第104話 「小遣い稼ぎも大変だ③」
猫の出入り口をほんの少しだけ、大きくしたような扉。
縦横は約30㎝。
雰囲気は時代劇で良く見るような潜り戸。
あれを更に、小さくしたような感じ。
何だろう?
俺の疑問を聞いたクッカが、解説してくれた。
『あれは取引き用の窓口です。エルフまでは行きませんが、彼等ドワーフも結構排他的なのですよ。外部の者とは昼も夜も大抵あそこでやりとりします』
そうか……あれ、取引き用窓口なんだ。
顔も見せずに取引か。
失礼極まりないと思うが、ボヌール村同様、簡単によそ者を入れたくないのであれば理解出来る。
『成る程……あ、そうだ』
俺はふと思った。
だから、クッカに尋ねてみた。
『更に聞きたいんだけど……』
『何でしょう? 何でも聞いて下さい』
『今更だけど、ドワーフって……俺の言葉、通じるの?』
俺の質問を聞いたクッカが、手に口を当てた。
どうやら、笑いを堪えているらしい。
でも、とうとう我慢しきれず笑ってしまった。
『うふふふふ』
『な、何?』
クッカよ、いきなり笑うとは?
な、何故に?
俺の怪訝な眼差しに、クッカは笑顔で答えてくれる。
『え、えっと……あまり、あの時の事を言うと先輩達に殺されますから……言えませんけど』
『先輩達に殺される?』
先輩達って?
あのエルフの女神ケルトゥリ様と戦いの女神ヴァルヴァラ様、ふたりの女神って事?
殺されるって、分からん?
俺が首を傾げていると、クッカは慌てた様子で言う。
『い、いえ、今のは無し! 忘れて下さい。ところで旦那様が一番最初に覚えたスキルが言語スキルなんですよ。管理神様や私達と異界でお話ししたでしょう?』
『言語スキル? 言語スキルって……ああ、そうか!』
管理神様やクッカ達と最初に話したのは日本語だと思っていた。
だが、実はそうではなかったのだ。
俺が今クッカと話しているのはとんでもなく難解な『神様語』、つまり天界の言葉を使った会話。
でも、俺の中では日本語に変換されているって事。
それは、今居る異世界も一緒。
リゼットやレベッカが使っているのは、当然ながら日本語ではない。
文字だってそう。
しかし聞いたもの、見たものが、俺の脳内では分かり易い日本語へ変換されているって事だ。
逆もまた然り。
俺の話した且つ書いた日本語が、相手の使う言語に変換されているらしい。
しかし、クッカって何で笑ってたの?
って、あ……もしかして!
俺は、クッカの笑った理由がようやく分かった。
思い出し笑いに違いない。
あの時、俺がプライドの高い先輩女神達をからかって怒らせたり、屁理屈を通してやり込めたからだ。
クッカは、それで日頃の『うっ憤』を晴らしたんだ、多分。
確かあの時、俺はエルフの女神ケルトゥリ様を酷く怒らせた。
えっと……彼女のささやかな胸の件で……
……でも、それはとても失礼な話だし、ほんのちょっと心の中で思っただけ。
証拠に俺はレベッカの貧乳……
いや! 微乳は大好きなんだもの。
だって俺は無実だ!
そもそも凄いセクハラオヤジと化して、ケルトゥリ様を怒らせたのは管理神様だもの。
堂々と『ちっぱい』とか、言ってさ……
俺が受けた被害は、完全なとばっちり。
本当に酷い話。
で、話を戻せば……
エルフと話せるって事はだ、ドワーフとも会話がOKって理論か。
なら、納得だ。
ああ、もうひとつ思い出した。
俺は、戦いの女神ヴァルヴァラ様の機嫌も悪くした。
思いっ切り持論をぶつけて、勇者をけなしたんだっけ。
ヴァルヴァラ様は「侮辱だ!」と言って頭から湯気を出して怒っていた。
そんなわけで選択肢は残りひとつとなり、俺は結局クッカを選んだんだ。
天界神様連合後方支援課では一番後輩のクッカと、あの怖そうな先輩方の間には一体何があったのだろうか?
今となっては想像するしかないけど……
例えば……
いじめに近い、教育的指導?
新人らしく初々しいクッカの、若さへの妬みから来る嫌がらせ?
それとも陰口?
あ~、分からない!
まあ女性の世界の闇は……深いという。
洒落ではないけど、触らぬ神に祟りなしともいう。
あまり、俺は関わらない方が良さそうだ。
俺がつらつらと考えていたら……
笑うのを、無理矢理
『うぷぷ! さ、さあて、時間もあまり無いですし……早速行きましょう』
確かに、そうだ。
持って来たオーガの皮を現金に換えて、さっさと失礼しよう。
いくら憧れのドワーフだって、俺はこんな荒野にず~っと居たくはない。
用事が済んで、さくっとドワーフ見物したら速攻で帰りたいっス。
ちなみに今夜の俺はいかにも、
「戦ってオーガをバンバン狩った凄腕冒険者ですよ」って、
雰囲気を出している……つもり。
と、いう事で俺は正門前に行く。
物見やぐらに陣取っているドワーフの門番へ話し掛ける。
「ちょっと、すんませ~ん!」
「な、何だ、人間の小僧!」
人間の小僧ね……
確かにそうだ。
ドワーフは、エルフほどじゃないけど長命。
200年から300年くらいは、生きるらしい。
彼等から見れば、人間の俺など小僧だ。
「お手間を掛けます、そちらとお取引きしたいんですけど」
「お取引き? こんな夜に何だ?」
「ここに来たの、実は初めてなんですけど、俺が狩って来たオーガの皮を買って欲しいんです」
狩って、買って?
洒落?
俺は自分で言って可笑しくなった。
これはクッカのせいだ。
「オーガの皮?」
「え、ええ……うぷ」
「お前、何笑ってる? この俺の顔がそんなに可笑しいか?」
ヤバイ!
俺って、誤解されやすい?
ドワーフ様、貴方の顔が面白いなんて、そんな事ないっす。
自分で始めて、勝手に完結している思い出し笑いでっす。
俺は、慌てて取り繕う。
「いえ、俺、この村に来れて感激しているんで」
「感激? 本当に変な奴だ……まあ良いか、今、下の扉を開けてやる。そこへ皮を押し込め」
クッカから聞いていた通り。
やがて『猫の出入り口』が開いた。
だが、ここに商品を押し込むのは不安がある。
持っていかれて、後からそんなの知らんと言われたら証拠もなくそれっきり。
でも、俺は買って頂く立場。
文句は、一切言えない。
言われた通り、俺はとりあえず5枚の皮を押し込んだ。
いきなり15枚は変に思われるだろうしね。
下手をすれば俺の力がバレると思ったから。
それに一度に売ると、単価が下がるかもっていう心配もあった。
クッカによれば、ここで暫く待って、代金が引き換えに支払われるそうだ。
さてさて……結果はどうなるのか?
俺は夜がふけて行く中……
期待と不安を胸に、じっと待っていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます