第14話「猿芝居」

 リーダーのバルナベが剣を投げたのに続き、クラン挑戦者プローウォカートルのメンバーも次々と自分の武器を放り投げた。

 放物線を描いて飛んだ武器は遠く離れた場所に転がった。

 すぐ取りには行けない距離である。


 これでクランメンバー全員が武器を放った。

 見届けたバルナベが叫ぶ。


「おい! お前の指示通りにしたぞ! だから、いいかげんに姿を現せ、兄さんよう」


 確かに、俺の指示通りではある。

 しかし、まだ俺は奴等の前に姿を見せなかった。

 それどころか返事もしない。


 俺が動かないのを知って、バルナベが初めて余裕の笑みを浮かべる。


「どうした? びびったか? あははははは!」


「「「「「「「「「ははははは」」」」」」」」」


 バルナベが大声で笑い出し、釣られてクランメンバーも皆笑った。

 だけど、これは挑発。

 嘲笑されても俺は動かなかった。

 逆に、改めて指示を出す。


「……次に全員両手を頭の後ろに組め、そして地面へ腹ばいになるんだ」


 いきなり下された俺の指示。

 聞いたバルナベが慌てる。


「な!? 約束が違うぞ」


うるさい! 主導権を握っているのはこちらだ、言われた通りにしろ」


「ぐうう……ち、畜生」


 俺が、クラン挑戦者プローウォカートルの命運を握っているのは事実だ。


 もしも俺がオベール様へ通報すれば、クラン全員が違法行為で牢屋行き。

 逆らったり、逃げたりすれば話が大きくなり国家反逆罪で絞首刑。

 奴等として、それは絶対に避けたいだろう。

 しかし、俺みたいな身元不明な奴の言いなりになって情けないと思っているのも確か。


 ランクBの冒険者の誇りからか、拳を握り締めてバルナベは悔しがる。


「バルナベさん、ここは我慢、我慢」


「う! りょ、了解!」


 サブリーダーのティボーがたしなめて、リーダーのバルナベが渋々頷いた。

 まずはバルナベが俺から言われた通りにした。

 続いて、クラン挑戦者プローウォカートルのメンバーもどんどん腹ばいになる。

 相手には体術に優れた奴や魔法使いも居るみたいだ。

 負けるとは思わないが、リスクは最大限減らしておくに越した事はない。

 慢心はNG。

 俺はいつもそう心掛けているから。


 ここで……漸く俺は姿を現す。

 当然、素顔の俺ではない。

 変化の魔法により、30歳くらいの魔法使い風な男を装っている。

 法衣ローブ姿の俺を見て、バルナベは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「何だ? どんな奴かと思えばひ弱そうな魔法使いの若造かよ……」


「…………」


「それにたったひとりかい。クランメンバーの代わりに連れているのが人間じゃなくて、犬と猫と馬だと?」


 俺の姿を見たバルナベは首を傾げた。

 他のクランメンバー達も訝しげに俺を見ている。


 微妙な雰囲気だが、構わず俺はバルナベに問う。


「…………あんたの言う儲け話とやらを聞かせて貰おうか」


「ああ、まあ良いだろう……俺達が追うグリフォンだがな……知っているだろうが奴等は習性から大層な量のお宝を溜め込んでいる。今回の仕事もそいつをそっくり頂くのよ」


「成る程」


 俺が相槌を打ったのを見て、バルナベはここぞとばかりに捲くし立てる。


「俺の見立てで金貨一万枚相当は固いと踏んでいるんだ。もし領主へ通報せず俺達を手伝ってくれたら金貨二千枚※やるぜ! こ、これは俺の分け前と一緒だ、クランリーダーのこの俺の取り分とよぉ」

 ※金貨二千枚=約2,000万円


「金貨二千枚か……大金だな。分かった……俺は何をやれば良い?」


 俺はわざと誘いに乗ってやった。

 「しめた!」と思ったのだろう。

 バルナベの表情に「作戦成功」という歓びが生じた。

 ああ、本当に分かり易い奴だ。


「おお、やってくれるか! よかったな、お前。これで大儲け出来るぞ」


「ああ、任せろ」


 俺が仕事を引き受けたからか、バルナベは立ち上がろうとする。


「ようし詳しい段取りを説明するぞ! もう起きて話しても大丈夫だろう? 俺達は仲間だから」


 しかし俺は手で制する。

 無論、奴等が立たないようにだ。


「動くな!」


「何故だ!? 俺達を信用してくれないのか? 言う通りにしているだろう」


「信用?」


「そう! 信用だ。お前の指示を守り、男と男の約束をしたじゃないか」


 ほ~う!

 男の約束と来たか!

 信用と来たか!

 とんだ三文芝居だ。

 はっきり言って猿芝居だ!


 俺は込み上げる笑いを、これ以上我慢出来なかった。


「あはははははははっ!」


 俺が大笑いするのを見て、バルナベは訝しがる。

 少し不安な表情を見せている。


「な、何が可笑しい?」


「猿芝居は終わりだ。全部……分かっているんだよ」


「猿芝居? 全部? 分かっている?」


 惚けて首を傾げるバルナベ。

 

 こいつ、馬鹿か?

 まだ惚けるのか?

 俺を利用して何をやらせるつもりなのか。

 どのような方法でグリフォンを狩るかを。

 さっきの密談と奴等の心から読み取った情報も含めて公開してやろう。


 俺はニヤリと笑う。


「ああ、そうさ……詳しい段取りは俺から言おう」


「な、何!? 段取りだと?」


「ああ、良く聞け。大金で釣った俺をグリフォンの居る洞窟へ連れて行く。グリフォンは牝馬に目がない……恰好の囮役である俺を先頭に立たせ、お前達の用意した牝馬と猛毒の入った水を持たせて洞窟の中へ入らせる」


「な!?」


「逢瀬に邪魔な俺はグリフォンに呆気なく殺されるだろう。奪った牝馬と事をいたした後に喉が乾いたグリフォンがつい水を飲む……猛毒の入った水を飲んでもグリフォンは死なないが、かなり弱る」


 グリフォンは基本的に馬が大嫌いだ。

 自分と同じ役目を果たすライバルだからと言われている。

 

 しかし殺すのは牡馬だけ。

 牝馬は逆に大好きで、即座にHして自分の子供を産ませる。

 グリフォンと牝馬の間に生まれた子供が、前半身が鷲、後半身が馬の怪物ヒッポグリフなのだ。


 ズバリと目論見を言われて驚いたバルナベ。

 もう言葉が出ない。


「ななな……」


 俺はにやりと笑い、バルナベへ止めを刺す。


「毒で動きの鈍くなったグリフォンへ、お前達クランが10人がかりで襲い掛かり一気に殺す……このような段取りだな……万が一俺が生き残ってもグリフォンと一緒に殺す……所詮俺は使い捨てだ」


「うおっ! ななな、何故!」

「こいつ!」

「何で!」

「分かるんだ!?」


「「「「「「「「「「殺してやるう!」」」」」」」」」」


 作戦が失敗したと理解した男達は一斉に立ち上がろうとした。

 だが身体が動かない。

 うつ伏せになったまま、芋虫のように身体をよじるだけである。


 立ち上がれないのは当然。

 話している間に俺がこっそりと束縛の魔法を発動し、奴等の身体の自由を奪ってあるからだ。


「悪いがグリフォンの件は俺が対処する。お前達には別の仕事をして貰うよ」


 悔しがって歯噛みするクラン挑戦者プローウォカートルへ、俺ははっきりと言い放ったのであった。

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