第42話 「怒りの跳躍」

 門番のガストンさん達と、訪れた商隊の間にトラブル発生?


 俺とミシェルは、急いで村の正門へ駆けつけた。

 しかし、俺達が見たのは、固く閉ざされた正門である。

 本来なら、遠路はるばる来た商隊を歓迎するように、大きく左右に開かれている筈の正門。

 だが、まるで来訪を拒むかのように、しっかりと閉まっているのだ。


「どうしたのかな? ガストンさんとジャコブさんが、あんなに怒っているよ」


 ミシェルが、首を傾げて指差す。

 ガストンさん達が陣取っている、正門横にそびえた物見櫓ものみやぐらがある。

 確かに、ガストンさんとジャコブさんが、何か怒鳴っていた。

 いつも、にこやか且つ冷静なふたりが、あんなに怒っているのは珍しい。


「昇ってみよ!」


 ミシェルが、好奇心満々という感じで言う。


 おいおい、大丈夫か?

 勝手に昇って、ガストンさんから怒られないかよ。


 俺が心配する表情を見せても、ミシェルに動じた様子はない。


「大丈夫、大丈夫」


 本当かな?

 まあ良いや。


 俺は頷くと、ミシェルの手を「ぎゅっ」と握って引っ張る。

 すかさず『勇気のスキル』を発動させた。

 本来、超高所恐怖症の俺が、こんな10mもありそうなやぐらに昇ったら、ぶるって一発でアウト。

 間違いない。

 

 あ、そこの貴方ったら「あはは」と笑ったね?

 たった10mの高さなのにって、笑ったね。

 確かに自分でも情けない……はぁ


 俺とミシェルが物見櫓に昇ったら、ガストンさん達はまだ怒っている。


「こらぁ、村の規則を守れって言っているだろう!」

「そうだ! そうしないと、村へ入れる事は出来ない」


 状況が、分からない。

 このような時は『取材』あるのみ。

 俺達は、とりあえず事情を聞く事にした。


「どうしたんですか?」

「ガストンおじさん、どうしたの~」


「おお、ケンにミシェルか」

「あいつらが、とんでもないのさ」


 とんでもない?

 一体、何だろう。


 今度は、柵の外を見る。

 

 すると、荷馬車が2台停まっているのが見えた。

 馬車のすぐ前に商人風の男が4人、皆腕組みをして、困ったような顔で立っている。

 年かさから若い奴まで、年齢層はばらばらだ。

 恐らく、商隊の責任者と部下っていう構成だろう。


 そして商人達の前に、革鎧姿のいかつい男達が、これまた4人立っているのが見える。

 こっちも、40代から20代の男まで居て様々だ。


 こっちに向かって怒鳴っているのは、ガストンさんに負けないくらい日焼けした40代の中年男だ。

 どうやら、こいつがリーダーらしい。

 俺は改めてリーダーを見つめた。

 どんな奴だか、見極めようと思ったのである。


 顔は下半分がひげに覆われていて、目が鋭い。

 以前テレビで見た、悪役専門の俳優みたいに兇悪そうな面構えだ。

 見た目で判断は悪いけれど、けして正義の味方という雰囲気ではない。

 

「ふざけるな! 俺達は商会の警護に当たっているクラン大狼ビッグウルフだ」


 髭男は大声で怒鳴ったが、ガストンさんは一歩も引かなかった。

 とても冷静だ。


「お前らが、狼でも犬でも関係ない。村の掟に従えと言っている」

 

「何だと! 武器を渡すなど到底出来ん。俺達は見た通り護衛だ。犯罪者じゃない、信用出来ないのか?」


「ああ、信用出来ないよ。お前達は所詮、余所者よそものだ。万が一何かあった時に責任を取るのは俺達なんだからな」


「くうう、この野郎めぇ!」


 どうやらガストンさんは、俺が初めてボヌール村へ来た際に従わせた『掟』を伝えたようだ。

 携帯している武器を預かって、正門から15m下がらせるというあの掟である。

 

 更に俺が聞くと、ボヌール村を退去するまで、武器は取り上げられるのが通常らしい。

 俺の時はリゼットをゴブから救ったという経緯と、リゼットからの証言があったから特別にすぐ武器を返したそうなのだ。

 いかめしい表情のリーダへ、いかにも「ちゃらい」という風貌の若い男が近寄り、そっと囁いた。


「兄貴、これじゃあらちが明きませんぜ。ここは一旦従って、後から……」


 おいおい、聞こえてるよ。

 な~にが、後から、だ。

 どうせ、てめぇら、良からぬ事を考えているんだろう?


 念の為に言っておくが俺の聴力は今、常人の数十倍である。

 そして放出される波動から、お前達の邪なこころなどお見通しなんだよ。


「ガストンさん、ジャコブさん、油断大敵だ……あいつら何か企んでいるぜ」


「分かっている、あいつらみたいな奴等の魂胆などお見通しさ」


 俺達が、そのような会話をしているとは露知らず。

 クラン大狼ビッグウルフのリーダーは、引きつった笑いを浮かべる。

 怒りを、無理矢理抑え込んだという感じだ。


「わ、分かったぁ。すべて俺達が悪かった、武器を置くから村の中へ入れてくれ」


「ははは、それが利巧ってもんだ。さっさと置いて正門から15m、いや20m下がりやがれ」


 かさにかかったガストンさんの物言いに、リーダーは悔しがる。


「な、何だと!」


「兄貴! 我慢、我慢……ここは作戦ですよ」


「くうう……分かったぁ、下がる」


 呆然と見ていた商人達。

 クラン大狼ビッグウルフの雇い主なのだろう。

 ガストンさんは彼等にも武器を放すように告げたのである。


「おうい、何してる? 商人さん達もだ、武器を置いて下がれ」


「ええっ、私達もか?」

「あんたも私達の顔は知っているだろう? 毎回この村へ来ているじゃないか?」


「駄目です、一応決まりなものでね」


 ガストンさん、常連っぽい商人さんにも容赦ない。

 妥協しない。

 徹底している。

 だけど、そのお陰で村の平和は守られているのだ。


 商人達は、仕方なく武器を放す。

 旅の商人達も武装はしていて全員がショートソードを持っていたから、4振りの剣が地面に並べられたのである。


「よっし! 今度はそっちの狼とやらの番だ」


 しかし!

 大狼とかいう冒険者達は、中々武器を手放さない。

 一旦決めたくせに、逡巡している。

 リーダーに耳打ちをした若い男さえも、だ。


 冒険者達が従おうとしないので、当然門は開かないままである。

 後方へ控えた商人達から、さすがに不満の声があがった。


「おいっ、お前さん達ったら、いい加減にしてくれよ」

「私達も巻き添えくって村へ入れないじゃないか」


「ちっ!」

「糞っ」

「馬鹿野郎!」


 3人の冒険者達は口汚く罵りながら、携帯していた武器を地面に放り出した。

 地面に転がった武器はバラエティに富んでおり、ショートソード、アックス、そしてメイスである。

 しかし、リーダーだけが武器を放さない。


 その時である。


「たっだいま~」


 明るい、爽やかな声が響く。

 東の草原から戻ったレベッカが、姿を見せたのである。

 手からは獲物らしい兎を数羽下げていた。

 

 愛娘の姿を認めたガストンさんが声を掛ける。


「レベッカ、丁度良い。こいつら村の掟を守らないんだ、武器を取り上げて、20m下がらせてくれ」


「了解!」


 レベッカは勘が鋭く、聡明な女の子だ。

 即座に状況を理解したらしい。

 相変わらず厳しい表情を浮かべているリーダーに近付いて行く。

 全然、物怖じしていない。


「おっさん! さっさと武器を捨てなよ」


 レベッカにいきなりおっさん呼ばわりされたリーダーは軽く「切れた」ようである。


「おっさんだとぉ! 俺はまだ38歳だぞ」


 しかしレベッカも負けてはいない。

 持ち前の強気で反撃する。

 

「38歳? 立派なおっさんじゃない。良いから黙って武器を捨てなよ」


 美少女からきっぱり言われて、リーダーは凄く悔しそうだ。

 でも38歳は……もうおっさん年齢だと俺も思う。


「くうう……」


 3分後……

 レベッカを睨みつけていたリーダーが、とうとう折れた。

 持っていたロングソードを、やっと放り出したのである。


「くううう、ほらよ」


 音をたてて、地面に剣が転がった。


「ははは、最初からそうすれば良いのよ。後は……20m後方へ下がりなさい!」


 剣を押え、勝ち誇るレベッカを見てリーダーの男はギリギリと歯噛みしている。

 雰囲気としては狼より狂犬だ。

 そんな男を、悪戯に挑発する……

 俺は何故か、嫌な予感がした。


「レベッカ!」


「はぁい、パパ」


 レベッカが剣を持って、ガストンさんの方を向いた瞬間であった。


 さわわわっ……


 リーダーの男が姿に似合わない俊敏な動きでレベッカの背後に近付き、触ったのである。

 彼女の可愛い……尻を!


「ぎゃああああっ」


 レベッカの大きな悲鳴があがる。


「ひゃはははは、まだまだ青くて硬いが、可愛いケツだぜぇ! ご馳走様ぁ!」


「あ、ああっ!?」


 ミシェルも驚いて声を上げたのは、レベッカが触られたからではない。


 何と! 俺が怒りのあまり、

 10mはある物見櫓から、身を躍らせて飛び降りたからであった。

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