第41話 「大空屋でまったりだった……筈だけど」

 ボヌール村唯一の商店、そして昔のコンビニにあたる何でも屋の万屋。

 ミシェルの家、大空屋おおぞらやの店内は狭い。

 日本なら、ほんの10畳強ってところだろう。

 

 しかし木造で、結構渋い趣きがある。

 建物全体の造りや内装の仕様は西洋風でまるっきり違うが、雰囲気はどことなく、ノスタルジックな日本の駄菓子屋に似ている。


 左右に、商品展示用のカウンター。

 正面に、販売と買い取りを行うカウンター。

 都合3つの、大型木製カウンターが置かれている。


「こっち!」


 ミシェルが俺の手を引っ張って、店の奥へ連れて行く。

 どうやら、正面カウンター奥がストックヤードになっているようだ。


 ああ、懐かしいな。

 また、店員をやるのか。

 某コンビニでのバイトの思い出が、鮮やかに甦るぜ。

 店のオーナーさんが声が大きくて、気骨とやる気のある熱血漢。

 彼の影響で凄く活気のある職場であり、フランチャイズの指導員も売上げが好成績の為か、いつもニコニコ笑顔で来ていたっけ。


 そんな事を考えながらカウンター奥のストックヤードを見ると、そこには様々な商品が雑多に置かれていた。


「ケン、ここに在庫があるから、まずは品出ししてくれる。商品は並べないでOK! カウンターにとりあえず置くだけで良いよ」


「おお、品出しって懐かしいな、 了解!」


 俺はついそう呟いて、行動を開始した。

 ミシェルの指示で店の入り口から奥に向かって、右側のカウンターが食料品、左側が日用品と分けて並べる事を教えて貰う。


 この村は基本的に自給自足だけど、さっきの朝の弁当のように店に対する需要は結構あるらしい。

 例えば……食べるのは大好きだけど、自分では絶対に作らないレベッカへは蜂蜜が大いに売れる、とかね。


 食料品で、まず目が行ったのが肉なのは、俺がお肉大好きなせいもある。

 ニワトリ、ブタなどの家畜系の肉を始めとして、レベッカが草原で狩って持ち込んで来る兎や雉などの野生系など多種多様。

 

 前世のスーパーで見たような、綺麗で細かい肉片の、パック入りなんかとんでもない。

 毛をむしった頭とか、手足がそのまま、ごつく売られているのは結構シュールだ。


 野菜はキャベツ、タマネギ、ジャガイモ、カブ。

 洗っているわけなどなく、豪快に土がどっさり付いたまま売られている。

 

 卵は安くてお手軽に食べられるので、店内では結構幅を利かせていた。

 村でも、卵料理は安くて大人気だからね。

 

 数年前の大規模な魔物の襲撃で殺されて以来、村には牛が居ない。

 代用は、山羊の乳にそのチーズだ。

 また、忘れちゃいけない主食のライ麦パンとライ麦粉。

 

 香辛料はスタミナもつくせいか、お手軽なニンニクが最も好まれるらしい。

 嗜好品の酒に関してワインは自家生産だが、エールは外部から購入。

 紅茶は安価だが、種類は少ない。


 そして大空屋の名物である蜂蜜だが、高さ1m以上もある巨大な壷に入っていた。

 

 村民にはレベッカのような甘党が多いので、量り売りでかなりの量が売れるそうだ。

 ミシェルとイザベルさんは農地の脇に巣箱を置き、ミツバチを飼って蜂蜜を作っている。

 いわゆる養蜂農家。

 健気な働き者のミツバチは、花の蜜を集めるだけではなく、農地の野菜の受粉もしてくれるので村では一石二鳥だと好評らしい。


 食料品は店に冷蔵設備がないので、日持ちするもの以外は当日売り切り、それが基本である。


 一方、日用品は目立つものだと、可愛い女性用の衣服が置いてある。

 主に祝い事用らしいが、何とあの癒し系美少女クラリスの自作だそうだ。


 ミシェルが、感心したように言う。


「クラリスって、とても器用なのよ」


「へぇ、凄いな」


 他にも、良く見る農作業着が置いてあった。

 イザベルさんも着ていたジャーキンとホーズで、いわゆる村のメインユニフォームって奴だろう。


「服はね。作る手間と時間がかかるから、エモシオンの町で仕入れて売るの」


 ふ~ん。

 中世西洋は大体自作なのにな、と俺は思う。


「でも……サイズは?」


 気になった俺が聞くとミシェルはにっこり笑う。


「大丈夫! 平均サイズのものは定期的に仕入れるし、他のも村の人全員のサイズ……ほぼ頭に入っているから。どれくらいで買い換えるかという事も大体予想出来るよ」


 凄い!

 ぱねぇっす、偉いっす、ミシェル様。


 ほうき、熊手レーキが必需品だが、村で作れる人が不在。

 鉄製の鍋や包丁なども一緒で、鍛冶屋不在の村では共にどこかから仕入れるしか無い。

 

 そして店頭に置いていないのが、武器防具。

 先程紹介した包丁などの刃物もだ。

 ボヌール村の人に不埒な者など居やしないが、一応安全の為なのである。


 意外なのが紙と筆記用具、そして創世神様の教えを書いたものや、若い女性に受けそうな恋愛小説などの古本が置いてあった。

 他にリボンや髪留め、指輪など装身具も少々。

 これらは、村の女性陣に好評だという。

 ボヌール村みたいな田舎だって、おしゃれは必要。

 嫁達が可愛くなったら、そりゃ俺だって嬉しいから。


 配置に色々と決まりがあるらしく、俺が運んだ商品をミシェルがてきぱきと並べて行く。

 瞬く間に、整然と商品が並べられた。


「やっぱりふたりでやると早いね」


 ミシェルは俺を見て、嬉しそうに微笑む。


 準備万端!

 ようし、売って売って、売りまくるぞぉ。

 

 準備が整うと、俺は気合が入って来る。

 

「後はお客だけだな」


 しかし、ミシェルはのんびりしたものだ。

 俺が勢い込んで聞くと、さらりとかわされたのである。


「うふふ、ここはエモシオンの町と違ってせわしくないから。お客が来ない日もしょっちゅうだよ」


 そうか!

 ……都会と違って、この村はゆっくりゆっくり時間が流れている。

 

 これこそ、前世の俺が望んだ生活だよ。

 そして、優しい美少女嫁候補も一杯居る。

 

 うん、良いぞ、異世界最高! ボヌール村最高だ!

 管理神様、ありがとぉ!


「まあ夕方に商隊が来るから、今日は忙しくなるけどね」


 そうだった!

 じゃあ、とりあえずはのんびりしよう。

 ミシェルと、イチャイチャしていよう。

 誰も見ていなかったら、彼女のおっぱい触っても怒られないかしら?

 

 いや……

 クッカに、怒られるからやめておこう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 結局、その日は客がひとりしか来なかった。

 村の年配男性で、紅茶と蜂蜜を買っていった。

 最近、紅茶に蜂蜜を入れて飲むのが、村で流行っているようだ。

 美味そうだし、俺も今度やってみよう。


 客が来ない間、俺はずっとミシェルと話していた。

 おっぱいは遠慮したが、たまに手を握って、軽いキスもした。

 彼女は良く喋るし、笑う。

 基本的には楽天家で、くよくよ引き摺らない性格であり、俺とは全く違うタイプだろう。


 長く話していたお陰でミシェルの事は勿論、この村の事もだいぶ詳しくなった。

 そして俺の秘密だが、リゼットもレベッカも約束通り詳しくは言っていないらしい。

 ただ『強い』とは言っているらしく、ミシェルは俺を頼もしそうに見つめて来る。


 ちなみにクッカは俺とのデートの約束が余程嬉しいらしく、ちんまりと空中に座って笑顔で俺達を見つめていた。


 そんなこんなで時間は過ぎ、店の魔導時計はあっと言う間に午後3時を回った。

 時計を見たミシェルは、小さく頷く。

 「頃合だ」という表情である。


「うん、そろそろ店仕舞いかな」


 え?

 まだ、午後3時過ぎだぜ。

 ちょっち早くないか?


 俺はそう思ったので、さりげなく聞いてみる。


「ええっと、ミシェル。まだこんな時間だけど……」


「良いの、良いの。さっきも言ったけど今日は商隊が来るから宿に迎えたり、仕入れのやりとりをするからね」


「成る程……商隊が来たら来たで色々準備が要るんだな」


「そのとお~り」


 ミシェルが、笑って手を差し出した瞬間であった。

 誰かが、店の前で叫んでいる。


「大変だ~っ。正門でガストン達と商隊の奴等が睨み合って一触即発だぁ」


 ななな、何ですと!?


「急ごうっ!」

「うん!」


 俺とミシェルは、店の戸締りをすると、急ぎ正門へ走り出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る