第7話「アールヴの宿」

 無事に嫁ズへのお土産を買った俺とグレースは、王都において今夜泊まる宿を探している。

 

 「何だ? 今時予約もしてね~のかよ! だっせぇ」というツッコミがありそうだが……予約していない。

 王都へ来てから、様々な宿屋からの宿泊お誘いの呼び込みも完全に無視している。


 しかし事前に、ちゃんと下調べはして来た。

 当たりは取ってある。

 そうでなきゃ、こんな広い王都でベストな、またはジャストな宿なんて探せやしない。

 

 「俺に任せろ」という、どこかで聞いたようなセリフではないけれど。

 グレースと王都へ旅立つと言ったら……

 従士である妖精猫ケット・シーのジャンが自信満々で申し出た。

 だから任せて、王都の宿の評判を事前に調べて貰った。

 

 ジャンの嫁さんなのか、愛人なのか、単なる友人なのかは分からないが……

 奴はこの王都に巨大な雌猫のネットワークを持っている。

 その雌猫軍団達によれば、この王都で猫に優しい宿屋というものがいくつかあるそうだ。

 正確にいえば、野良猫にも優しい宿らしい。


 この王都の宿の大抵は、犬や猫に冷淡だそうだ。

 まあ動物嫌いの客も居るだろうし、衛生面の問題もある。

 仕方がないと言えるし、別に優しくなくても不当だとは思わない。


 だが、俺にとっては猫に優しいって価値判断の恰好の材料となる。

 

 個人的な好みだが、何か猫好きな宿屋の女将って優しそうで素敵じゃないか。

 まあ俺の勝手な想像なので、猫好きな宿屋の親爺って可能性も大ありなのだが。

 ちなみに俺もグレースも動物好き。

 グレースは一部動物——虫・ミミズ、蛇、爬虫類等を除くが。

 よって、フロントにもし『看板猫』が居てもぜんぜんっ、平気だ。


 しかしジャンのお薦め宿を数軒回ってみたが、運悪く満員だったりちょっと雰囲気が微妙だったりした。

 

 こうして……何軒か回ったあと。

 今、俺達はお洒落な木製看板がかかっている宿屋の前に居るのだ。

 看板には、美しい白鳥が大きく翼を広げた絵が描かれている。


「ええっと、ジャンによればここは白鳥亭という宿だそうだ、何か良い雰囲気だな」


「は、白鳥亭……やっぱり!」


 何故か、グレースが過剰な反応を見せた。

 何だ? すっごく気になるぞ。


「え? やっぱりって何?」


「い、いえ! な、何でもありません」


 慌てるグレースの言葉を聞いて、俺の中でまた違和感が大きくなった。

 何だろう、一体?

 ……だけどまあ良い。

 今夜グレースとは、例の件をゆっくり話すのだから。


「よし、じゃあ入ってみようか」


「は、はい……」


 俺はグレースの手を引いて白鳥亭へ入ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「いらっしゃいませ!」


 おお、美しい。

 鈴を鳴らすような爽やかな声だ。

 女将の声だろうか?


「あのぉ、夫婦ふたりでひと部屋お願いしたいのですが? いろいろ聞いても良いですか?」


「構いません! どんどんお聞きになってください、ぜひお泊りください!」


 はきはきと綺麗な声で答え、カウンター越しに俺達の目の前で微笑んでいる女将らしい相手。

 ……何と、人間族ではない。

 エルフとも呼ばれるアールヴ族である。


 身長は小柄、150cmを少し超えたくらい。

 長いさらさらな栗色の髪は、ポニーテール風で纏めてあった。

 栗色の髪の間から覘く、アールヴ特有のやや尖った小振りな耳。

 身体は華奢だが、目立つ胸はアールヴとしては掟破りの巨乳。

 抜けるような白い肌に、鼻筋の通った涼しげな顔立ち、瞳は深い灰色。


 一瞬あのフレデリカを思い出して「ぼうっ」とした俺であったが、苦笑したグレースにわき腹をツンツンされ、すぐ我に返って手続きする。

 こちらの異世界にもある、宿帳へ俺とグレースの名前を書く。

 ちなみに宿泊手続きは、俺達も大空屋で宿屋業をやっていて慣れている。


 俺が注目した美人アールヴ女将は、アマンダさんと名乗った。

 泊まるのはたった一泊だけだが、アマンダさんはまったく嫌な顔をしない。

 女将が超美人なのに続き、接客も丁寧で好印象だ。


 入った時に気付いたが、この白鳥亭。

 建物は素朴な二階建て木造建築なのだが、木の良さを生かした造りになっており雰囲気も良い。

 アールヴは元々森の住人だというから、それをイメージしているのかもしれない。

 何か、落ち着く感じでこちらもグッド!


 食事はと聞くと、アールヴ特製のハーブ料理がウリだそうでばっちり。

 次回は『ハーブおたく』のクッカやリゼットを連れてくると凄く喜ぶだろう。


 よっし、「これは当たりだ」という事で宿泊決定!


「えっと、じゃあ一泊、夫婦なのでひと部屋でお願いします」


「お食事は?」


「夕食と朝食付きで」


「ありがとうございます! 料金は前払いとなりますが」


「OKです」


 ふたり分の宿泊費を渡すと、アマンダさんはにっこり笑う


「では早速お部屋へご案内します」


 アマンダさんは素早くカウンターから出てくると、俺達を二階へ誘ったのであった。

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