第18話「ソフィの決意②」

 最初の夫から受けた理不尽な暴力、次に結婚したマザコン夫の甲斐性の無さ。

 グレースことヴァネッサが『歪んで』しまったのは、極度の男性不信になった事にも一因がある。

 

 また自分に自信が持てないのも、決して記憶喪失から来る不安だけではない。

 根がとても真面目な事が、一層拍車をかけてしまったのだ。

 ヴァネッサは厳格な父親の命令に従い、政略結婚をした。

 その結婚生活が上手く行かなかった原因を、自分の至らなさだと己自身を責めてしまった。

 その後悔も、記憶を失ってから暗い影を落としている。


 俺はあの夜、悪魔に扮したクーガーへの告白によりヴァネッサの辛い過去を知った。

 そして考えた末に決心した。

 彼女の兄弟のように厳しく罰せず、ボヌール村へ引き取ろうと。

 義父である、オベール様の気持ちをおもんばかってという事もあった。

 

 前妻のヴァネッサが、逆恨みして何かやっているのでは?

 そんな疑念を持ったオベール様ではあったが、彼女に対する哀れみの気持ちも俺には感じられたからだ。


 だが……

 ステファニーとの折り合いもある。

 悪いが、大事な家族をないがしろにしてまでヴァネッサを救おうとは思わなかった。

 ヴァネッサは、箱入りの貴族令嬢で何も知らない。

 だからボヌール村で暫く暮らして、ひとりで生きていけるようになったら、仲介人から巻き上げた金を渡す。

 ゆくゆくは、故郷の王都で生活して貰うつもりであった。

 当然、元伯爵家令嬢ヴァネッサ・ドラポールとしてではなく、市井の人グレースとしてだ。


 しかし!

 今やヴァネッサは俺達の大事な家族、グレースとなった。

 ステファニーを始めとして、嫁ズは全員グレースを気に入っている。

 子供達も皆、懐いていてグレース自身も幸せそうだし、これからも村で暮らす意思を示してくれた。


 だから、俺は決めたのである。

 ボヌール村で、グレースが幸せに暮らせるよう尽力する事に。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 グレースに対して村に残る意思確認をして数ヶ月が経った、ある日の事……

 ソフィことステファニーが俺に話があると言い、他の家族が寝静まった深夜にふたりっきりで話す事にした。


 ソフィは、単刀直入に切り出して来る。


「旦那様、話というのはグレースねえの事です」


「グレースの件?」


「はい、そうです。今でもしみじみ思います……グレース姉の境遇って何から何まで私と同じなんだなぁって」


「まあ、確かにな」


「まるで鏡を見ているようですもの。私は人生がメチャクチャになる寸前で旦那様に助けて頂きました。今、とても幸せです、凄く感謝していますよ」 


 ソフィは、しみじみと語る。

 俺の目を、真っすぐに見て。


「だから旦那様には、グレース姉も幸せにして欲しいのです」


「ああ、分かっているよ」


 最近村には、少しずつだが移住希望の新しい人もやって来るようになった。

 俺は村長代理として、ジョエルさん、ガストンさん達と一緒に入村面接で適性を見る。

 その中には若い男性も居たから、何となくグレースにぴったりの人が居ないか、チェックするのが癖になっていた。


「全然分かっていませんよ、旦那様は!」


 いきなり、ソフィが怒る。


 え?

 何で、怒るの?


 俺が戸惑っていると、ソフィは口を尖らせる。


「旦那様って、本当に女子の気持ちにうといんだから」


「…………」


 俺は黙り込んでしまった。

 いくら鈍感な俺でも、……ソフィの言っている意味は分かる。


「でもなぁ……」


「何を躊躇ためらっているのですか! じゃあ聞きますけど、旦那様はグレース姉が嫌いですか?」


「いや、嫌いではないさ。むしろ魅力的で素敵な女性だと思っているよ」


「だったら私と同じように幸せにしてあげて下さい! 彼女の過去など問題ではありません!」


 ソフィの表情は真剣だ。

 怖ろしいほどに真剣だ。

 血が繋がってはいないとはいえ、かつて母と呼んだ女性を自分の夫の妻として迎え入れる。

 普通に考えたら、凄く抵抗感がある筈なのに。


 だが、ソフィは決意した。

 自分と同じ境遇の不幸な女性として、慈しむ自分の家族として、グレースを救って欲しいと訴えたのだ。

 

 確かに俺も、グレースを女として見ていないわけではない。

 素の彼女は美人で優しくて気配りが出来て、元気な働き者。

 充分魅力的である。


 ただ、この流れでグレースを嫁にしたら最初から下心ありと思われるし、彼女は義父オベール様の妻だった人だ。

 倫理的に、ブレーキは当然かかる。

 

 しかし、ここまで言われたら愚図愚図するのは男らしくない。


「よし! じゃあ話をするよ。でもグレースが俺の嫁にはなりたくないと言ったら諦めてくれよ」


「駄目です! 嫌われないレベルで説得して下さい」


「わ、分かった……」


 ここでソフィは、にこっと笑う。


「うふふ、大丈夫。きっと上手く行きます……私は既にグレース姉の気持ちを聞いていますから」


「え!?」


 俺は吃驚してしまった。

 いろいろな意味で、だ。


 ひとつはグレースの俺に対する気持ちに……

 もうひとつは……ソフィとグレースとの深い心の交流に。


「うふふ、お互いに本当の素性は明かせませんが、私達って姉妹みたいに何でも話し合えるんです! 喜び、期待、悲しみ、悩み、何でもですよ! それにもう妻達全員のOKも貰っていますから、大丈夫なんです、旦那様」


 ソフィは満面の笑みを浮かべている。

 俺は、もう感動してしまった。 


「お前って……凄い子だよ、ソフィ」


 しかし、ソフィは首を振る。


「ううん……本当に凄いのは旦那様。クーガー姉と一緒にオベール家とボヌール村の危機を救い、私とグレース姉を実の姉妹にしたのですよ。今度も皆をとっても幸せにしてくれたもの……大好き!」


ソフィはそう言うと、俺の胸に飛び込んで来たのであった。

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