第5話「噛み合わない会話」

 誕生日は、当人にとってスペッシャルデーだ。

 最近は、あんまり気にしない人も多いと言うが……

 俺は、結構気にする方。

 

 これは、あくまでも私見だが……

 自分だけで祝うよりは、家族を始めとして愛する人から「おめでとう」と言われたい。


 「おめでとう」と言ってくれる相手の笑顔を見て、「ああ、この世に生まれて来てよかった」と実感するのだ。

 まあ、俺の場合は一度死んで転生しているので、今の誕生日は管理神様が適当に決めた日なんだけど。

 

 ところで、誕生日にちなんで俺の前世地球では誕生石というのがあった。

 1月から12月までその月を象徴する宝石が定められている。

 宝石をイメージする言葉、効能効果も含めて宝石とは神秘的な位置付けをされていたものだ。


 「もしや?」と思って入った宝石店のマネージャーに聞いた所、この異世界にも誕生石が存在するのだと言う。

 それも「貴方、それ今更聞きますか?」みたいに苦笑されてしまう。

 こいつ失礼な奴だと思ったが、あちらからすれば俺は若僧であまりにも常識知らずなのだろう。

 ちなみに相手のマネージャーは30代半ば、俺は現在20歳。


 この異世界には魔法が存在するのは、知っての通り。

 マネージャーの話を聞いていると、魔法が込められた宝石や宝石を使った魔法の発動もあるそうだから、前世よりも宝石の位置付けはずっと重要で高いらしい。


 嫌味なマネージャーの顔を見て不快感を覚えるが……

 再検討はしてみたが、女性受けしてかさばらないおみやげを他には思いつかなかった。

 これから改めて探す手間も嫌だし、時間も惜しい。


 よし、決めた!

 嫁ズへのプレゼントは誕生石だ。


「さっきの話、決めたよ、嫁達へ宝石をおみやげにする」


「はい、ありがとうございます! ではお客様、奥様の誕生石をお買いになるという事で宜しいですか?」


「ああ、予算は金貨100枚。それで8個お願いね」


「え? 金貨100枚も? 貴方が?」


 俺が予算と買いたい宝石を8個と言ったらマネージャーの奴驚いている。


 何だよ、おっさん!

 金貨100枚も出して、宝石8個も買うからいいじゃんか。

 それも明朗会計、現金払いだぞ。


「金貨100枚で8個? この奥様の? 同じ誕生石を8個もお買いになるのですか?」


 はあ、また……

 何言っているの、このおっさん。

 「嫁達へ」って複数形で言ったじゃないか。


 さっきからどうにも、マネージャーとの会話が噛みあわない。

 理由は、はっきりしていた。

 このマネージャー、若い俺をグレースのツバメか、従者みたいな青二才だと思って舐めている。

 客の話を、碌に聞いていないのだ。


「いや違う! 嫁達へ、って言っただろう? だから嫁ごとに宝石を8個! おっと、双子が居るから同じ宝石ふたつを含むかな?」


「ははああっ!? って! じゃあ7種類の宝石を都合8個ですかぁ!?」


 あのね……

 確かに、どんな仕事にも確認は必要だよ。

 復唱して、間違いがないようにする事も良く分かる。

 でもあんたの驚愕とかの、余計なリアクションはいらないから。


「そう! それぞれ違う宝石で! 悪いけど、一応月ごとの誕生石を教えてくれる?」


「て、事は!? お、お、奥様が8人もっ!?」


 しつけ~な。

 さっきからそう言っているだろう?


 いいかげん俺が切れそうになったのを感じてか、驚くマネージャーに向かってグレースがズバリと言ってくれた。


「そう! 旦那様の言う通り、私は8番目の妻ですよ」


「ああおおおおおおっ!」


 ばったん!


 あらら、マネージャーが悲鳴をあげて倒れたぁ!


 今度は呼び込みをしていた店員がすっ飛んで来た。

 倒れたマネージャーを抱き起こす。


「あ、ああ……コルネーユさぁん!」


 絶叫する店員。

 俺は何がなんだかわけが分からない。


「どうしたの、彼は?」


「お、お客さんがいけないのですよ! 奥さんがそんなにたくさん居るって仰るから」


「はあ!? 俺のせい?」


「だってコルネーユさんは独身なんですよ。ずっと結婚したくて悩んでいたのにお客様がぁ!」


 このマネージャーが独身?

 俺に8人も嫁が居たのがショック?

 知らね~よ、そんなのは!


 俺は改めてコルネーユを見た。

 駄目だ!

 完全に気を失っている。


「どっちにしてもこれじゃあ接客は無理だな。俺達他の店へ行くよ」


「ま、待ってくださ~い。このままお客さんを逃がしたら、コルネーユさんは病気になるかもしれません。後生ですから気が付くまでお待ち下さい」


「旦那様、ちょっと……可愛そうよ」


 グレースはコルネーユに同情したようだ。

 俺も不幸を経験しているから、少し可愛そうになる。


「ま、まあな」


 人間って余裕があると違う。

 俺やグレースが、もし昔みたいに不幸だったら「関係ねぇ」とか言って容赦なく店を出る。


 だが今、俺は可愛い嫁ズが居て幸せだ。

 反面、このマネージャーは独身。

 自由な独身が好きな人も居るから幸せの形は一概には言えないが、このコルネーユって宝石店マネージャーは強い結婚願望があるのだろう。


 まあ良い。

 気付くまで……待つか。

 コルネーユは店員達の手で運ばれて、事務所の肘掛け付き長椅子ソファに寝かされたようだ。


 しかし待っている時間も無駄にしたくはない。

 可愛そうだからこの店で買い物はしてやろうと思うが、聞きかけた誕生石の事くらい店員にも分かるだろう。

 なので俺は店員へ聞く。

 購入する時はコルネーユとやりとりするという約束で、店員は誕生石の事を教えてくれた。


 店員によれば、俺の知っている誕生石の知識とこの異世界の誕生石はあまり変わらない。

 地球では長い年月の間、宝石と月の関係に変更があったらしいが、この異世界の誕生石は俺の知っている現代版と変わらなかったのだ。


 ウチの嫁ズは総勢8人。

 

 元は同じ人間が分かれたクッカとクーガーが同じ日以外は、バラバラの誕生日。

 ということで……

 俺は7種類都合8つの宝石を、嫁ズへのおみやげに買うことになったのであった。

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