第17話「ソフィの決意①」

 こうして、グレースことヴァネッサの新生活が始まった。

 

 リゼット父の村長ジョエルさんへは、またも街道で知り合ったと伝えてある。

 記憶のない気の毒な女性を助けたと言う触れ込みで、グレースはボヌール村に住む事になったのだ。

 

 他の村民へ世話を頼むわけにもいかないので 当然ながら俺の家に住む。

 仕事は家での地味な雑用から始まり、村の雰囲気や生活に少しずつ慣れさせる。

 頃合いを見て、大空屋の店番で徐々に村民へ顔を覚えて貰う。


 初めて行う仕事に不慣れながら、俺達のフォローに支えられて、グレースは一生懸命働く。

 最初は沈んでいた表情もぐんぐん明るくなり、性格も朗らかになった。

 オベール様が美貌に惚れたくらいだから、元々超美人。

 貴族生まれの華やかさと、25歳の大人の女という魅力に満ちて来る。


 暫くして、体力もついて来た。

 主な家事をすぐに覚え、遂には農作業にも挑戦した。

 お約束通り、大量に出現した毛虫やミミズに悲鳴をあげてクッカと『盛り上がった』のはご愛嬌だ。


 こうなると村の人達から「ま~た嫁を増やしたのか?」と、いじられたが俺は笑って否定する。

 以前俺が『予言』していた通りに、グレースが来てソフィとクラリスがすぐ妊娠し、約1年後に出産した。

 前年にリゼットとの娘フラヴィが生まれているので、これで俺の嫁全員に子供が生まれた事になる。


 26歳になったグレースは、3歳になった俺の子供達と遊んだり、フラヴィのおむつの交換などで子育てに自信をつけたらしい。

 ソフィとクラリスの子供の世話も、喜んですると宣言した。

 出産後、まだ体調が充分ではないソフィとクラリスの世話もかいがいしく行う。

 そこには、もう世間知らずで高慢な貴族令嬢の姿はない。

 

 ソフィの娘はララ、クラリスの息子はポールと名付けられ、俺達とグレースに可愛がられてすくすくと育って行った。


 ララ達が生まれて、数ヵ月後……


 俺は、ソフィことステファニーへ聞いてみることにした。

 答えはもう、分かりきっていたのだが。


「話って何でしょう? 旦那様」


「ソフィ……実はグレースの事なんだが」


「え? グレース姉がどうかしたの?」


 おお、グレースねえか……

 俺は、思わず笑顔になった。

 ソフィがグレースを呼ぶ口調に、慈愛が籠っていたからだ。


「覚えているか? お前とした最初の約束通り、グレースが自分で生活出来るようになったら、故郷の王都へ戻そうかとも思っているんだが」


「えええ~っ!!!」


「あれ、どうしたの?」


「駄目! 絶対に駄目です! グレース姉は私達の……いえ、私の大事な家族です。離れたくありません!」


 ……あれだけ、ヴァネッサを嫌っていたのに。

 今や私の大事な……家族か。

 ソフィは自分でもそのような事を言うなんて信じられないだろう。

 いや、本人自身が気が付いてさえいないかも。


「でもなぁ……グレース本人の意思もあるし……」


 俺がとぼけると、ソフィはムキになって反対する。


「そんなの! わ、私が説得します! 村に残ってくれるように!」


「そうか! お前の気持ちは分かった、安心しろ、俺も同じさ。でも良かったな、ソフィ。グレースを受け入れる事が出来てさ」


「はい! グレース姉はもう大事な大事な家族です。あの、変な聞き方しないでくださいね、旦那様。約束ですよ!」


「了解だ」


「記憶を中途半端に呼び覚ましたりしたら、グレース姉の心が酷いダメージを受けます。折角元気になったのに。クッカ姉達も同意見ですから」

 

 熱く語って、グレースを思い遣るソフィ。


 ああ、予想以上の答えだ。

 ソフィ、いやステファニー……お前、思いやりのある優しい大人の女になったんだな。

 俺の方が、まだまだ子供かもしれないよ。


「分かった、さりげなく聞いてみるよ」


 俺は言い方をいろいろ考えて、グレースことヴァネッサと話す事にしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 数日後……


 俺とグレースは、自宅のとある部屋で向き合って座っていた。

 ふたりきりなので、何か特別な話だと思ったのであろう。

 グレースの表情と身体が、緊張で少し強張っている。


「ケン様、お話って何ですか?」


「ああ、グレースがボヌール村へ来た時の事を覚えているかい? 記憶を失くしていて街道で会ったじゃないか?」


 俺が切り出すと、グレースの声の調子が更に低くなった。

 よからぬ話になると心配しているらしい。


「……ええ」


「どうした?」


「はい……私みたいな役立たずは、もう要らないと仰るかと」


 ああ、この人は記憶が無い不安と共に、自信を失っているんだ。


「そんな事はないよ。もしグレースが居たければ、ずっとボヌール村へ居て良いんだ」


「ほ、本当……ですか?」


「役立たずどころか、もうグレースは一人前さ。家事も子供の世話も店番も畑仕事も何でも出来る」


「あ、ありがとうございます」


「残念ながら、グレースがどこの出身で家族は誰なのか手掛かりは掴めない。だけど、もしどこか他の街で商売でも始めたいと言うのなら、フォローくらいしようとは思っていたんだ」


「いいえ! ケン様のお気持ちはありがたいのですが、私、ボヌール村で暮らしたいのです」


「グレース……」


「ケン様……私、ボヌール村が大好きなんです。ケン様や奥様達や子供達が大好きなんです。村の皆さんも大好きですし、大空屋の店番や農作業も大好きなんです……クッカ様同様、毛虫やミミズは駄目ですけど……村に居たいんです。だから、このまま置いて貰えますか?」


 ああ、この台詞セリフって……かつてステファニーが俺やオベール様に言ったのと同じだ。

 何という偶然!

 いや……これも必然か……

 もう、運命かもしれないな。


「ははは、分かった! 実はグレースに村を出て行かれたらどうしようかと思っていたんだ。今、グレースに抜けられたら大ダメージだよ。我がユウキ家はとても困ってしまうから」


「え、本当に?」


「本当に本当さ。じゃあ、もうグレースは完全にこの村の住民になる事が決定だな。これからも宜しく頼むぞ」


「了解です、村長代理!」


 グレースは、たまに他の嫁ズがやるように凛々しく敬礼をした。

 そして、大輪の薔薇が咲いたように清々しく笑ったのであった。

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