第8話「狩りには礼を尽くして②」

 鹿を狩った俺達は、更に東の森奥へ進む。

 

 かつてこの森で嫁のレベッカを助ける為に凶暴なオーガの群れを倒した事があった。

 彼女との馴れ初めといえる事件で、俺には絶対に忘れられない思い出のひとつだ。

 その際、オーガの返り血を浴びて身体を洗った小さな川がある。

 

 事件のほとぼりがさめてから、復活して元気になったレベッカと探索。

 川が流れ込む先には結構大きな湖があるのを確かめてあった。

 今回の俺達の目的地はその湖。

 確かめた事はなかったが、多分美味そうな魚がたくさん泳いでいる筈である。


『良い鹿肉が手に入りましたねぇ! さあ、ケン様! 次は超ウマウマな魚をゲットしましょうよぉ』


 ジャンは先程の怒りも、綺麗に消え失せて張り切っていた。

 名誉より大事なのは、食い気!

 うん!

 ジャンらしい。

 はっきりしていて宜しい。


『そうだな』


 俺が頷くと、ジャンは怪訝な表情をする。

 何か疑問があるようだ。


『ケン様、何故狩りでわざわざ弓を使うのですか? ここには俺達しか居ないし魔法で「ぱぱぱっ」とやれば楽じゃないですか? 風の魔法で大気の矢でも放てばもっと遠くからでも百発百中ですよ』


 やっぱりな……

 普通はそう思うよな。

 成る程……

 不思議そうな表情はそう思っていたからか。

 だから俺は答えてやった。


『ああ、理由わけがあるんだ』


『理由?』


『うん! 魔法だといかにも安直だろう? 食べる為に相手の命を奪うのならこちらも礼を尽くしたい』


 さっきの常人に戻るという心配とは別に、俺には考えがあった。

 自分が食糧にする相手にはちゃんと礼を尽くして向き合いたい。

 まあ、単なる自己満足と言われればそうかもしれないが。


 やはりというか、ジャンには理解して貰えない。


『ふ~ん……結果が同じであれば俺なら拘りませんけどね……ケン様の考えは理解出来ないや』


 うおん!


 その時であった。

 ケルベロスがいきなりジャンの耳元で吠えたのである。


『うわ! 吃驚した! って、ななな、何だよ!?』


 驚くジャンに、ケルベロスはしかめっ面をして言う。


『ダカラオマエハ、ダメナンダ』


『だから? 俺が駄目……だと!?』


『ソウダ! ケンサマハ、イノチニタイスル、レイギヲシッテイル』


 おお、ケルベロスよ。

 分かってくれたのか。

 結構、嬉しいかも。


 しかしジャンには理解不能なようだ。


『命に対する礼儀?』


『オマエノヨウナ、ガキニハワカルマイ』


『おいおい、ガキって!? ケン様より俺の方がず~っと長く生きているんだぜ!』


 ガキと言われたら、ジャンも頭に来たらしい。

 しかし、ケルベロスへ返した答えは微妙な言い方だ。

 単に長く生きているという事ではない。

 本質が大人か、子供かそういう事。

 ジャンには、ケルベロスの言う本当の意味が分かっていない。


 案の定、ケルベロスが呆れたように「はあっ」と溜息を吐く。


『ショーモナイ、オロカモノダナ……ソノヨウナ、イミデハナイ』


『くくく、糞っ! 俺を見下しやがって! 馬鹿にしやがって! いっつもそうだ!』


『まあまあ……ケルベロス。人それぞれだ。ジャンにはジャンの価値観がある、俺だって本音は魔法を使った方が便利だと思うさ』


 ここでまさか、俺がフォローしてくれるとは思わなかったのだろう。

 ジャンは「ぽかん」と口を開けていた。

 そして……


『ケ、ケン様! ありがとう!』


 おお、こんなに嬉しそうなジャンの笑顔は初めて見た。

 毒舌だし調子が良い事この上ないが、俺はそんなジャンが好きだ。

 ああ、変な意味じゃなくてね。


 ふと考える。

 俺がもしも常人へ戻ったら、召喚魔法も使えなくなる。

 当然、従士達ともおさらばだろう。

 そんな事、彼等へは絶対に言えないが。

 

 それに……

 いくら相手と親しくても、誰にでも……いつかは、必ず別れがやって来る。

 

 永遠の命を持つ彼等従士とも例外ではない。

 人間の俺達一家や普通の犬猫である家族の死という無情なことわりを筆頭に……

 心配性な俺は、今のうちに『思い出作り』もしておきたいのだ。


 そんなやりとりをしていたら、湖に着いた。

 結構広い。

 どこかのサッカー場くらいの大きさはあるだろう。

 人にもよるが、俺にとっては湖だ。


 俺は馬車を停めると、ハーネスを外してベイヤールを放してやる。

 空は真っ青。

 相変わらず天気が良くて皆、リラックス。

 俺が許可を出したので、ケルベロスもジャンも湖畔の青々とした草が生えた地面に寝そべって休んでいた。


 俺は湖を見た。

 浅い手前は綺麗な水で底まで見えるが、真ん中辺りは水の色が濃くて深そうだ。

 

『じゃあ釣り始めるから……釣竿から針まで全部手作りだからな』


『おおっ! 本格的ですね! 俺に美味い魚、お願いしますよ』


 復活したジャンが笑顔でせがんだ。

 俺も笑顔で返す。


『ははは、任せろよ』


 多分、上手く行く筈だ。

 俺はこのような日が来ると思って夜、少しずつ釣りセットを作っていた。


 ……幼馴染みのクミカと別れ、都会へ引っ越して孤独だった俺を唯一癒してくれたのが、釣り堀。

 ある時、母の父……すなわち祖父に連れて行って貰って以来、はまってしまった。

 

 都会の釣堀は変わっていた。

 自然の川や池という趣きではなかった。

 

 俺は……更に記憶を呼び覚ます。

 

 何か城のお堀のような場所にあったっけ。

 傍らを、電車がガタゴト通り過ぎるのが面白かった。

 

 この異世界に来た俺はぜひ釣りをしたいと思ったが、残念ながらボヌール村に釣りの道具は無かった。

 なので、暇を見つけては全て自作したのである。


 釣竿はよくしなる柔らかい木の枝を探して加工、糸は知る人ぞ知る蛾の幼虫から作った。

 浮きは軽くて水を吸い難い木片を削り、錘は石を砕いて磨く。

 針は丈夫な重めの木片を選び、両側を尖らせた。

 ちなみに針の形だが、尖らせた小さな短い鉛筆を2本繋いだように作る。


 餌はミミズ……ではなくパン。

 針を覆い、見えなくするのがコツ。


 ようし、準備OKだ。


『ケンサマ、シュウイハミハッテオリマスカラ、ゴユックリトオタノシミクダサイ』


 ケルベロスが気を遣ってくれた。

 俺が釣りに専念出来るように……

 ありがたい!


 俺は湖面へ向かってひょうっと竿をしならせた。

 「ぽちゃん」と音がして、石の重みで餌を付けた針が沈んで行く。


 初めて、この異世界で行う釣り……

 果たして上手く行くだろうか?


 俺は水面に浮かぶ浮きを見て「ほう」と息を吐いたのであった。

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