第125話 「俺の決断」

 俺の制止を聞いた魔王クーガーは、「にやり」と笑う。


『ふふふ、やめろだと? このように素晴らしい事を、やめるわけがないだろう?』


『頼む! クーガーやめろ! いやクミカ、やめてくれっ!』


『断る! いくら愛するお前の頼みでもな。クッカと合体すれば、私は新たなる真の魔王クーガー、完全体となれる』


『か、完全体?』


『そうだ。魔王の中でも最強の魔王……神をも超える力を持つ存在に、な』


 魔王クーガーの声は、大きな歓びにあふれていた。

 やっと、長年の悲願が達成される。

 そんな感じだ。


 でも俺は、合体した後のクッカがどうなるのか、心配でたまらない。


『ま、待て! クッカは!? もしお前が完全体になったら、合体されたクッカはどうなるんだよ!』


『あはは、このような駄女神などどうでもよかろう。私を完全体にする為の単なるパーツに過ぎん』


 単なるパーツ!?

 そうなったら、吸収されたクッカは……どうなってしまうんだ?

 果たしてクッカの人格は?


『おい、魔王! クッカの! クッカの人格や記憶はどうなる?』


『当然、失われるさ』


『失われる!?』


『要らぬわ、そのようなくだらない人格やつまらん記憶などは!』


『や、やめろおっ!』


 俺の脳裏には、クッカとの楽しい思い出が甦って来た。

 愛するクッカとの、数々の思い出が……

 それが一切……

 消えてしまうなんて。


『ケン、お前とクッカの思い出など不要だ』


『不要! 不要だと!』


『そうさ! お前は私クーガーとこれから新たな思い出を作る。私は旧きクミカの記憶も持っているのだぞ。全く問題はない!』


 問題はない、だと!

 俺の心に激しい怒りがこみあげる。


『ふざけるなぁ! クッカと作った思い出は、かけがえのない大切なものなんだぁ!』


『ふふふ、そうか? 辛いか? 思い出が消えると苦しいのか? そうだ、苦しめ、ケン。私も苦しんだんだ! お前にずうっと会えなくてな』


『やめろっ!』


『そうだ! もうひとつ良い事を思いついたぞ』


『な、何、もうひとつ良い事だと!』


『そうさ、ケン。生意気にも、お前の妻と称する女達の記憶も、全て消してやろう』


『な、な、何ぃ!!』


『但し、可哀想だから私達『夫婦』の奴隷くらいにはしてやろうか、あ~ははは』


『や、やめろ~おっ!!!』


『もう二度と、愛するお前を待たなくてすむ! これからはなぁ、ケン! お前とはず~っと一緒だあ! あ~ははははっ!』


 真っ暗な空間に、魔王クーガーの叫びと嘲笑が響き渡る。

 片や俺は……意識だけの存在。

 何も出来ない。

 ジ・エンドなのか!?


 と、その時!


 ぴしゃん!!!


 いきなり青白い雷光が閃めくと、魔王クーガーを貫いた。


『きゃあん!』


 意外にも、可愛い悲鳴をあげた魔王は、ぱたりと倒れる。

 間違いない。

 何者かが……

 勝ち誇るクーガーを攻撃したのだ。

 

 ああ、助かった。

 とりあえず、魔王との合体によるクッカ消滅の危機は回避出来た!

 

 しかし、クーガを倒したのは誰だろう?

 彼女を貫いたのは……雷だ。


 昔から、雷は神様の武器という。

 ゼウス、オーディン等もろもろだ。

 と、いう事は……


『ああ、ケン君。ごめんね、ごめんねぇ~。遅くなっちゃったよ~ん』


 謝る声を聞いた俺は、ホッとした。

 姿はやはり見えないが、聞き慣れた声。

 ……クーガーを倒したのは管理神様であった。

 絶妙なタイミングでの登場、まるで正義の味方みたい。

 

 でも、遅くなったって?

 いや……

 違うだろう。

 

 都合の悪い事は魔王クーガーに話をさせた上、出番の頃合を見ていたというのが真実に違いない。


 しかし、余計な詮索をしても始まらない。

 確かに不満や言いたい事は山ほどある。

 だが、管理神様と喧嘩するなど愚の骨頂。

 ここは、まずクッカの安全を確保して貰わないと。  


『い、いえいえ助かりました。クッカは無事ですか?』


『ああ、大丈夫だよ~ん。眠っているだけだよ~ん』


 よかった!

 クッカは『ノーダメージ』だ。

 で、あればまた俺と一緒に居られるよう、お願いするだけである。


『じゃあ、また俺のパートナーとして、クッカを復活させて貰えますね』


『ああ、幸い魔王クーガーが居るよ~ん』


 ん?

 何?

 管理神様、その意味深な言葉って何ですか?


『え? 魔王クーガーが居るのが幸い?』


『ああ、魔王が言っていたよねぇ。合体して完全体になるってさぁ』


 まさか!?

 それって!


『うん、そのまさかさぁ。女神クッカを主体として魔王クーガーを合体させるよぉ~ん。そうすればクッカは本来の力を得て、魔王クーガーの負の感情は完全に消去されるからねぇ』


 負の感情が、消去?

 それって一見良い事のようではあるが……

 クーガー……

 つまりクミカが俺を一途に思っていた気持ちを葬り去るのと一緒じゃないか。


 でも、そうか……これって……

 管理神様の『計算通り』……なんだ。

 

 このまま大団円なら、管理神様の力でクッカが生還して俺はもっと幸せになる。

 優しいスーパー女神、クッカの誕生=クミカだ。

 

 最初からクッカは、完全な女神に転生する予定だった。

 アクシデントで生まれた魔王クーガーはイレギュラーな存在だから……

 要らない、不要。

 それが、本来決まっていた『真実』の筈なのだ。


 なのに……

 すっごく割り切れない気持ちになるのは、何故なんだろう?


 「どろどろ」した魔王クーガーの怨念……

 憎しみに嫉妬……

 本当に、恐ろしかった。


 けれど……

 クーガーがそんな気持ちを持ったのは俺のせいだ。

 全面的に、俺が悪い。

 クミカの事を、完全に忘れていた俺が全て悪い。

 

 俺は、巻き添えで死んでしまったけれど……

 クミカの運命のお陰で、幸せになれた。

 

 もはや、誰を恨みなどしない。

 俺が運命神に殺されていたとしても、逆にラッキーだ。

 この異世界へ転生して、あんなに優しい嫁ズと巡り会えたのだから。


 しかし……クミカは……

 人間のクミカは……

 転生した女神クッカの完全体になる事で、本当に幸せになれるのだろうか?

 

『じゃあ、行っくよぉ~ん』


 管理神様は、大きな力を振るおうとする。

 いよいよクッカとクーガーを合体させて、『元のクミカ』へ戻すのだ。


 ああ!

 や、やっぱり駄目だ!

 クミカの分身、魔王クーガーの存在を無くす事なんか出来ない。

 そんなの、絶対に間違っている!


 俺は、慌ててストップを掛ける。


『管理神様! ま、待って下さい!』


『ん? 待ってって何を?』


 管理神様の声は、とぼけた雰囲気に満ちている。

 俺は、必死に食い下がった。


『合体です! 魔王クーガーを消さないで下さい』


『魔王クーガーを消さないでくれ? へぇ~、意外だね。どうしてぇ? 君をこんなに苦しめたのにぃ?』


『それもこれも全て俺を思っての事です。俺は、そんな子を見捨てられません』


『へぇ、モノ好きだねぇ、ケン君は』


『モノ好きでも何でも構いません! 魔王クーガーの思いもひっくるめて「ふたりのクミカ」を俺は受け入れます。そして必ず幸せにします』


『何で? そんな事、面倒臭いよ~ん』


『いえ! そんな事はありません!』


『う~ん、残念だぁね。クッカは合体すれば性格も容姿もそして能力も当初の予定通り、完璧な女神……S級女神になれるのにぃ』


『いいえ! 俺は駄女神……じゃなかった、不器用だけど優しくて頑張り屋のD級女神が大好きなんです。そして気まぐれで、とても我儘わがままだけど……最後は一途に俺を思ってくれる魔王も大好きなんです』


『ほう! そこまで言うのかい……う~ん、分かったぁ。ケン君の願いを叶えようかぁ。しかし、これはレアケースだよ~ん。本来ひとりの女の子を、ふたりにするんだからねぇ。特別措置だよ~ん、分かったぁ?』


『分かりました! 管理神様、ありがとうございます!』


『よっし! クッカとクーガー……ふたりの女の子を、新たな人間として転生させるよ~ん』


『感謝致します。管理神様!』


『ふふふ、もうこれで、ボヌール村に大きな災いは起こらないだろう……まあ予定は未定だから多分だけどねぇ』


『多分ですか?』


『うん、そう。ケン……可愛い嫁ズと頑張って、幸せに暮らせよ~ん』  


 管理神様の姿は相変わらず見えなかったけれど……

 何となく悪戯っぽく笑っているような気がする。


 安堵して、思わず微笑み返した瞬間。

 俺はまたもや、意識を手放したのであった。

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