第8話「ひょんな事から人助け」

 案内された白鳥亭の部屋で俺達はとりあえずひと休み。

 

 広さは日本の十畳間くらい、ベッドがふたつに箪笥がひとつ。

 トイレは階下の共同で風呂はなし。

 到ってシンプルである。


「建物が素敵だって思いましたけど、部屋も……素晴らしいですね!」


 グレースは感動したようにいう。

 聞けば俺と同じ感想を持ったという。


 何か、さっきコルネーユ氏へ話した価値観の事を思い出した。

 

 男女が上手く付き合うのって、お互いの価値観をどこまで認めるかという事。

 俺とグレースは共通項はあるかもしれないが、根本的な価値観は違う。

 相手の価値観を知って、これは分かるとか、分からないとか、時間が経って受け入れられるとか、結局駄目とかってあると思う。


 相手は、愛し合っていても所詮は赤の他人。

 価値観が違って当たり前。

 人間は変わる事が出来るって言うけど……全てにおいてはムリだと思う。

 

 こうなると最後はお互いに相手の全てを受け入れられるかどうか、という事になる。

 認めても認められなくても、相手はこのような人だと一切を受け入れる努力をする事。

 8人も嫁が居ると尚更そう思う。

 

 まあ片方だけが努力しても破綻する可能性が高いが、お互いにそう心掛ければ大丈夫。

 俺は結婚して4年余りだけど、それで何とかやってる。


 でも今回、この宿に対して俺とグレースは同じ価値観を持ったらしい。

 そうなると、夫婦って事もあり凄く盛り上がるものだ。


「だよなぁ! この木の自然な風合いを生かした壁とか! 香りも良いし心がホッと癒されるって感じだ」


「そうです、深い森の中って感じでとても落ち着きます。ミシェルちゃんとも相談ですけど、もし大空屋を改築する場合はぜひ参考にしましょう」


「おお、了解!」


 となるとミシェルも王都へ、そしてこの白鳥亭へ連れて来ないといかんなあ。

 ううう、となると結局はやっぱり全員で来るしかないかぁ!


 王都へ嫁ズ8人とお子様軍団を一度に連れて来ると、とても目立ち過ぎるからやっぱり分けてかな?

 ああ、いろいろ考えなきゃ。


 俺があれこれ悩んでいたら、グレースが笑顔で誘って来た。


「ねぇ、旦那様。泊まる場所も確保したし、ここら辺を散歩しましょう?」


「そうだな、そうしよう」


 確かにそうだ。

 グレースの言う通りだ。

 気分転換&観光がてら散歩に行こう。


 俺達は部屋に鍵を掛けて、階下へ降りたのである。


「えっと、アマンダさんへ鍵を預けるんだよな?」


「多分そうですよ」


 俺達はカウンターのアマンダさんに近付いて鍵を渡そうとしたが……


「納品です!」

「予約をお願いしたいのですが!」

「済みません、今夜の食事のメニューは何?」

「トイレはどこ?」

「王都の共同浴場へ行きたいのですけど、場所を聞きたい」


 ずらりと並んだ客や業者がひっきりなしにアマンダさんへ詰め寄っている。

 それにしても……

 何でこんなに、ひとりでてんてこ舞いしているんだろう?


 行列が漸く切れたので、俺達はカウンター越しに話し掛ける。

 アマンダさん、肩で息をしてた。


「あ、あの……俺達、ちょっと外出します。部屋の鍵を預けたいのですが」


「はあっ、はあっ、はあっ、あああ、夕食つくらなきゃ!」


 あれ、耳に入っていない?


「アマンダさん!」


「あ、あうっ!? あ、はいっ!」


 俺がもう一回呼びかけるとアマンダさんはやっとこちらに気付いた。


「あ、はいっ! 外出されるのですね。では……鍵をお預かりしましょう」


 見かねたらしいグレースが、アマンダさんへ尋ねる。


「あ、あの……凄く大変そうですが、一体どうされたのですか?」

 

「ええ、ああ申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしまして」


「そんな事ありません、見た所おひとりで全部お仕事をされていますが、何か理由わけでもおありですか?」


「ええ、実は……」


 白鳥亭の女将アマンダさんの話を聞くと、長年勤めたアールヴの従業員が故郷へ帰ったという。

 何でも結婚しての寿退社だったとか。

 そうなると必然的に人手不足。

 王都の商業ギルドへ人材募集を申し入れた。

 結果、今日は臨時の手伝い、すなわちアルバイトが来る筈だったのが当日ドタキャンを喰らったらしい。


 それは酷いな。

 当日ドタキャンなんて最悪だ!

 俺はそう感じたし、グレースも同情したらしい。


「アマンダさん、お気の毒ですわ」


「御免なさい、何か愚痴になってしまいまして。それもお客様に申し上げるような事ではないですし」


「いいえ、私決めました! よかったら宿のお仕事、お手伝いさせて下さい」


 謝るアマンダさんへ、グレースが言い放つ。

 俺も言おうとしたのに!


 でも凄く嬉しかった。

 グレースの優しい気持ちが!

 思いやりが!


 だから俺も言ってやる。


「ええ、俺も手伝いますよ」


「えええっ、そんな! お客様に仕事を手伝わせるなんて!」


 恐縮するアマンダさん。

 至極真っ当な反応である。

 だけどグレースは、このままアマンダさんを放っておけないと言う。


「私達もボヌール村で宿屋をやっていますから。少しはお役に立てると思います、ぜひ!」


「で、でも……そんな」


 口籠るアマンダさんが、迷っていた時である。


「済みません! 今夜宿泊出来ますか?」


 新規のお客さんが来た。

 こうなれば押しの一手だ。


「ほらまたお客さんですよ、接客しますからアマンダさんは夕食の準備を!」


「あ、はいっ! で、では申し訳ありませんが」


「宿泊費や説明とかは壁に書いてある案内通りで良いのですよね?」


「それでOKです」


「不明な時は、旦那様が聞きに行きますので」


「はいっ! では申し訳ありませんが、受付けをお願いしますっ」


 時間が迫っているのだろう。

 アマンダさんは厨房へすっ飛んで行く。

 よっし、頑張って仕事しよう。

 旅行へ来て、宿屋を手伝うなんて何か面白くなって来た。

 人助けにもなる。


 どうやらグレースも同じように思っているようだ。

 俺を見て、にっこり笑う。

 そして、お客様へ声を張り上げる。


「いらっしゃいませ! 白鳥亭へようこそっ!」


 目をきらきらさせてお客を迎えるグレースの姿は、いつもよりずっと輝いていたのであった。

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