第15話「洞窟に潜む者」

 クラン挑戦者プローウォカートルとやり合った西の森。

 その奥から、さらにずっと奥へ踏み入ると……

 

 切り立った岩山がそびえている。

 標高は約100mほどで大したことはないが、傾斜が殆どなく直角。

 表面は岩肌剝き出しで、ごつごつしていて険しい。

 ちなみに、この山はオベール騎士爵領隣の某男爵領との境でもある。


 麓にある洞穴にはかつてクーガー麾下の将、不死者リッチのバルカンが前線基地を築いた。

 女魔王となったクーガーもここに現れた。

 あの時のクーガーは本当に凶悪魔王だった。

 クッカに言わせれば、今でも性格はそんなに変わらないと言うけれど。


 そして今回は、グリフォンが棲む洞穴があるという。


 俺は思う。

 この附近の洞穴は、元々ひとつの巨大な洞穴だったのだと。

 そしてどこかで魔界へと繋がっているか、魔族や怪物を呼び寄せる瘴気のようなものが吹き出ているかもと。


 しかし変だ。

 以前、人間になったクーガーと探索した時に、この辺りには何の痕跡も無かった。

 バルカンの洞穴は誰も奥へ入らないよう俺の魔法で塞いであるし、グリフォンが隠れ棲むような洞穴は見当たらなかったのだ。


 だがそれは数ヶ月前の話。

 グリフォンは魔獣だが、魔法を使えないと断言は出来ない。

 土属性か何かの魔法を発動させ、自らの棲家を造ったかもしれない。


 ちなみにグリフォンの居場所を白状させたクラン挑戦者プローウォカートルの連中は、俺の創った異界へ放り込んである。

 奴等にはまだ大事な役目があった。

 はなから殺す気はない。

 

 奴等から一切の記憶を消して放逐しても、意味が無い。

 王都の売れっ子情報屋とやらから、グリフォンの存在を聞いた新たなクランが乗り込んでくるのは明白。

 グリフォンがこの地から居なくなったという、はっきりした既成事実を作らなければならない。

 その為に、クラン挑戦者プローウォカートルを大いに利用してやるのだ。


 奴等から教えられた洞窟は、やはり例の岩山の麓であった。

 何も無かった場所に、ぽっかりと真っ黒な穴が開いている。

 

 天地左右5mずつくらいの穴……

 そんなに大きくない。

 果たしてグリフォンが入れるのか?

 疑問はつきないがとりあえず進む。


 念の為、この西の森へ来た時から俺は索敵を行っていた。

 従士達も気配を探っている。

 だが、グリフォンの居る様子はない。

 もしあったらクラン挑戦者プローウォカートルから根掘り葉掘り聞き出す以前に気付いている。

 

 絶対に何らかの方法で気配を消しているに違いない。

 俺達から気配を消去するだけでも相手のグリフォンが大した力を持っていると分かる。

 いくら俺がチート魔人で、従士達は一騎当千といっても油断は禁物だ。


 ここで重要なのは、俺達とグリフォンが接触してどうなるかだ。

 いきなり戦闘状態になるのは絶対に避けたい。

 先方に知性があって、話し合える余地があるなら話し合いたい。

 

 俺は『ふるさと勇者』だが、村人に害を為す魔物や人とのみ戦う。

 何もしない相手へ理由もなく戦いを挑みたくない。


 だから、このような時は逆手を使う。

 

 グリフォンが気配を消しているのなら、こちらは気配をはっきり出して存在を主張するのだ。

 戦う意思が無い事も含めて。


 但し、こちらには妖馬ベイヤールが居る。

 グリフォンが大いに嫌う馬ではあるが、正直に堂々と存在を報せる。

 果たしてどうなるか……


 俺達が歩く洞穴の中は真っ暗だ。

 しかし全員夜目が効く。

 全く問題はない。


 暫し進むと……洞穴は行き止まりであった。

 だが、俺達には分かる。

 幻を見せられた上に、結界が張られているのだ。

 侵入者の眼を逸らし、これ以上進めなくするように。

 擬態壁と魔法によって造られた対物理有効の魔法障壁だろう


 幸い俺は神レベルのスキル持ち。

 お約束で最初は失敗したが、二度目のトライでなんなく幻を無くし、魔法障壁を消失させた。

 

 お陰でこちらも漸くグリフォンの気配をキャッチする事が出来た。

 結界を無効にした事に、相手が驚いたからである。

 この時点で、グリフォンは俺達が只者ではないと感じた筈。


 グリフォンの気配……

 

 それは俺が最も心配した邪悪で凶暴なものではなかった。

 人を襲ってこの地で暴れようとする意思など皆無。

 誰にも構われたくなく、ひとりで静かに暮らしたい……そんな思いが伝わって来たのだ。


 この気持ち……

 俺には分かる。

 とても共感出来る。

 俺が都会に疲れて、懐かしい故郷へ帰りたいと思った気持ちに酷似しているのだ。


 これなら話し合いが出来るかもしれない。

 俺は念話の回線を開く。

 グリフォンと話す為である。

 そもそも念話とは魂の波長を合わせて話す事。

 俺は思い切って自分の魂を曝け出したのだ。


 グリフォンは、更に吃驚したようだ。

 そして、俺の存在が気になりだしたらしい。

 ここは俺からオープンマインドで話し掛けよう。

 何とか、心を開いて貰えるように。


『いきなりで悪い。良かったら俺の話を聞いてくれないか?』


『…………』


 呼びかけたが、相手は反応なし……無言だ。

 う~ん……当然だろうな。

 俺が一体何者か、分からないのだから。

 一応魂の波動からは、俺に敵意がないのは理解して貰えた筈だ。

 でも何か気配が……おかしい?


 違和感を覚えながら、俺は諦めずに話し掛ける。


『俺は違う世界からこの世界へ転生した者だ。一旦死んだけど、管理神様の加護を受けて』


『!!!』


 更なる俺のカミングアウトに凄く驚く気配が伝わって来る。

 良いぞ!

 掴みはOKだ。


『そんな経緯いきさつで俺はこの地の守護者をしている。もしもあなたが森で静かに暮らし、人間や家畜に害を及ぼさないならそっとしておこうと考えている』


『え? ……本当に?』


 あれ!?

 この可愛い声!?

 グリフォンって……女の子だ!

 俺が相手の気配から覚えた違和感はこれだったんだ。


『グリフォンなのに、君は女の子?』


『ええ、そうよ! 悪かったわね、女で!』


『御免! 御免!』


 俺はひたすら謝った。

 別に女性を蔑視していたわけではない。

 グリフォン=男というイメージが強すぎたのだ。

 そんな俺の魂の波動を読んだのか、グリフォンは大声で笑い出した。


『あはははははは!』


『御免!』


 俺はもう一回謝った。


『うふふ、もう良いわよ、何度も謝らなくて。人間のグリフォンに対するイメージって暴れ者の女好き男で固まっているんだものね』


 確かにそうだ。

 人間や牡馬は容赦なく殺して、牝馬と見れば、すぐエッチしちゃうとか。

 だけど敬っている部分もいっぱいあるぞ。

 現に大勢の貴族は紋章にだって使っているし。


『うふふ、確かにね』


 よかった!

 どうやら機嫌が直ったようだ。


『俺達、君とじっくり話したいのだけれど……良いかな?』


『良いわ……でもおかしな真似をしたら殺すわよ』


『了解!』


 こうして俺達は、グリフォンの女の子と話す事になったのだった。

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