過去と向き合う覚悟編

第1話「年上超美人嫁と旅に出た」

「お前の名はケン・ユウキ? ……ふむ、ボヌール村村長代理か、それで連れている女はお前の嫁か?」


 男が、いぶかし気な表情で俺を見る。

 続いて、連れている嫁を見る。


 俺は大きく頷き、きっぱりと言い放つ。


「はい、そうです。彼女は俺の愛する嫁のグレースですよ」


「ふうむ……嫁の方が少々年上だ。それにしても凄い美人だな、お前には勿体無い」


 この女はお前には勿体ない——このような会話を街中でしたら、絶対に展開は見えている。

 ラノベや漫画、映画などではよくあるパターンである。

 相手は大体たちの悪い冒険者か不良——すなわち悪漢。

 美人を連れていて、絡まれるという図式がお約束。

 「てめぇの女を寄越せ! 俺達がたっぷり可愛がってやるぅ、げははははっ」とか、凶悪にのたまうのだ。


 だが、俺は相手に逆らわずに同調する。

 しかも、満面の笑みを浮かべて。


「そうでしょう、超がつく美人でしょう? 俺も自分には勿体ない、すっごくそう思います」


 何故、レベル99の俺がこんなに低姿勢なのか?

 

 それは今話している相手が違うから。

 街のいやらしいゴロツキとかではなく、ヴァレンタイン王国王都セントヘレナ正門に詰めている正規の門番だからだ。

 俺の嫁であるグレースを見て、にやにやする門番は40歳くらい。

 逞しい戦士という雰囲気。


 今、俺とグレースがどんな状況かと言うと……

 遠いボヌール村から旅して来て、規定の税金を払い王都へ入場の手続きをしている所。

 まあ遠くから旅したといっても、あくまで表面的なモノである。

 実は転移魔法で「ささっ」と王都近くに来て、さも長旅したように見せるウソッコだもの。

 

 ちなみにふたりの身分証は、領主オベール様から発行された『本物』である。

 俺とグレースは、ヴァレンタイン王国オベール騎士爵領の領民だから。

 オベール様へは、彼の前妻であるグレースの正体は絶対に内緒だけど。


 そのグレースが不思議そうに門番へ尋ねる。


「とっても嬉しい事が聞こえましたけど……あのぉ、美人って……もしかして私の事ですか?」


「そうだ! 若過ぎる夫が不満ならいつでも俺に言ってくれよ。俺の方が年相応の大人で魅力的な男だぞ。おっと、これはあくまでも『冗談』だからな」


 門番は只今、公務真っ最中。

 なのであくまでも口説きが『冗談』だと強調するが、半分以上『本気』なのはみえみえ。

 それだけ、グレースが美しいのだ。


「うふふ、貴方は素敵よ。でも残念、相思相愛なの」


 グレースは面白そうに笑って、パチッと片目を瞑る。

 

 さすがに年の功。

 あからさまに口説かれても、むきに拒否せず、さらりとかわす。

 これぞ大人の対応である。

 

 だが、普段は年の事を言うのは絶対に禁句だ。

 ただでさえグレースは、俺よりも10歳ほど年上である事を気にしているのだから。


 こうして無事に正門を通過して、王都の街中へ入ると途端に喧騒が襲って来る。

 旅人目当ての商人のアプローチや宿屋の呼び込みが凄い。

 冒険者達も結構居て、自分達のクランに不足しているメンバーを探している。


 今回の俺はヴァルヴァラ様の使徒ルックとは違い、革鎧など着てはいない。

 普通の一般人仕様だから、冒険者に見られてスカウトされる事はないのだ。


 だけど……


「おっと、そちらはご姉弟かな?」

 

「残念、夫婦です!」


「え、ご夫婦? あ、そ、そうなの。じゃ、じゃあ旦那さん! だったら今夜の宿泊は? ウチの宿はどうだい? サービスは王都ナンバーワンだぜ」


「いや、悪いけど宿はこれからゆっくり探すよ」


 俺とグレースは多分、夫婦には見えないだろう。

 歩いていて大抵、姉弟に間違われた。

 ……酷いものでは商家の女主人と召使いなんてのもあった。

 

 ああ、いかに俺が貫禄なしの男なのか。

 しっかり証明されてしまった。

 ちょっと、がっかり。


 ちなみに俺達が着ている服は商人風。

 王都を歩くのにいつもの農作業用の服ではいかがなものかと、わざわざクラリスの手作りしてくれたもので、とてもお洒落だ。

 

 クラリスのデザインセンスは抜群なので、中には服を買いたいから購入した店を教えろとか、着ている服を売ってくれとかいう変な申し入れもあった。

 

 さっきの門番ではないが、グレースに対するナンパも多い。

 夫婦といえば大体は引き下がるが、とてもしつこかったり、強引に連れて行こうとする不埒者には軽くひと睨みで応戦した。

 本来ならグーパンチくらい喰らわせたいところだが、幸い俺の持つ『戦慄』のスキルで事が済む。


 そんなこんなで寄って来る奴等をうまくこなしながら、俺とグレースは王都を歩く。

 何故俺がグレースと、たったふたりだけでこの王都セントヘレナへ来たのか?

 それには、深~い理由わけがあるのだ。


 俺は手を繋がれて笑顔で歩くグレースの顔を、改めて見つめていたのだった。

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