第１２３話 「初恋と２度目の別れ」
ああ、ここは……
どこだろう？
何故？
周りの風景が
これは……
思い出した！
あの夢魔リリアンが見せてくれた……俺の故郷の夢だ。
しかし今ある故郷は、いろいろと開発され、風景がすっかり変わってしまった……
見えているのは、もうどこにも存在しない……
俺の心の中にしか存在しない、幻の故郷なのだ……
そうだ！
はっきりと思い出した！
これは……
旧き良き俺の故郷の風景だ。
近くに結構、大きな川があって立派な土手があったっけ……
青々とした土手のふもとには……
ろくに整地されていない石ころだらけの河川敷があった。
そこでは、見知らぬ大人達が良く草野球をしていた。
当時の俺……
いやボクは5歳になったばかり。
野球が、大好きな子供だった。
「坊や、近寄ると危ないぞ！」と言われ……
ボクは、球の来ないバックネット裏で、良く試合を見ていた。
バックネットの網目越しに見る試合は、何かテレビ中継みたいに見えて、ワクワクしたものだった。
「ねえ……おもしろい？」
「え？」
いつものように野球の試合を見ていたボクは、いきなり話しかけられた。
季節は春。
3月の初めくらい……
まだ、少し肌寒かったと思う。
「やきゅう……おもしろいの？」
声がした方向へ振り返ると……
目が、「ぱっちり」した小さな女の子が居た。
肩までの短い黒髪が、「サラサラ」春風になびいてた。
「あ、ああ……おもしろいよ」
と答えると、
「ねぇ……わたしとあそんでよ」
その子に遊ぼうと誘われた。
でも、ボクはまだまだ好きな野球が見ていたかった。
女の子とふたりきりで遊ぶのも、少し恥ずかしかったから。
だけど……
恥ずかしさなんか簡単に吹き飛ばすくらい、君は凄く可愛かったんだ。
「わたし……クミカ……5さい」
「ボ、ボクは……ケン、ボクも5さい」
それが……
近くに住む女の子、クミカとの出会いだった。
今迄ボクは、近い年齢の男の子とばっかり遊んでいて、女の子と遊んだ事などなかった。
しかし……
クミカと出会ってから、ボクの世界は変わった。
ボクはクミカと一緒にいろいろな場所へ行き、元気に遊んだ。
手をつないで走ったり、たまにはママゴト遊びに付き合ったり……
友達は……
一緒に遊ばなくなった、ボクの悪口を言っていたみたい。
だけど、全然気にならなかった。
ボクは……
クミカといっつも一緒に居る事が、当たり前だと思うようになった。
そして……
クミカと楽しく遊ぶようになって、あっと言う間に1ヶ月近くが過ぎた。
土手の上には道があって、両脇には桜の木が何本も植えられていた。
あの日は桜が満開で、とっても綺麗だったっけ。
桜の花びらが、いっぱい舞う中、いつものように手をつないで歩いていると…… クミカは、珍しくうつむいてしまった。
あれ？
一体どうしたんだろう？
「ケン……」
「なあに」
「ケンはクミカのこと、すき？」
「ああ、すきだよ。いっしょにいるとたのしいから」
「たのしい？ ううん、ちがう。すきなのきらいなの」
「え？ すき、きらい？ って、なんだろ？」
「えっとね。すきだったらけっこんできるんだって」
「けっこん！？ けっこんってパパやママになることかな」
「そうそう！ クミカはママ。ケンはパパになるの」
ボクの家は、両親の仲が良くていつも楽しかった。
だからボクも、クミカと「もっともっと」仲良くなりたかったから……
『けっこん』をＯＫした。
「いいよ！ ボクはパパ、クミカはママ。けっこんしよう」
「うん！ うんっ！ かならずけっこんするんだよっ！ ゆびきりげんまん！」
そう、……ボクはクミカが好きに、クミカもボクを好きになってくれた。
クミカはボクの、淡い初恋の相手だったんだ。
ああ、「完全に」思い出した……
美しい桜の花びらがたくさん舞う中、ふたりは大事な約束をした。
絶対に、破っちゃいけない結婚の約束を……
しかし……
約束は果たされる事はなかった。
「仲が良い」と信じていた両親が……
あっさりと『離婚』したからだった。
話し合いの結果、ボクはママに引き取られ、遠くの都会へ引っ越す事となった。
あわただしい中、ボクはママと一緒に故郷を出た。
クミカへ、ちゃんと、さよならも言えずに……
と、同時に、ボクの見ている夢が一変した。
色が変わった……
暖かいセピア色から、暗く冷たい灰色になってしまった。
色だけではない。
懐かしい故郷の風景が一切消え、無機質なビルの建ち並ぶ都会の街並みになったのだ。
こうして……
ママに引き取られたボクは、都会で暮らした。
そして日々の暮らしの中で……
だんだんあの日の大事な約束も、いや、クミカの事さえも忘れて行った……
都会で暮らすボク……
いや俺はあっと言う間に高校生になり、卒業。
勉強は得意ではなかったが、何とか大学に入学した。
だが……
2年生の時に、母が病気で死んだ。
俺は、その日を境に、何故かふるさとへ帰りたくなった。
死んだ母の代わりに俺を育ててくれたのは母の両親……祖父母だった。
祖父母との生活は、それなりに幸せだったが……
望郷の念はますます強くなり、俺は大学の卒業を前にとうとう決意した。
大人になった俺はいろいろと聞き、調べた……
故郷に残った父は……母より先に亡くなっていた。
離婚の原因は父の浮気だと分かった。
……しかし母は、父を許していたらしい。
だから俺も……父を許した。
こうして俺はふるさとへ帰る……筈だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
風景はまた、一変する。
セピア色でも、無機質な灰色でもない……
今の俺が見るような、明るい、はっきりとした色合いだ……
ここは……
どうやら、どこかの役所のようだ。
見知らぬ中年の男性が、にこにこして立っている。
何か良い事が、あったようだ。
片や正対しているのは、若い女性だ。
彼女の顔は……
何となく見覚えがある。
「クミカ君！」
「はいっ！」
「良いニュースだ。この町へユーターンしようっていう人が現れたぞ」
「ええっ！ それは素晴らしいですね」
「ああ……名前はケン・ユウキさんだ。町でいろいろケアする事になったからな。そうだ、同世代だし君に担当をやって貰おうか」
俺の名前を聞いた女性は、驚き、手で口を押さえている。
何だろう？
このリアクションは……
「…………」
「どうしたクミカ君？」
「…………」
「クミカ君！」
「はっ、はいっ！」
そう……彼女の名はクミカ・サオトメ
この町役場の職員。
って！
何で！
俺が……
この子の名前を知っているんだ？
書類を見ながら、クミカは嬉しそうに呟いている。
可愛い声が、俺の耳に入って来る。
ケン・ユウキって……絶対にケンね。
幼馴染のケン。
大変だったよね……
お父さんとお母さんがあんな事になって……
でも、ひとりで戻って来るみたい……
お母さんはどうしたのかな？
もしかして『彼女』は……居ないのかな？
でも彼女が居ても居なくても、どちらでも良いの。
貴方が帰るのを待ってるからね、私。
今迄も、ずっとずっと待っていたんだから。
貴方の、サヨナラを聞いてはいないから。
桜の木の下で約束……したから。
俺は「ハッ」とする。
ああ、クミカって……
あの、クミカ……だったんだ。
しかし！
また風景が、一変する。
鳴り響くけたたましいサイレン。
赤色灯を光らせ、疾走する救急車。
病室でうつむく男女は……クミカの両親だろうか。
ベッドに横たわり、顔に白布を被せられたのは誰だ？
ま・さ・か……まさか！
クミカは……俺を待たずに……
交通事故で死んだのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます