第9話「男同士でうまいメシ!」
ヴァレンタイン王国最南部辺境の地……ここは名もなき森。
只でさえ誰も来ない森の、更に奥にあるこの湖。
訪れる人は……滅多に居ない。
騎士爵オベール様の私有地だし、領民であるボヌール村民以外は基本的に狩りも釣りもNGだから尚更。
この異世界へ俺が来た頃は魔物が今よりずっとはびこっていて、危険だった。
と、言う事でいわゆる場荒れはしていない筈。
ちなみに、場荒れとは頻繁に釣り人が来て魚が釣れなくなる事だ。
俺は淡い期待を込めて竿を振り、餌付きの針を投げ入れた。
気合を入れて釣り道具を作り、従士に対して大見得を切った手前、何としてもボウズは避けたかった。
こちらも、ひと言説明。
ボウズとは、釣果ゼロの事をいう。
都会に引っ越してすぐのまだ俺が幼い頃……
祖父に連れて行かれたのがきっかけで、俺は釣りの楽しさを知った。
だが自分ひとりでは行けなかったので、祖父におねだりして釣堀へ通い出した。
孤独さを癒やす時間を求めた為だ。
釣りには動と静……ふたつの釣りがあると思う。
経験はないが、ルアーなどで釣るブラックバスなどは動。
俺がやった、釣堀で浮きを使った仕掛で鯉や鮒を釣るのは静。
私見だがそう思っている。
この湖でも俺は静の釣りを楽しみたかった。
じっと待ち、浮きの僅かな動きに合わせて魚を釣り上げる……
静の中に動が生まれる。
そのような魚との真剣勝負を期待したのだ。
今回もそのようなイメージを浮かべた俺。
しかしとんでもない間違いであった。
ここで釣りをした人は居ない……と、いうことは……
ぽちゃん!
と、餌付きの針を投げ入れた瞬間――ばっくん!!!
おおっと!
喰いついた!
「うわあっ!?」
思わず声が出てしまう。
引き込まれる竿。
軋む糸。
「おおうっ!」
凄い……引きだ。
暴れる! 暴れる!
何だろう!
ああ!
水面からジャンプしたっ!
糸が切れないだろうか?
竿が持つだろうか?
しかし釣り人にとってはこの瞬間が最高なのだ。
格闘する事、10分余り……
疲れた魚が漸く水面に姿を見せた。
にゃ~ごっ!
かかった魚の見事さに思わずジャンが鳴いた。
体全体が茶褐色。
朱点がやたら多い。
これはトラウトだ……地球でいうブラウントラウトに似ている。
結構大型で40cm近くある!
バラさないように、そうっと引き寄せて水面から一気に抜き上げる。
にゃ~ごっ! にゃ~ごっ!
輝く魚体を見て、ジャンはもう大騒ぎ!
ああ、狂喜乱舞している。
ようし、もう何匹か釣ってやるぜ。
俺はトラウトを魚篭に入れると、餌を付け再び湖面へ投げ入れたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初の釣りで予想はしていたが、それからは入れ食い状態であった。
入れ食いとはまさに言葉通り、餌を付けた針を入れるとすぐに魚が 食いつき、次々と魚が釣れる事である。
……え?
美少女嫁をた~くさんゲットした俺も、女が入れ食い状態?
いや、いや、いや、それは誤解だ。
結果的に嫁が増えただけ。
何か、女が入れ食いとか言われるとジゴロみたいじゃないか!
まあそれは置いといて!
結局、1時間弱で大型のトラウトが20匹以上釣れた。
何という釣り場であろうか!
感動!
この嬉しさを、家族と分かち合いたい。
安全さえ確保出来れば、絶対に楽しい。
今度は誰か連れて来よう。
ええっと一度に全部は食べられないから、氷室に保存だ。
旅先で氷室があるのかって?
それがあるんです。
俺ってレベル99の空間魔法を使えるから、どのような異界でも造れるんだ。
氷室風異界は凍てつく極寒の地をイメージ。
魚を放り込むだけで凍り付いて鮮度バッチリ保存の筈……
あまりに極寒過ぎると、魚が砕け散るから注意。
というわけで俺とジャンとケルベロスで食べる分、数匹を残す。
ナイフを使い内臓を取って下処理をしておく。
ちなみに犬や猫などを含めた動物には絶対に与えてはいけない食べ物や、してはいけない調理法があるから厳重に注意してくれ。
例えばこのような魚は下ごしらえをした上で必ず焼いて与えるのが大事。
塩は、殆ど要らないかも。
人間以上に、動物の塩分摂り過ぎは要注意らしい。
従士達は動物と言うか……魔物だけれども、気配りは大事。
さあて今日はこのままこの場所で夕飯だ。
陽が暮れて西の空が真っ赤に焼けている。
どんどん闇が迫って来るが、不安はない。
だって寝るのも俺の造ったエデンのように安全な異界。
この森で、そのまま無防備に寝るわけではないから。
俺は、ひとりまめに働く。
誰にも手伝わせない。
今日は俺が従士達へサービスデーだもの。
鹿肉もトラウトもじゅうじゅうと焼き、持参した野菜も使って別に鹿肉スープも作った。
俺が食べる固いライ麦パンも出しておく。
スープに浸して食べるといけるから。
魚の餌にしているのはこれより上質のパン。
トラウトの方が良いパンを食べているのが笑えるが。
お湯も沸かして食後の紅茶の準備もしておく。
辺りに良い香りが漂って来た。
誰もが自然と笑みが浮かんで来る。
馬のベイヤールは肉や魚が食べられないので、ボヌール村産の人参は勿論、引寄せの魔法で 特上のブルーグラスも用意してやった。
ジャンに劣らず嬉しそうだ。
よっし、食事の準備完了!
ちなみにユウキ家は少し前から食事の際に、いただきます、ごちそうさまをする事になっている。
俺が家族に教えたのだ。
『さあ、飯にしよう! いただきます!』
『イタダキマス』
『いただきまっす!』
『ぶひひひん!』
普段は、嫁ズに囲まれて幸せな俺だが……
たまには男同士で、飯を食うのも良いものだ。
そんな事を言ったら、また「リア充爆発しろ!」と言われそうだが。
胡椒をふった鹿の焼肉、トラウトの荒塩焼き&塩無し焼き、そして鹿肉と野菜を一緒に煮込んだスープはとても美味かった。
従士達にも概ね好評で、俺は面目を施したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
飯の後のお茶は美味い。
気持ちが落ち着くし、身体の疲れも取れる気がする。
人類で最初にお茶を飲んだ人は偉大だと、改めて思う。
俺もそうだが、従士達は普段忙しい。
最近は、全員揃ってゆっくり話すなんて滅多にないもの。
飯が美味かった事もあって、話が弾む。
俺は改めて、クミカとの悲恋や嫁ズ全員の事を包み隠さず話した。
従士達は家族だ。
何も隠す事はナッシング。
『お前達が頑張って仕えてくれているから、俺達は幸せなんだ……ありがとうな』
俺が頭を下げて礼を言うと、従士達は全員黙っていた。
ちょっと柄にも無かったかな……
『何か恰好つけ過ぎたか……でも本音なんだ』
俺が重ねて謝意を伝えると、ケルベロスが言う。
『ケンサマニ、ツカエルコトガデキテ、ヨカッタ』
ケルベロスの言葉を聞いたジャンが笑う。
『へっ、当たり前じゃないか!』
ぶひひひひん!
最後にベイヤールが力強く嘶き、森での夜はゆっくりと更けて行ったのであった。
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