第16話「秘密の仲直り」
妬みから謀られた陰謀、そして脅威は取り除かれた。
悪事を企んだ者は人を呪わば穴ふたつ、因果応報の諺通りとなった。
腐りきったドラポール3兄弟と彼等に雇われた冷酷な傭兵共は、相応の報いを受けたのである。
ドラポール3兄弟は、逆に自分達が北の砦へ志願兵として送られた。
俺の変身魔法により、別の人間へ変えられて。
長兄のテオドールと次兄イジドールは住民虐殺の指示とオベール様追い落としの画策をした報い。
末弟のウジューヌは、権力を盾に50人以上の女達をおもちゃにした報いだ。
雇われた傭兵共は、俺とクーガーの手で抹殺された。
今迄に罪もない人間を、100人以上情け容赦なく虐殺して来た報い。
そしてまたボヌール村近辺で、同じ事をしようとした悪事の哀れな結末である。
奴等に比べて、オベール家の元従士達にはまだ救いがあった。
追いつめられて単にエモシオンの町で、つまらない嫌がらせをしたのに過ぎなかったから。
俺とクーガーが捕縛した元従士達の話を詳しくしたところ、オベール様とイザベルさんは予想通りというか、快く許してくれた。
確かに罪は罪。
反省して、これからは大いに働いて貰わないと困る。
しかし、不可抗力的な事も考慮してやらなければ。
そもそも彼等はオベール様の命令で離婚したヴァネッサを王都まで護衛して行った。
王都到着後、ヴァネッサの有無を言わさない命令でオベール家の従士を辞す事を強制された。
その後、あっさり解雇され王都で路頭に迷っていたのをあの仲介人に付け込まれたのだ。
その経緯を俺達から聞いたオベール様夫妻が、情状酌量の余地ありと判断。
結局、厳重注意という処置に留まったのである。
彼等が抜けて城館はずっと人手不足だったし、エモシオンに残されていた一族郎党の懇願もあって無事帰参が叶ったのだ。
軟禁していた異界から連れ戻した従士達は、オベール様夫妻に対して平身低頭だった。
当然ながら、俺達がチート過ぎる能力を発揮し、記憶は上手く消した。
代わりに都合の良い偽りの記憶を植え付けてある。
万全を期して、万が一の際の『安全装置』も施していた。
「オベール様! イザベル奥様、本当に申し訳ありませんでした」
「今後は粉骨砕身で働きます」
「一生恩に着ます」
平謝りの元従士達に対して、オベール様夫妻はたったひと言。
「ああ、心を入れ替えて頑張ってくれよ」
「そうよ、これからも我がオベール家を盛り立ててね」
そう言って、にっこり笑っただけだった。
これぞ、理想の上司!
そして理想の夫婦。
良いなぁ!
最初は狡猾かと思って良い印象がなかったオベール様であったが、彼はステファニーとの辛い別離で変わり、俺とは理解し合えた。
普通は40歳過ぎれば、性格など簡単には変わらない。
皆さんの周囲を見ても、大体そうでしょ?
だけど、オベール様は変わったのだ。
人間としても、成長しているのが今回の件で良~く分かった。
オベール様がここまで成長出来たのは、今の家族の存在も大きい。
ベタな言い方だが、家族から貰える愛の力だ。
イザベルさんは大らかな性格と大胆なアドバイスをして、ストレスの多い領主の仕事をフォローしている。
姉御肌な奥方として、従士達や町の人々の人望も厚い。
今や妻の力なくしてはオベール家が立ち行かないとさえ、巷で言われているそうだ。
そして夫妻の生きる励みとなっているのが、愛息のフィリップ。
この3人のチームプレイで、オベール家は今後しっかりと運営されて行くだろう。
加えて、オベール様愛娘のステファニーを含む俺達ユウキ家も、貢献しているのは言うまでもない。
そのステファニーも、今回の事件では大きく成長した。
ボヌール村へ帰れば、平凡な村娘ソフィとなるステファニー。
彼女としては凄い、一大決心をしたのである。
記憶を喪失させた、かつての宿敵ヴァネッサを受け入れてくれたのだ。
そもそも人間というのは多種多様な価値観を持っており、完全に理解しあうのは難しいと思う。
ちょっとした行き違いで、すぐ険悪にもなる。
しかし、お互いに分かり合えさえすればこれほど素晴らしい事はない。
何故、俺がこんな事を言うのか……
それは、素晴らしい事実を目の当たりにしたから。
ヴァネッサがボヌール村へ来た時の事を、俺は今もはっきりと覚えている。
王都から連れて来られたばかりのヴァネッサ。
俺達の前で、呆けたようになって座っていたっけ。
記憶を失くした、24歳の薄幸な女……
父親の都合で、まるで道具のように使いまわされた。
俺達が用意し着替えた平民風の服に、化粧を落とした素顔。
飾り気のなさが、却って美しい。
上級貴族出身だけあって、さすがに品がある。
だが俺の魔法で髪の色と髪型、加えて瞳の色を変えたので見た目は貴族令嬢ヴァネッサとは分からない。
奇妙な既視感を覚えた。
年齢と記憶がないのは違うけれど、まるでステファニーがこの村へ初めて来た時のような姿だから。
かつては鬼、仇と憎んだ相手をステファニーは万感の思いを込めたように見つめていた。
俺には、分かる……
ステファニーは昨夜、初めてヴァネッサのこれまでの人生と本音を聞いた。
そして、相手の本質を漸く理解したのだ。
同じ貴族令嬢であるヴァネッサの悲惨な運命を聞いて、全く違うタイプの大嫌いな人間だという見方が180度変わったのである。
「私はソフィ……これから貴女の面倒をみるわ、宜しくね」
微笑んで話し掛けるソフィことステファニーに、ヴァネッサは混乱する。
労ってくれる相手が、一体誰なのか?
どうして見ず知らずの少女が、自分へ優しくしてくれるのか分からないからだ。
「あ、貴女はソフィというの? ……でも、わ、私は誰? ……あ、ああ思い出せない!」
「大丈夫、安心して、焦らなくても良いのよ。……とりあえず貴女の気に入る名前をつけましょう」
「え、ええ……」
ヴァネッサは、自分の記憶がない事に戸惑う。
いや……運命に翻弄された悲運の貴族令嬢ヴァネッサ・ドラポールはもう居ない。
今、ここにボヌール村の新しい住人が誕生するのだ。
俺達が考えた名前のリスト。
見たヴァネッサが、首を捻っている。
どれを選ぶか迷っている。
暫く悩んだ末に、彼女が選んだのは……
……グレースという名前であった。
「グレース……私はグレース」
自分で選んでおきながら、ヴァネッサは首を傾げた。
脈絡も何もない名前だから、全然ピンと来ないようだ。
「そう、貴女は今日から生まれ変わったの。だからグレースよ。宜しくね、グレース」
ステファニー……いや、ソフィがにっこり笑うと、ヴァネッサ……いや、グレースも釣られて笑う。
ふたりとも、何か肩の荷が降りたようなホッとした笑顔だった。
エモシオンの城館で一緒に暮らしていた時には、絶対になかった光景であろう。
ボヌール村の『ソフィ』と『グレース』として、ふたりの真の絆は今ここに初めて結ばれたのである。
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