第16話「孤独なグリフォン」

 結界が無くなった洞穴を進むと、奥は大きなホールになっていた。

 グリフォンは、そこに居た。


 体長は10mくらい。

 純白な鷲の上半身と翼、黄色の逞しい獅子の下半身。

 俺が資料本で読んだ通りだ。

 ちょっと感動した。

 伝説の魔獣が今、目の前に居るから。

 グリフォンは猛禽類特有の鋭い視線を俺達へ投げ掛ける。


 見れば、身体は少し傷ついているらしい。

 翼が少し曲がっていた。

 やはり体調は万全ではないようだ。


 ひとつ深呼吸した俺は、まず名乗る。


『俺はケン、一応人間だ。ここから少し行った場所にあるボヌールという村の村長代理をやっている』


 簡単な挨拶をして、次にケルベロスを始めとした従士達を紹介する。


『彼はケルベロスだ』


『ヨロシクナ』


『彼はジャン……妖精猫ケット・シーだ』


『よろしくな、可愛い子ちゃん』


『そして彼は……ベイヤールだ』


『…………』


 ベイヤールを紹介したが、彼は何故か無言だ。

 いつもの意思の伝達も行って来ない。


 紹介が終わったと見て、グリフォンが名乗る。


『皆さん、宜しく! 私はフィオナ……見ての通りグリフォンよ』


『悪い、ベイヤールは少しシャイなんだ。悪気はない』


 俺は、従士の中で唯一返事をしなかったベイヤールのフォローをした。

 大丈夫!

 多分、俺が言った通りの理由から。

 その証拠に、ベイヤールからはフィオナを嫌う波動は発せられていない。


 フィオナも納得してくれたみたいだ。


『ええ、分かったわ……ところでケンは異世界から来たって本当?』


『ああ、本当さ……但し、今の姿は擬態だ、正体を隠してる。素顔で派手に立ち回って俺と特定されたくないから』


『へぇ! 変身してるの?』


 俺はフィオナの綺麗な魂を感じて、一切を正直に話す事にした。

 この子は悪い子じゃない。

 分かるから――話す。


『結構長くなるけど……構わないか』


 俺の問い掛けにフィオナは黙って頷いてくれた。


 目を閉じた俺は、ゆっくり話し始める……


 ……静かに暮らしたくて故郷へ帰る途中で死に、生まれ変わった俺は神様からレベル99の力を授かった事。

 派手な勇者になるのが嫌でボヌール村へ来た事。

 村の様々な女の子と恋をした事、そして結婚した事。

 村へ襲来した女魔王を、従士達と力を合わせて撃退し平和を守った事。

 忘れられない、幼馴染みクミカとの悲恋……

 そして現在は子供にも恵まれ、家族で仲良く暮らしている事。


 話を聞いたフィオナはとても驚いていた。

 クミカとの恋は……特に気になったようだ。


『凄く……悲しいね……だけどそんな事を一切、私へ喋って良いの?』


 フィオナの疑問は尤もだ。

 俺とフィオナは全くの初対面なのだから。


『俺には君の魂の波動が分かる……だから信じるよ』


『……私の事、信じてくれるんだ……そうなんだ』


『ああ、君は俺達を信用してここへ迎え入れてくれたじゃないか、俺達も胸襟を開くのは当然だ』


『う、嬉しいわ! ……じゃあ、私も身の上を話すわね、聞いてくれる?』


 フィオナはそう言うと、自分の身の上話を始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 フィオナの話も悲しかった。

 あるグリフォン一族の長の娘であったフィオナは婚約者と共に、群れの次世代リーダーとなるべき存在であった。


 クラン挑戦者プローウォカートルが言う通り、俺の中二病的な知識の通り、グリフォンにはお宝を溜め込む癖がある。

 この世界での彼等のライバルは同じようにお宝を溜め込む癖のあるドラゴンらしい。

 なので何かにつけて竜と争う事になった。

 戦いは一進一退。

 だが、ある日竜が大きな反撃に転じて一族はフィオナを除いて殺されてしまう。


 一族と共に殉じようとしたフィオナであったが、瀕死の恋人が遺言で彼女へ「生きろ」と告げたのだ。

 恋人の遺志を継ぎ、フィオナは追っ手の竜共を振り切って漸くここまで逃げて来たと言う。


『この地で少し休んだら、どこか遠くへ旅立とうと思っていたわ』


 フィオナは優しく微笑む。

 悲しみをこらえて、無理して笑っているのが分かる。


 グリフォンは人間より遥かに長命だ。

 「少し」というのが人間の時間に換算すれば、数十年か、それ以上だろう。


『グリフォンの宝を狙って来た冒険者を問い質して、俺達はここへ来たんだ』


『そう……なんだ。私がここに居ると欲にかられた人間が来る。いずれは私を追う竜も来るかもね』


 沈んだ声で話すフィオナを励まそうと思ったのであろう。

 ジャンがおどけた声を出す。


『へへ~ん! 竜くらい平気だぜ、俺達のケン様は! 何せ女魔王が騎乗した古代竜エンシェントドラゴンもひと睨みでびびらせたし、この前なんか二足竜ワイバーンにマウントかけてたらしいぜ』


『ええっ!? 古代竜をびびらせて、二足竜にマウント!? な、何、それ!?』


 ジャンの言葉に吃驚するフィオナ。

 ケルベロスが捕捉する。


『ダネコノイウコトハ、シンジツダ。ケンサマノチカラナラ、リュウヲシリゾケルコトナドタヤスイ。ソレヨリオマエタチノ、タカラハドウシタ? ミタトコロ、ココニハナイヨウダガ』


『何だ……貴方達もグリフォンの宝が欲しいの?』


 宝の行方を聞かれ、フィオナは訝しげな表情で俺達を見た。

 

 しかし俺は、ゆっくりと首を横に振ったのであった。

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