第7話「狩りには礼を尽くして①」

 出発した日の午前中にいきなり南国アーロンビアの商隊を助けた俺達。

 襲って来た、ゴブ約100匹を討伐した。

 人助けと同時に、本来の仕事である『ふるさと勇者』の使命を立派に果たしたのだ。

 そう思うと、とても気分が晴れる。


 昼食後に北へ向かう商隊と別れた俺達は、東の森へ向かう。

 

 午後は森でパトロールする傍ら、狩りと釣りを行うのだ。

 いや、結局は余暇の狩りと釣りがメインになってしまうかも……

 索敵&付近を探索したが魔物の気配はなかったから。


 と、いうわけで……今、俺は東の森の中で身を隠し、息を潜めていた。

 傍らには、全身に緑色の葉っぱをつけて目立たないように擬態したベイヤール。

 大量の葉っぱだらけの珍妙な恰好を気にしてか、微妙な表情をしていた。

 俺は「御免」と目で謝る。


 何故、便利なスキルを使わないのかと思いますよね?

 習得済みである気配消去&隠身の両スキルを使えば、獲物には絶対に気付かれないのに。

 

 だけど……

 いつも、そんなに楽して良いのかという気持ちがある。

 前にも言ったけれど、レベル99の力とスキルは管理神様の『きまぐれ』でいつ無くなるか分からない。


 「明日からスキルオールなし、レベルも1に戻すからせいぜい頑張ってね~」

 しれっと管理神様から言われて、俺は何も能力無しの凡人へ戻る……

 そんな恐怖が、常に俺の中にはある。

 この先、永遠に死ぬまで俺がレベル99であるなんて保証などされていないのだから。


 であれば、魔法やスキルなしでも何とか暮らせるようにしておきたい。

 それには自分自身の鍛錬をする必要がある。

 だから、スキルは最低限しか使わない。

 嫁ズと共に、日々地道に働く事と一緒だ。

 

 さて、俺が今回、狩りの獲物として狙うのは鹿。

 

 ケルベロスとジャンが勢子になり、獲物を俺の前に追い出す作戦である。

 そして逃げて来る獲物を、俺が弓で仕留める。

 目の前は森の中で丁度開けた草原のようになっており、遮蔽物が殆ど無くて狙いがつけやすいのだ。

 

 ちなみに勢子とは狩子かりこともいい、狩猟の場で獲物を追い出したり、逃亡を防ぐ役割を担う者だ。

 俺の従士達は普段、力を極端にセーブしているのでたまには思い切り駆けて貰う。

 溜ったストレスを、発散させる意味も兼ねている。


 走るだけではなく、本当は思い切り叫んで貰いたいところではあるが、ケルベロスの場合は洒落にならない。

 本気で咆哮すると俺以外の者は全て麻痺して倒れてしまうからだ。

 それに凄まじい声が四方八方へと響き渡る。

 街道までも楽に届くから、万が一誰かに聞かれたりでもしたら目もあてられない。


 うおおおおん!


 なので、ケルベロスはセーブ気味の咆哮をする。

 本来の咆哮にはほど遠い。

 だが、それでも充分に怖ろしい狼の声が響き渡る。

 鹿は怯えて逃げ出したようだ。

 しかし、逃げた方向にはジャンが待ち伏せている。


 ケルベロスを宿命のライバル視しているジャンは、当然対抗心を燃やしていた。


『よっしゃ! 今度は俺がいいとこ見せたるぜ!』


 自分に向かって逃げて来た鹿を、ギロリと睨みつけるジャン。


 しゃあああああ~っ!


 外見がアメリカンボブキャットのジャンが独特な咆哮をする。

 いつもの「ごろにゃあん」なんて可愛いぶち猫の鳴き声なんかより、遥かに野性味溢れた凄い迫力になる。

 吃驚した鹿は慌てて方向を変えると、俺達が待ち伏せる手前の草原に出た。

 隠れている俺とベイヤールへ、真っ直ぐに向かって来る。


『よっしゃ!』


 ジャンが得意げにガッツポーズをするのを見て、俺は嬉しくなり鹿を仕留めるタイミングだと合図をする。

 合図――すなわちベイヤールへひらりと跨ったのだ。


「行くぞ、ベイヤール」


 ぶひひん!


 俺の声に応えたベイヤールはひと声、嘶くと鹿に向かって走り出した。

 疾駆する白い馬体。

 俺は馬上で弓をつがえる。

 まるで日本の流鏑馬やぶさめだ。


 びしゅるるるうっ!


 勢いよく放たれた矢は、見事に鹿を貫いた。

 どう! と倒れた鹿に、俺はベイヤールに跨ったまま駆け寄る。


 急所を射抜かれた鹿は……既に息絶えていた。


「ありがとう……俺達に命をくれたお前に感謝するよ」


 俺は、倒れた鹿に祈りを捧げる。


 食物連鎖のことわりにより、鹿は俺達へ命を捧げた。

 レベッカに教わったが……

 動物を殺す事を生業とする狩人は自然の恵みに感謝して生きている。

 他者の命を奪うと同時に、命の重みを充分に感じているのだ。

 だから娯楽の為の殺生は、一切しない。

 獲れた獲物も極力全ての部位を利用する。

 俺も同じ考えだから、出来る限り使える部位は回収するようにしていた。


 だが、解体にあまり愚図愚図していると倒した鹿の血の臭いを嗅ぎつけて、ゴブなどの魔物や肉食獣が来るかもしれない。

 俺達が戦えば圧倒する事は確実なのだが、敢えてここで待つ必要もない。

 

 手早く血抜きをして、俺は鹿の肉を処理したのであった。

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