第5話 「元・魔王の思い」

 俺は、とんでもない陰謀を知ってしまった。

 

 逆恨みの仕返しに、オベール様に領主不適格の烙印を押し、この領地を取り上げて北方へ追放する。

 どうせ、でっちあげの理由を何十倍にも膨らませて、王家へ告げ口でもするのだろう。

 

 縁もゆかりもなかった昔の俺ならともかく、今の俺にとって、オベール様は義理の父親、大切な家族だ。

 絶対に、放ってはおけない。


 だが、今回の旅の目的は他にもある。

 放置出来ないからと言って、全員がドラポール家からの嫌がらせ対策に当たるわけにはいかない。

 エモシオンの町へ来たのは、家族の為の観光はともかく、そもそも大空屋の仕入れの為でもあるから。

 それに、オベール様の件は、表沙汰に出来ないと言う事情もある。

 だから、俺は嫁ズと徹底的に話し合う。

 

 結果、俺とクーガーがドラポール家対策、それ以外の者は大空屋の仕入れ他に当たる事となった。

 ソフィこと、ステファニーが直接、ドラポール一味とやり合うと強硬に主張したが、俺は熟考した上で万が一の事を考えて却下した。

 今回は相手が相手、荒事もあり得る。

 

 この問題に関しては、興奮し易いステファニーが暴走する可能性があるし、適性も考えて係わる事を避けて貰ったのだ。

 執拗に食い下がったステファニーだが、当事者のひとりであるミシェルにも説得されて、最後は俺に任せると言ってくれた。


 万が一の心配とは、敵に襲われて、何か危害を加えられそうになった場合だ。

 俺とクーガーが抜けたら、仕入れ担当の中で武闘派はミシェルだけである。

 ミシェルは、父譲りの拳法の使い手だ。

 絡まれても、とりあえずある程度の抵抗は出来る。

 だが、ステファニーとクラリスは武道の心得などない。 


 それに武器の有無も含めて、相手がどんな奴か分からないのに下手な反撃は危険だ。

 俺とクーガーはミシェル達へ、危険を感じたらすぐオベール家の従士か、町の衛兵に助けを求めるように念を押した。

 もしくは、俺の名を心で叫んでくれればすぐ伝わる。

 便利なもので、念話を使って一回でもやりとりすれば魂同士がすぐ繋がってしまうから。

 

 妖精猫ケット・シーのジャンにも連絡して、王都の調査準備を依頼しておく。

 今夜にでも、転移魔法で一旦村へ戻ってジャンと一緒に王都に潜入しよう。

 以上で手筈は整ったので、俺と嫁ズは早速行動を開始した。


 ミシェル達は、先に城館を出て仕入れの為に市場へ赴く。

 

 俺とクーガーは、まずオベール様の元従士達に接触して、情報収集を行う事になった。 

 だがオベール様の親族である俺達は、相手に面が割れている可能性もあるから、得意の魔法によりクーガーと共に変身する。

 俺は30歳くらいの冒険者、クーガーも同年齢の女冒険者となった。

 引寄せの魔法で年季の入った革鎧も手配して装着すれば、流れの中堅冒険者という出で立ちとなる。


 ここで、ツッコミがありそうだ。

 俺が引寄せの魔法を使えば、何でも手に入る。

 わざわざ、仕入れの旅に出なくても良いのではと。

 

 今更だが、告白しよう。

 普段、俺はチートな魔法やスキルを多用しない。

 宝の持ち腐れだという指摘もありそうだが、安易にチート能力を使い過ぎるのは良くない。

 働いて対価を得るというありがたみが、薄れてしまうからだ。

 そ~いう事で結論!

 家族全員で地道に汗して働き、幸せに暮らすのが一番。

 イレギュラーで貰ったレベル99の加護なんて、管理神様の「チートあげるの、や~めた」的なきまぐれでいつ無くなるか、分からないもの。


 閑話休題。


 俺とクーガーは転移魔法で、門外の目立たない場所に移動した。

 わざとらしいが、初見の人間が、手続きもせずに町の中に居てはまずい。

 俺が澄ました顔をして歩いていると、何か思い出したらしく、クーガーは悪戯っぽく笑っている。


「どうした?」


 気になって尋ねた俺に、クーガーは明るい笑顔を見せる。

 良い笑顔だ。

 クラリスとは、違う意味で癒される。

 魔王の時は、あんなに怖くて思いつめた顔をしていたクーガー。

 

 今は、たまに息子のレオを叱っていても、厳しさの中にも深い愛が満ちている。

 昔のあの恐ろしい表情は、俺と離れた寂しさから来たものだ。

 もう二度と、あのような表情をする事はない。


「うふふ、何故なんだろう? ……急に昔、ケンと遊んだケイドロを思い出したのよ」


「はぁ? ケイドロ?」


「うん、ケイドロだよ! 遊ぶ時さ、単なる鬼ごっこやかくれんぼじゃつまらなかったじゃない」


 知らない人も、多いだろう。

 ケイドロはドロケイともいう、鬼ごっこの変型なのだ。

 

 ケイは警官、ドロは泥棒。

 それでケイドロ。

 逆にして、ドロケイとも言う。

 子供心に泥棒として逃げると何か、背徳感があったのを覚えている。

 本来はふたりっきりじゃなくて、もっと大人数で行うものだと思う。


 思い出した。

 甘く切ない思い出を……

 俺とクミカのふたりで、ふるさとのあちこちを駆け回ったっけ。


 何故か、俺が泥棒役だったのが多い気がする。

 色々な所に隠れても、最後はクミカに見つかってしまう。


 可愛いクミカの嗅覚は、優秀な猟犬並だった……

 よくよく考えたら……この異世界でも俺とクミカでケイドロしたみたいなものだ。


 最後には、クッカとクーガーにしっかりと掴まってしまったから。

 でもさ、掴まって良かった。

 

 結果、俺は凄く幸せになったからね。

 

「……あの時ケイドロで遊んだの、俺とクミカのふたりっきりだけだったよな」


「そりゃそうよ! 他の子を入れるなんて嫌だったもの。私はね、ケンとだけ遊びたかったから」


「そうか!」


「うんっ!」


 クーガーが「にこっ」と笑い、「きゅっ」と手を握って来る。

 5歳時の俺とクミカの記憶を手繰って話す時は、俺とクーガーのふたりきりの時に限っている。


 人間だったクミカの記憶を受け継いだのは魔王クーガーであり、女神のクッカには「俺を好き」という感情しか残らなかった。

 

 クーガーが俺との思い出に浸れるのが、クッカにはとても羨ましいに違いない。

 だからクッカの前では、『クミカの記憶』の話は絶対にご法度なのだ。


 しかしクーガーは、「ぽつり」と呟く。

 拗ねたような横顔が、少し寂しそうである。


「だけど……思い出がなくて可哀そうだなと思う反面、私はクッカが羨ましい」


「え? どうして?」


「あの子は、天界の輝く女神様として華々しく転生し、短い間だけどケンと一緒に濃密な時を過ごしたでしょう? アツアツな恋人同士としてね……一生忘れられない凄く良い思い出だと思うわ……私は、暗くて冷たい地の底で、呪われた魔王として生まれたから」


 クッカは、神に祝福された華々しい女神。

 クーガーは、呪われ怨念に満ちた魔王。

 

 クーガーの言う通り、クッカは、この異世界で俺と過ごした楽しい思い出を持っている。

 恋人同士が紡ぐ素晴らしい思い出を……


 片や、クーガーには……何もない。

 思い出と共にクミカの無念を背負って生きているクーガーは、クッカが羨ましいのだろう。


「そうか……御免よ」


 俺は、思わずクーガーを抱き締めた。


「うふ、こちらこそ御免ね、愚痴って。でも今は最高に幸せ! 大好きな想い人の貴方に助けて貰って、結婚して、可愛い子供まで居るんだもの……」


「おお、そうか!」


「うんっ! ケンと一緒に故郷で暮らす夢は叶わなかったけど、魔王から人間になれて、優しい大勢の家族にも恵まれて、その上こうして頼られるなんて本当に素晴らしい人生だわ」


 いいや、俺の方こそ……

 お前は本当に、最高。

 素晴らしい恋人で嫁だよ、ありがとう!


 俺は心で「そっ」と呟いて、クーガーをもう一度抱き締めたのである。

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