第3話「セントヘレナで昼食を」
辺境の地にある、のんびりしたボヌール村に比べれば全然違う……
そう!
ヴァレンタイン王国の
人口も5万人を軽く超え、様々な種族、人種、そして職種の人々が居て、
才能があってその気になれば、
がっぽり稼げるだろうし、都会が大好きな人は毎日の暮らしが楽しいだろう。
そう!
王都は確かに面白い。
だが……
ずっと長期間住むなど、やはり俺には無理。
たま~に遊びに来るくらいならいいけど。
ごみごみした都会が苦手……俺は前世から全く変わっていない。
建物が、ぎっしりと建ち並んだ街に長く居ると辛くなる。
せいぜい1週間から10日が限度。
酷い人混みの中にずっと居ると、息苦しくなるから。
だからグレースことヴァネッサが、いきなり俺と同じ事を言ったのには驚いた。
彼女は元々貴族でこの王都育ち。
いくら記憶を失くしていても、生粋の貴族であり王都の賑やかな暮らしになれている筈なのに。
まあ良い。
今回の旅の趣旨は、ヴァネッサの意思を確かめる事。
近い将来、俺とヴァネッサの子供が出来るから。
その前に、はっきりさせておかないと……
もしも記憶を取り戻したい、真実を知りたいとヴァネッサが望んだら……
言葉を選びながら伝えてあげる。
そして彼女の過去、俺がやった事にふたりでしっかりと向き合う。
彼女の記憶を取り戻してあげて……それでも俺の事が大好きだって言われたら……最高に幸せだ。
ぜひ、そうなって欲しい。
ひたすら、祈っている。
だけど……もしも、万が一……俺なんか愛してはいない、離れたいと言ったら……
でも、はっきりは言おう。
俺は今のお前を愛している! 過去のお前も愛してる。
絶対に別れたくない!
告げた上で、ヴァネッサの意思を尊重する……
でも別れる事になったら……考えたくないけど……
辛いが、我慢する。
仕方がないと割り切るしかない。
……暫く、傷心の日々が続くだろうけど……
だけど、ヴァネッサが過去なんて知りたくない。
記憶は失われたままで良い、今の状態が幸せだからと望んだら……
今後は一切、真実を伝えずに行く。
秘密は墓まで持って行く。
この時も、俺はお前が大好きだから「放さないぞ」と言うのは当然。
俺は散々悩んだ末に、無責任なようだが、ヴァネッサ……いやグレース自身の望むようにしようと決めたのだ。
グレースも俺と結婚して、尚更日々失われた過去について考えているだろうと思って……
そんなこんなで少し王都散策をした後、俺とグレースはまず食事をしようという事になった。
気がつけば時間は午後12時過ぎ……
ちょっと失敗した?
俺は要領が悪い。
もっと早く飯食えばよかったかも。
中央広場は既に大勢の人々でごった返していたから。
時間も丁度昼時であったので大抵の店は一杯で、中には俺達のようなカップルも居て仲良さそうに食べながら語り合っている。
「わあ! 美味しそう! それにとても楽しそうですね」
グレースは感嘆の声をあげた。
嫁の「美味しそう」という声に応えるのが夫の務め。
俺は打てば響くが如く返す。
「ああ、美味そうだ。お腹が空いたよな? お昼を食べようか」
グレースも阿吽の呼吸だ。
「はい! 食べましょう、旦那様」
こういう時は、事前にきちんとした取材が必要だ。
それは苦手な食材がないかという事。
「グレースは何か苦手な食べ物はあるのか?」
「いいえ、特には……でも王都で食べた事がないものが良いです」
「え? 王都で食べた事がないもの?」
何だろう?
さっきから引っかかるな?
俺が怪訝な顔をしたのを見たグレースは慌てて、手を横に振る。
「い、いえ、何でもありません。あのお店なんかどうですか? なんかどきどきします」
グレースが指差した方向は、露店がたくさんある区画だった。
近付いてみると……
どの露店にも見た事がない、出来立ての美味しそうな料理ばかり並んでいる。
露店の傍らに設置された簡素なテーブルと椅子で、気軽に食事をしている者も多い。
グレースは言葉通り、わくわくしているようだ。
「とても良い香りが、あちらこちらからして来ますね」
俺とグレースは、そんな露店の中の一軒を選んだ。
そして他の人が美味そうに食べているという理由から、数種類のパテと肉と野菜のラグーを頼む。
パテは肉をミンチより更に細かく刻み、ペースト状に練り上げる料理だ。
お手軽な、豚や小魚のパテが安い。
ちなみに鹿や鶏は高くて金持ち向きとの事なので、露店にはなかった。
ボヌール村だったら鹿や鶏なんていつでも食べられるのに、都会は逆に不便だ。
またラグーは簡単にいえば、シチューに近い煮込み料理だと思えば良い。
飲み物もエール、すなわちビールよりワインの方がずっと安いので遠慮なく飲む。
くいっ、くいっと飲んで、あっと言う間にほろ酔い。
ああ、天気が良いなぁ!
風も爽やか。
こんな気候の良い日は、外で摂る食事は最高だ。
「さあ冷めないうちに食べようか?」
「はいっ」
最初は上品に食べていた俺達だったが、周りを見ると皆豪快に食べている。
ようし! 思い切って
がぶり! がぶり!
飢えた狼のように料理を平らげる俺とグレース。
おお、パテがワインに合う。
そしてラグーも深みのある味で美味だ。
肉と野菜が溶け合った絶妙のソースに、胃がすっごく喜んでいる。
「美味い!」
「本当に! ああ、私だけこんなに良い思いをして、絶対皆に怒られてしまうわ」
確かに!
村へ帰って、「ふたりで食べた王都の露店料理が美味しかったよ」と自慢げに報告すれば、「ふ~ん、そう」とか「良かったね」という反応が戻って来るに違いない。
いや、反応だけでは済まないぞ。
見合う埋め合わせをしなければ俺は嫁ズに……殺されるだろう。
当然、グレースも散々いじられる。
これで、俺達が次にやる事は決まった。
とりあえず忘れないうちに、嫁ズとお子様軍団へ『おみやげ購入』だ。
満腹になった俺達は、早速買い物の為に市場へと向かったのであった。
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