第7話「四つ葉のクローバー①」 

 俺は自宅の居間の片隅で、椅子に座って「ぼうっ」としていた。

 

 一日の仕事が終了して、頭の中から仕事の悩み事は一切排除。

 虚脱状態だと言っても良い。


 厨房から、嫁ズの明るい声が聞こえて来る。

 仕切っているのは、料理が一番得意なミシェル達今夜の料理当番だ。

 

 良い香りが漂って来る。 


 今夜のメニューは……何だろう?

 いつもの料理とは少し違うようだ。

 ああ、そうか。

 少し前にクーガーとレベッカが、でかい猪を仕留めて帰って来たっけ。

 その肉で特製スープを作っているのだろう。

 今夜は、俺の前世地球風で言えば『ぼたん鍋』だ。


 猪は豚の先祖であるが、味はだいぶ違う。

 野趣あふれる味だ。


 ごろごろ野菜たっぷりなスープは、すっごく美味そう。

 おお、肉を焼く匂いが!

 どうやら塩コショウで焼いた猪肉も出るみたい。

 思わず涎が出て来そう。


 そしてパン……

 昔から、パンを焼く香りは大好きだ。

 焼き立てのライ麦パンは俺の好物。

 最近は普通のパンも食卓に良く出る。

 ありがたい事に領主のオベール様が少し前に税制を変えてくれた。

 そのお陰で以前より小麦が村に残るから。


 パンは嬉しい事に蜂蜜つけ放題。

 蜂蜜は、テーブルの上に大きな壺で置かれる。


 そう!

 大空屋名物の特製蜂蜜は健在。

 オベール様の嫁となったミシェル母イザベルさんの影響で、最近はエモシオンの町でも流行っているそうだ。


 俺や嫁ズは勿論、子供達は蜂蜜が大好物。

 最近はデザートも凝っていて、蜂蜜を使った特製菓子も登場。


 食後には、デザートは勿論、これまた香りの良い紅茶が必須。

 最も安価な茶葉だが、前世で飲んだものより全然美味しいのだ。


 食生活は生活レベルに直結するというが、俺がボヌール村へ来た頃に比べれば格段に向上している。

 

 食品だけではない。

 生活必需品及び嗜好品。

 村で自給するだけっではなく、新たな物が外部からも一杯入って来ていた。

 エモシオンどころか、遠く王都からも。

 ボヌール村は確実に豊かになっているのだ。

  

 うん!

 喜ばしい。

 愛はお金では買えないけれど、豊かな生活は人間を潤す。


 だけど……

 あまり都会っぽく、俗っぽくなって欲しくないとも思う。

 俺って我儘。

 思わず、苦笑する。

 素朴なボヌール村のままであって欲しいとも思うのだ。


 「ぼうっ」としたまま……

 こんな事を、つらつらと意味もなく考えていた。


 普段あれこれと忙しい俺は、たまにこうやって息抜きをする。

 傍から見れば無駄に見えるかもしれないが、俺にとっては貴重な時間だ。

 嫁達が、気を利かせて放置してくれるのはありがたい。

 

 居間では、今夜の子守り当番の嫁ズが子供の世話をしていた。

 大好きなパパの俺へ、構いたがる子供もうまく離してくれている。


 誰の子供とか関係なく、俺の子供達は皆8人の嫁ズになついている。

 実の母親以外の嫁に対しても全員をママと呼び、甘ったれているのが可愛い。

 当然嫁ズも実の子には多少の贔屓目は持ちつつ、全員を可愛がっている。


 子守り当番のひとりであるクーガーが、自分の息子レオをクッカに任せて俺に近付いて来た。

 笑顔で、何かを差し出す。

 一体、何だろう?


「旦那様、はいっ!」


「お、何だ?」


「四つ葉のクローバーよ。今日、農地で見つけたの」


 クーガーの手には、緑色の小さな葉が載せられていた。

 あの、白い花も一緒だ。


「へぇ! 懐かしいなぁ、見つかると幸せになるとか言っていたよな」


 俺がそう言うと、クーガーは声を落として言う。

 クッカに、余計な事を聞かれないよう気配りの為だ。


「昔、良く一緒に探したよね。今日農作業をしていたら、ふと思い出してさ。旦那様に幸せになって欲しいから一生懸命探したわ」


「おお、ありがとうな」


 俺は、とても嬉しくなった。

 さりげない優しさに弱いのは、男も女も一緒だろう。

 思わずクーガーが愛しくなって、「きゅっ」と抱き締める。


 俺とクーガーがそんなイチャなやりとりをしていたら、クッカ達他の嫁ズが近寄って来た。

 「何やってるの? ずるいわ、混ぜて!」そんな雰囲気だ。


 俺はクーガーを抱き締めながら持ったクローバーをひらひらさせた。


「ああ、それってクローバーですよね。村のあちこちに生えていますよぉ」


 確かにクッカの言う通りクローバーはありふれている。

 同意して頷いたのはレベッカだ。


「いわゆる雑草ね。白い花は可愛いけど」


「でも……それ四つ葉でしょう。珍しいですね」


 植物好きなクラリスが俺の手にあるクローバーを素早くチェックした。

 クラリスの指摘を聞いたクーガーが胸を張る。


「そうよ! ラッキーアイテムなの。旦那様に幸せになって欲しくて持って来たの」


「へぇ! ラッキーアイテムかぁ! 成る程ね」


 レベッカが納得したように頷いて、クーガーは益々得意満面だ。


「私の旦那様への素直な気持ち!」


 しかしクーガーのセリフを聞いて思わず「ぷっ」と噴き出し、突っ込みを入れたのはクッカである。


「ええ~っ……強面こわもてのドラゴンママが、可愛らしく乙女チックに四つ葉のクローバーを摘むの? ま~ったく似合わないですねぇ」


「こらぁ、クッカ! 強面って! 同じ顔している癖によくも言ったわねぇ」


「うわあっ、旦那様ぁ! クーガーが苛めるっ」


 クッカが大袈裟に怖がって俺に抱きついた。

 ジャスト・ア・ジョーク!

 見え見えの冗談だ。


 しかしクーガーも負けてはいない。


「うわぁ、旦那様。苛めたのはクッカが先だよぉ」


 おおっと!

 クーガーの奴、クッカの数倍に匹敵する勢いで抱きついて来る。


 こうなるとレベッカとクラリスも遠慮しない。


「ああっ、ずる~いっ」

「私も甘えたいですっ」


 やがてミシェル達も厨房から夕飯を運んで来たが、クーガー達が俺に抱きついているのを見て、テーブルに料理を置くと乱入して来た。

 子供達も浮かれて、ユウキ家はもう大騒ぎさ!


 嫁ズ8人全員に抱きつかれて、俺は改めてリア充を実感したのであった。

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