから。

 

 でも答えなんか決まってる。


『ああ、大が付く満足さ。俺自身の肉親は居なくて、全くの天涯孤独だけれど……愛する嫁が居て子供が居て、毎日一生懸命泥まみれで働く。村を脅かす敵が来たら信頼する仲間と戦い、共に守る。すっごく充実しているよ』


 俺の言葉は真実に裏打ちされていた。

 自信を持ってはっきり言い切れる。

 幸せだ、俺は!

 間違いない。


 そんな俺の言葉に、ラウル王子は心を動かされたようだ。


『大が付く満足……愛する嫁と子供、信頼する仲間……充実している…………う、羨ましい』


『そうか? じゃあ選択肢を言うぞ、あんたが選んだ選択肢に対して俺とジュリエットが全力を尽くして助ける』


『分かった……言ってくれ』


『よっし、ひとつめはアダンを追い落して、あんたが第一王子になる事だ。あんたが次の王になるのさ』


『兄上を追い落とす? い、一体、ど、どうするんだ?』


『心配するな、あんたは直接手を下さなくて良い。アダンに犯した罪を償わせるんだ。例えば……あんたと同じ目に会わせてやる。俺が魔境にある竜の巣あたりにアダンを落っことすとかはどうだ?』


『は!? そ、そうしたら、兄上はどうなる?』


『まあ、確実に竜の餌になるだろうな』


『餌? く、喰われるのか? 兄上が』


『当たり前だ! こういうのを因果応報と言う。奴はお前を陥れたんだぞ。そのせいでお前は竜に喰われて死ぬところだった』


『ううう……』


 自分が直接手を下さずとも、指示をして実の兄を殺す……

 ラウル王子は、あまりにも過酷な選択を求められて、泣きそうになってしまう。


 俺は、腕組みをしてじっと答えを待っていた。


 そこへ、ジュリエットが止めに入る。


『ケン、待て! 彼はまだお前のように経験を積んでいない。王子としておっとりと育てられてもいる。しかし素材は確かだから、これから鍛えれば良い』


『え? 私を鍛える?』


 「話が見えない」と言うように、ラウル王子はジュリエットの言葉を復唱した。

 俺は頃合いと見て、話を再開する。


『そうだ、選択肢は今、ジュリエットが言ったようにもうひとつあるぜ』


『も、もうひとつ?』


『ああ、王家を出ろ。そしてひとりの男として、このジュリエットに……いや、戦いの女神ヴァルヴァラ様に改めて鍛えて貰え。この世界で名前と身分を隠すか、それとも思い切って異世界へ行くか、どちらかでな』


『へ?』


 俺の提案を聞いて呆気に取られるラウル王子。

 そして恐る恐るジュリエットを見る。

 ラウル王子に不審の目で見られたジュリエットは……大笑いしていた。


『ははははは! さすがはケン、ばれていたか!』


『ええ、とっくに……ヴァルヴァラ様、貴女の物言いや雰囲気で分かりました。いろいろ生意気な口の利き方をして済みません』


『口の利き方? いや気にするな、勇者候補ジュリエットは、お前の幼馴染みで心優しい美少女という設定だろう? 敬語を使う方が変だ』


『え? 心優しい美少女って誰が?』


『ん! 何だ? 何か文句があるのか?』


『……いや……文句なんかありません。ええ、ありがとうございます。でもヴァルヴァラ様が女の親友って感じで付き合ってくれて凄く楽しかったですよ』


『ああ、私もさ……楽しかったぞ』


 自称心優しい美少女? じゃなく本当に粋で男前な美少女ジュリエットの正体は、女神ヴァルヴァラ様……

 感慨深げに見つめ合う俺とヴァルヴァラ様を見て、ラウル王子は口をポカンと開けたままであったのだ。

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