第124話 「隠された真実」

 幼馴染みのクミカは……死んでいた。

 もう、あの結婚の約束は……

 幼き日の大事な約束は、けして果たされる事はない。


 虚しい現実を知り、俺の目からは、涙がとめどもなく流れていた……

 

 悲しい……

 悲し過ぎる……

 クミカ……

 俺に会いたかったろうに……

 ずっとずっと待っていてくれたのに……

 お前の事を、すっかり忘れていた俺は……馬鹿だ!

 大馬鹿だ!!


 またもや、周囲の景色が切り替わる。

 暗転して、漆黒の闇に変わった。


『こうして……お前の初恋の相手、クミカは呆気なく死んだ。この世に未練を残してな……』


 何も見えない静かな漆黒の空間に、声が響く。

 醒めたような若い女性の声……

 これは……

 魔王クーガーの声。


『…………』


 俺は……声が出なかった。

 クミカの無念さを思うと……

 辛すぎるのだ。


 暗闇の中……クーガーの声が再び響く。 


『だが……ひたすら誠実に、そして真摯に生きて来たクミカの魂には……』 

 

 「くどくど」した説明が嫌だとか言いながら、魔王クーガーは喋り続ける。

 俺に、『真実』を知って欲しいのだろう。


『創世神から天界の女神へ転生出来るようにとの、はからいがあった』


『え? 女神? ……クミカが女神に……』


 俺は、とても吃驚した。

 人間が女神に転生?

 それって凄い事だろう。


 だが、魔王クーガーの発する声の調子が急に変わった。

 暗く、低く、うめくように……


『……しかしクミカは死ぬ瞬間に神を呪った』


『…………』


『何故? さしたる理由もなく私を殺すのだと……ケンと永遠に引き離される自分の悲惨な運命を呪ったのだ』


『…………』


『女の情念がどのように影響したのか、何故なのか……天界に昇る途中でクミカの魂は……何と分離してしまった』


『え?』


『ただただケンを愛する純な心。そしてただただケンを愛し神を呪う心のふたつに分離したのだ……』


『あ!』


 もしや!

 その結果が……


『あはは、ようやく気が付いたか……天界に昇った魂は転生し、女神クッカとなった。そして神を呪い地の底深くに堕ちた魂は……この、私……魔王クーガーになったのだ』


 そう……か。

 そういう事だったのか。


 女神クッカは、クミカ。

 魔王クーガーも、クミカ。


 女神と魔王は元々ひとりの人間――クミカだったのだ。


『お前が何故、誰も居ない故郷へ帰ろうと思ったか、帰りたくなったのか……それは運命の神がクミカに応え引き合わせようとしたのに他ならない』


『…………』


 確かに俺は、母の死後、無性に故郷へ帰りたくなった。

 思い当たる理由もなく無性に……

 だけど、本当の理由はあったんだ。 


『しかし手違いが起こった。運命の神は、死ななくても良いクミカをあっさり殺したのだ。そしてクミカの魂は分離し、女神と魔王になるという非常事態が起こった』


『…………』


『そもそも神とは、世界のバランスを保とうとする存在だ。そして自分のミスは絶対に認めない』


『神は自分のミスを認めない……』


『そうさ! だから運命の神はケン、お前をも殺したのだ。クミカの死と帳尻を合わせる為に……偶然の交通事故を装って……』


 俺が死んだのは……クミカの死と帳尻を合わせる為!?

 

 一体、何なんだ!

 クミカを手違いで殺しただけでなく、俺までもか?

 

 ひで~よ、運命の神様。

 人間をもてあそんで……

 だから……

 引継ぎした管理神様は、あんなにバツが悪そうな雰囲気だったんだ……


『死んだお前も私同様にイレギュラーな存在となった。何せ死ななくても良い人間が死んだんだ。天界は更にバランスを保とうと、お前を無理矢理転生させ、この異世界へと送り込んだ』


 バラバラになっていた『ピース』が、揃って来る。

 ひとつ、ひとつ、ぴたりと盤面へ、はまって行く。

 話が……見えて来た。


『運命の神が起こした『不祥事』を引き継いだ、この異世界の管理神は困り果てた。他の神々と相談し、その結果……レベル99の最強勇者ケン、お前が生まれた。さりげなくクミカの転生者、女神クッカをパートナーとして引き合せる形でな……』


 ああ、クミカの真摯な願いを……

 神様達が、そのような形で叶えてやったのか。


『どうせ、管理神は複数の選択肢を示しただろうが……あれは偽装だ』


『偽装……』


『お前の性格、考え方を基にして、絶対にクッカをパートナーとして選ぶよう、お前の意識操作をしていた……心当たりがあるだろう?』


 ……そうなのか。

 俺が、クッカの先輩女神ふたりを怒らせたのも、管理神様の差し金……

 作戦だったわけだ。

 そして俺の都会嫌いも見越して、最後はボヌール村行きを選択すると想定し、新人のクッカを担当にした。


『…………』


『女神クッカは、魂が分離した際、前世の記憶を殆ど失っていた』


『クッカが記憶を失っていた……』


『だが、お前を愛する心だけは、しっかりと残っていたのさ』


『…………』


 確かに、クッカは俺の事が好きだと言った。

 しかし何故好きなのか、理由が分からないとも言った。

 真相は……

 このような事だったのだ。


『そして私も……魔王クーガーとしてこの異世界へ降臨させられた。何故か、クミカが持つ、前世の記憶を全て受け継ぐ形でな』


『…………』


『しかし……勇者として、私より先にこの異世界へ転生したお前は……女神クッカと心を通わせると同時に、多くの女達と愛し、愛される関係になっていた』


『…………』


『お前を独占し愛したい私の心は揺れ、歪み、そしてとうとう……お前を愛しながら憎むといういびつな形に変化して行ったのだ』


『しかし! 何故……魔王、お前が全てを知っているんだ?』


 そう、俺には不思議だった。

 クーガーが何故?

 天界の事情を含む、これまでの経緯、全てを知っているのか……


『簡単な事だ。女神クッカは私の分身……クッカを通じて私は全てを知ったのさ……今のお前の状況もな』


 その瞬間……

 

 いきなり、ひとりの女が、真っ暗な空間に姿を現した。

 彼女は魔王クーガー……

 いや、魔王となったクミカである。

 

 クーガー、つまり魔王のクミカは「ピン!」と指を鳴らした。

 すると目の前にクッカ……同じく女神のクミカが横たわっている。


 俺は、咄嗟にクッカの生体反応を探った。


 ああ、良かった!

 反応がある。

 

 クッカは死んではいない!

 生きていたんだ。

 本当に良かった!


 俺が、安堵したのが伝わったらしい。

 魔王クーガーは、低く短く笑った。


『ふ、勘違いするな。私はクッカを殺しなどしない。クッカは私の分身、自分自身を殺すなど自殺行為だ。それよりも……』


 それよりも?

 それよりも、って何だ?


 俺は凄く嫌な予感がした。

 そして……


『ケンよ、良く聞け。これから、私達は合体する。本来のクミカに戻る為にな……当然私が主体だ』


『な、何!?』


 が、合体だと!?

 何だ!

 魔王め!

 某ゲームのような、テンプレコメントを吐きやがって!


 感じた嫌な予感が、確信に変わって行く。

 これは……このままでは、とりかえしのつかない事になってしまうと。


『や、やめろ!』


 勝ち誇り、得意満面な魔王クーガーに対し、俺は大声で叫んでいたのであった。

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