第4話「おみやげに悩もう」

 露店で食事を終えた俺達は、同じ中央広場の一画にある『市』へやって来た。

 どうしてここまで、というくらい商品の種類と商人が多い。

 以前言った事があるかもしれないが、俺は都会の賑やかで活気のある市が好きだ。


 え? 

 さっきからお前は都会嫌いと言っているのに、おかしいだろうって?

 いや、だから~、ず~っと都会で暮らすのは嫌なの。

 ほんのちょっとだけ遊ぶのは好きだから。

 

 え?

 それは、凄い我儘わがままだって?

 でも……

 居るでしょう? 貴方の周囲にそういう人。


 と、いうわけで俺はグレースと手を繋いで市を歩く。

 様々な行商の声が耳に飛び込んで来る。


「うさぎ~、うさぎ」


「雀だよ~、丸々太った美味しい雀」


「美味しいバターにチーズだよぉ、口の中でとろけるよぉ」


「特製ワインだ、とびっきりの甘い蜂蜜入りだよぉ」


 市に飛び交う声に興味はひかれるが、今の俺達はパンパンの満腹。

 これ以上食べられないノーサンキュー状態なので、食品以外の商品を売っている区画へ行く。

 

 来てみれば、こちらもいっぱい商品が売っていた。

 様々な国の雑貨、中古ばかりだが色とりどりの洋服等々に目移りする。


 グレースも迷っているらしく、首を可愛く傾げている。


「おみやげ……何にしましょうか?」


 ここで問題があった。

 買った商品の運搬をどうするかだ。

 グレースも含め、嫁ズとお子様は計15人。

 何を買っても、凄い量になってしまう。


 俺は収納の魔法を使えるが、こんなところでおおっぴらに使うのは論外だ。

 「衛兵さ~ん、こっちで~す」というわけではないが、必ず騒がれてしまう。

 

 流れとしては、多分こうなる。

 魔法を使えば、店主からは絶対に聞かれる。

 

 お兄さん、凄い魔法使うね? 

 でも見ない顔だね。

 もしかして、も~っと凄い魔法が使えるんじゃない?

 良ければ、教えてくれないかい?


 そうなるともうお終い。

 

 衛兵がすっ飛んで来て、「君ぃ、ちょっと話を聞かせてくれる?」 という事になるだろう。

 別に魔法を使うのは悪い事じゃないが……

 調査された上、『使える魔法使い』としてスカウトなんかされたら、凄くめんどくさい。

 加えて運悪く勇者認定なんてされたら、手を変え品を変えしないと、簡単にボヌール村へは帰れなくなる。


 そんなのは真っ平御免だし、今の俺は素顔。

 派手な行動は、絶対に出来ない。

 だから必然的に、購入するお土産もかさばらないものとなる。


「グレース、何が良いかな、おみやげ」


「え~っと、そうですね」


 俺とグレースが会話を交わしておみやげを物色しようとしたその時であった。


「いらっしゃ~い! そこの従者を連れたマダム、どう? 良い宝石が入っているよ」


 市の奥にこれまたずらりと中規模な店舗が並んでいる。

 声はそこから聞こえていた。

 何と!

 宝石店の店員が、店頭で呼び込みをやっている。

 前世では考えられないやり方だ。


 でも……ふと考える。

 宝石か……

 嫁ズのみやげには良いかも……宝石。


 俺は頭上にLEDを光らせた。


 小さな宝石なら、絶対にかさばらない。

 それに俺の感覚では、女性で宝石が嫌いな人はあまり居ない。

 確か、宝石には誕生石というのがある。

 嫁ズ各自の誕生月に合わせて買うってのはどうだろう?


 でも宝石って、基本的にはぜいたく品だ。

 だから値段次第という事になる。

 呼び込みをしている店はどうかと見ると、それなりの構えをした店である。

 店員も普通の身なりだから怪しい店ではないだろう。

 万が一、盗品なんかを買わされたらたまらないから。


 ここでまた、ツッコミがあるだろう。

 それは俺が高価な宝石を買える金なんか持っているのか? というツッコミだ。

 しかしこれがある。

 今回の旅費と別に俺は金を多めに持って来ている。

 金貨で言うと100枚程だ。

 かさばるから1枚金貨10枚換算の白金貨10枚って感じでね。


 その金はどうしたかって?

 ほら、以前ドワーフの村へ行って、オーガの皮を売った金の一部。 

 今回王都へ行く事になったので、俺は持ち金を結構持って来たのである。

 ああ、こんな時に『へそくり』があるとやっぱり役立つ。


 考え事をする俺へ、グレースが声を掛ける。


「旦那様、どうかしました?」


「ああ、おみやげ……宝石にしようかなって」


「え? 宝石ですか。確かに女の子は喜びますけど……でも、どんなに安くても王都では最低ひとつ金貨1枚くらいはします。お金は足りますか?」


 ひとつが金貨1枚くらいする?

 それなら楽勝だ!

 今日の予算なら任せなさい!

 ん?

 でも、また違和感を覚える……まあ良いか。


「問題無いよ、行こう! 良い考えがあるんだ」


「良い考えですか?」


 俺は戸惑うグレースの手を引っ張って、宝石店へ入って行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達が呼び込み店員の案内で店に入るとマネージャーらしき男がすっ飛んで来た。

 揉み手をしながら近寄って来る。

 当然ながらというか、グレースに声が掛けられる。


「いらっしゃいませ、マダム! 今日は何をお探しで?」


 勢い込んで聞くマネージャーに、グレースは困惑した表情を見せる。


「あ、あの……」


「はぁい、マダムったら、何に致しましょう?」

 

「買うのは私ではなく、夫なんですが……」 


「夫? ま、まさかその人が?」


「……ああ、俺だよ。まさか、その人で悪かったな、もう違う店に行くから宜しく」


「ええっ、ま、待ってくださいっ」


 意地悪なようだが、これは商人と客の駆け引きだ。

 俺も、今やボヌール村唯一の商店である大空屋の若旦那。

 商売のコツは心得ている。


 だが、あまりにも節度をわきまえないのは駄目だ。

 たまに見境なく何でも値切る奴がいるが、いかがなものか?

 怒鳴って、居丈高に威嚇する奴もどうかと思う。


 どのような社会でもそうだが、ひとりきりでは生きていけない。

 お互い持ちつ持たれつだ。


 店がなきゃ物を買えない。

 お客様だけが神様じゃない。

 客と商人、敬いの気持ちを持って双方で儲けようという気遣いが大事だと思う。


 だから、


「ははは、な~んてね。おみやげを買いたいんだけど」


「は、はいっ!」


「えっと、あまり予算がなくて申し訳ないけど、宝石を8個買いたい」


「8個!? 8個もですかっ!? は、は、はいっ! かしこまりましたっ」


 商人が一番喜ぶのは、当然ながら高価なものをより多く買う事。

 それも現金一括払いでだ。

 これはいつの時代、どこの世界でもほぼ一緒であろう。


 しかし客には客の事情がある。

 まあ、ここからが駆け引きの楽しさだ。


 緊張しているマネージャーを、俺はにっこり笑って見つめたのであった。

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