第9話「やりがい」

 どんな仕事でもそうかもしれないが……

 実際に手伝ってみて、宿屋の仕事も厳しい『戦い』なのだと改めて思った。

 いつものんびりしたボヌール村の大空屋と違い、王都の白鳥亭はとても人気のある忙しい宿であったからだ。

 俺達が手伝いに入ってからも、宿泊希望客がバンバン来た。


「あれ!? アマンダさんは? 居ないの?」


 不思議そうに聞くのは30代後半の冒険者と思しき中年男だ。

 いきなりアマンダさんの事を聞くなんて。

 こいつ、来た理由がまる分かりだ。


 しかしカウンターに居るのは、女将代理風な受付け役のグレース。

 カウンター脇に控えるのは、単なる雑用係の俺である。


「奥で夕食の準備をしていますよ、現在、受付けの担当は私です」


 グレースが答えると案の上、冒険者男は肩を落とす。


「そうかぁ……がっかり……楽しみにしてたのに……アマンダさんの顔が見れないなんて……ついてねぇ、最悪だ……」


「ええ、申し訳ありません」


 謝るグレ-スの顔を何気に見た男……


「って、あれ!? ……えええっ、美人だよ! あんたも凄い美人だねぇ」


「そんな!」


 恥らうグレースだが、何度も言うように彼女は超美人、これは間違い無い。

 こうなると男は、変わり身が早い早い。

 おいおい、さっきのアマンダさん命みたいな態度はどこ行ったのさ。


「ねぇ、あんた! ここに、これからずっと勤めるの?」


 ううむ、これは……ナンパだ。

 しかし、グレースははっきり言う。


「いいえ、今日は臨時の手伝いです。夫とふたりで!」


「お、夫!?」


 唖然とする男。

 ようし、ここで俺の出番だ!


「はぁい、私が夫です。愛と癒しの宿、白鳥亭へようこそぉ!」


「な、なっ!?」


「ご安心を! アマンダさんは奥にちゃんと居ますからね、ところでお客さんお泊まりですよねっ!」


 驚く男へ、俺は落胆しないようしっかり伝えてやった。

 このまま帰られたら、「客を逃がした!」という事になり俺達の落ち度になるからだ。


 泊まりますよね? という俺の押しに男は渋々頷く。


「あ、ああそうだよ……う、う、仕方無い。アマンダさんが居るなら泊まるか……でもあんた本当に美人だね、アマンダさんに全然負けていないよ」


 客の男は、グレースが好みのタイプのようだ。

 まめに褒めるのを忘れない。

 ふうん……俺も少し見習わなくてはいけないな。


 相手にもよるけど、誰でもこのように褒められたら、嬉しいに決まっている。

 グレースも花が咲いたように笑う。


「それは光栄です! ありがとうございます! ご新規のお客様、ご案内っ!」


「了解!」 


 そんなこんなで、戦い済んで日が暮れて……

 気が付けば、時間はもう夜の11時を回っていた。

 もうすぐ日付が変ってしまう時間である。

 それだけ忙しかったという事だろう。


 厨房で働いていたアマンダさんは、感謝しきりである。

 ちょっと疲れた様子だが、笑顔が爽やか。

 さっすがぁ!

 こちらも超が付くアールヴ美人だ。


「お疲れ様でした! グレースさんはさすがにプロですね! 本当にありがとうございました!」


 アマンダさんはグレースをべた褒め。

 褒められたグレースも、手を横に振って謙遜する。


「いいえ、私も良い勉強になりました。それに宿屋の女将さんっていいなって改めて思いました」


「そうですか? でも結構きつい仕事ですよ。私は元々好きだからやっていますけど」


「はい! 故郷の村では、まだ手伝いレベルなんですが。今日改めて思いました、私も好きだってこの仕事を……凄くやりがいを感じます」


「成る程!」


「私が住んでいるのはのんびりした田舎で、王都みたいにこれほどお客様はいらっしゃらないのですが、アマンダさんと仕事をしてみて御持て成しの心を学びました」


「えええっ、そんな。私なんかまだまだですよ」


 今度はアマンダさんが謙遜した。

 話が盛り上がってしまったが、まだ俺達は夕食を摂っていない。

 話の最中、俺の腹が「ぐう」と鳴ったので、アマンダさんはハッとしたようだ。


「ああ! 御免なさい、気が付かなくて! すぐ食事にしましょう、すっかり遅くなってしまいましたが」


 アマンダさんはさっと温めてアールヴ特製のハーブ料理を出してくれた。

 時間が時間なので胃がもたれない為、量は軽めだ。


 しかし、これがまた美味い!

 クッカやリゼットが作るハーブ料理も美味いが、アマンダさんのアールヴ料理は素材の味を上手く生かした独特な味付け。

 俺はとても気に入ってしまった。


「これって、どうやって作るのですか? レシピとかは㊙ですよね?」


 グレースも気に入って料理法方を学びたいと思ったらしい。

 普通は宿の名物料理なんて、企業秘密で内緒。

 当然、レシピなど教えてはくれない。


 しかし、アマンダさんは気前が良かった。

 門外不出とか言わずに、丁寧に作り方を教えてくれたのだ。


 そして食後はお約束のハーブティ。

 こちらも美味い。

 村で飲んでいるモノとは、また違った美味しさがある。

 

 そういえばさっき商業ギルドから使いが来ていた。

 アマンダさんが対応していたが何だろう?

 俺が気になって聞くと、アマンダさんはにっこり笑う。


「今日いきなりキャンセルされたお手伝いの件で、ギルドからのお詫びでした」


 白鳥亭の仕事は当然ながら明日以降もずっとある。

 俺は話の続きを聞きたかった。


「お詫びも含めて、賃金は1ヶ月間商業ギルド持ちで新しい方を派遣してくれるそうです。早速明日の朝5時に来るそうですよ」


「よかったですね」


「はいっ!」


 しかし、ここで「はい終わり」ではまずい。

 俺達は明日の朝まで手伝って、新しい人に交代が妥当だろう


「乗りかかった船です。明日朝までお手伝いして、新しい方へ引き継ぎましょう。グレースも構わないよね?」


「はい! 私からも旦那様へお願いしようと思っていました」


 グレースも快諾し、アマンダさんも俺達の申し入れを受けてくれる。


「ありがとうございます! ではお言葉に甘えます。ですがおふたりは仲がとてもよろしいですね、羨ましいですよ」


 アマンダさんのお褒めにすぐ反応したのがグレースである。


「はい! 私には最高の旦那様ですっ!」


 当然、俺も追随した。


「同意します! 俺にとっても最高の嫁ですよ、彼女含めて全員ね」


「うふふ、ご馳走様! グレース様は素晴らしい女性ですよ。ケン様は8人も奥様がいらっしゃるのですよね。全員がグレース様みたいだなんて凄いです!」


 アマンダさんからいっぱい褒められて、俺とグレースは良い気持ちになって部屋へ引き上げたのである。

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