第43話 「俺が綺麗にしてやるぜ」

「きゃああっ! ケーン!!!」


 高さ10m以上ある物見櫓ものみやぐらから飛び降りた俺へ、ミシェルの驚きと危惧の悲鳴が追い縋った。

 しかし、空中で身体を「くるり!」と回転させた俺は、地上に「すたっ!」と華麗に降り立つ。

 

 まるで、体操選手が会心の演技をしたかのように。

 でも、誰も言ってくれないから、自分で言う。

 はい! 10点満点! 

 優勝! ……ってね。


「へ!?」


 かすり傷もなく、全然無事に降りた俺を見て、大きく目を見開き口をポカンと開けるミシェル。

 そんなミシェルへ、俺は後ろ向きのまま勝利のブイサインを出す。

 「俺はノーダメージ、全く問題無いぞ」というアピールだ。


 そんな目立つ事をした俺へ、その場に居る全員の視線が注がれている。

 

 これは本来なら、俺の趣旨に反する行動だ。

 管理神様から与えられた、レベル99の超常能力を悟られないようにし、静かに目立たず生きていこうと決めていたから。


『ケン様、待って下さいっ』


 いつのまにかクッカが、俺の傍らで、あの色っぽい服をなびかせながら飛翔している。

 

 綺麗で、さらさらな金髪の髪もなびいていて、相変わらずの美少女振りだ。

 思わぬ目の保養に感謝した俺は、満面の笑みで返す。


『おう!』


『おう! じゃないですよ、どうしてあんな事したんですかっ? すっごく目立ってしまったじゃあないですか?』


『ああ、ついカッとなってな。だけど俺のスキルって、いろいろあるんだな』


『まあ、確かに……』


 念話で、手短かに話す俺達。

 マジギレしたんじゃないかという予想に反し、落ち着いた俺の声を聞いて、クッカは安心したようである。


 しかし!

 

 管理神様が与えたオールスキルって、どんだけなんだ。

 

 このようなシーンでの『お約束』は恋人にちょっかいを出された主人公が我を忘れて 無茶をするというパターンが王道であろう。

 そしてピンチに陥ったり、知られたくない秘密を知られて窮地に追い込まれてしまうとか、ね。

 確かに俺も物見櫓ものみやぐらを飛び降りた時はそのような状態であった。

 いわゆる『熱血』のスキルが発動したのだ。


 だが、ここで俺に補正能力がかかった。

 それが『沈着冷静』のスキルである。


『クッカ! 大丈夫、一瞬怒りで熱くはなったが、今の俺はきわめて冷静だから』


『な、成る程! 大丈夫みたいですね、でもほどほどに……』


『了解!』


 クッカの制止は、ありがたい。

 こんな時の、止め役は貴重なのだ。

 

 管理神様、見てました?

 クッカは、最高の相棒ですよ。

 ばっちり、助けて貰っていますよ。

 だから俺の嫁にするOKを下さい!

 どうか、お願いしまっす!


 俺は、天界に居る筈の管理神様へ、アピールしながら前方を見る。


 レベッカの尻を触った、クランのリーダーの不埒な髭男。

 奴は、俺が飛び降りた時は、さすがに吃驚したものの……

 今は腕組みをして、にやにやしている。

 

 奴の剣を抱えたレベッカが半泣き状態で、俺の方へ逃げるように駆け寄って来た。


「わぁ~ん! ダ~リ~ン、あんな最低男にお尻をばっちり触られちゃったぁ! 私、穢されちゃったよう」


 いつも強気で、狩人として腕も立つレベッカだが……

 たまに油断をして、こうなってしまう。

 オーガに、襲われた時も一緒だ。

 

 確かにとんだ『困ったちゃん』ではあるけれど、実はそんなところも俺は好きだ。


「お~、よしよし。じゃあキレイキレイしてやるさ」


「へ?」


 さわさわさわ~


 俺は、髭男が触った尻を、やさ~しく念入りに触り直してやった。

 傍から見れば、美少女をもてあそぶ危ない変態少年。

 だが、このような状況の夫婦間では、大事な大事なスキンシップなのだ。


「あふふ~ん、ダーリン、気持ち良い~」


 案の定、気持ち良さそうに、目を細めるレベッカ。

 しまいには俺に抱きついて熱い息を吐いている。

 俺達は……完全にふたりの世界へと突入した。


 微妙な沈黙が、辺りを支配した……


「…………」

「…………」

「…………」


 周囲の温度が、極度に冷え冷えして、ビシビシ鳴った気がしたのは錯覚か?

 まあ、『治療』はそろそろ良いだろう。


「レベッカ、仇は討ってやるよ、下がっていろ」


「うっふふふ。ダーリン、了解っ!」


 レベッカは、満足した笑顔で正門の方へ去って行く。

 彼女は、凶暴なオーガを何体も素手で圧倒した、俺の真の力を知っている。

 だから、あんな冒険者の相手をするくらい、楽勝だと思っているようだ。


 そんなレベッカの期待に応え、「この世に俺より強い奴は居ない!」とか、

 一度くらいは、堂々と言いたい。

 

 そんな世紀末救世主様のセリフではないが、レベル99はこの世界での究極レベルだから多分言い切っても大丈夫だろう。

 でも慎重に対処するに、越したことはない。

 

 俺は、傍らのクッカに呼び掛ける。


『クッカ! あの髭男のスペックって分かるかな?』


『大丈夫です、確認します。……はい、出ましたっ』


『早っ。とりあえずこんなん出ましたけどって、感じだな』


 ガエル・カンポ(人間族:男:38歳:独身)


 レベル20


 クラン大狼リーダー

 冒険者レベルC

 スキル:剣術、防御術、恫喝

 犯罪歴10回


 髭男ガエル・カンポのレベルは20……

 案の定、俺より遥かに下だった。

 

 本当に、このおっさんはレベル20なんだろうか?

 どうせあの、アバウト管理神様の事だ。

 適当に、設定した可能性もある。

 しかしスキルに恫喝があるのと、犯罪歴10回って何だ?

 どんだけ余罪があるのかよ。

 何をやったのか知らないが、懲りない奴だ。


 俺が近付くと、商人3人も、リーダー、ガエル・カンポの傍らに寄って来た。


「おいおい!勘弁してくれよぉ~」

「トラブルは御免だぁ」

「商売に差し障るから、やめてくれぇ」


 一触即発の状態を見て、商人達が叫んでいた。

 

 ふざけるな! と俺は言いたい。

 おいおいって、こっちのセリフだよと。

 

 あんたらが、ルールを守らない性悪の冒険者など雇うからこうなる。

 こっちは、既に『被害』を受けたのだ。


 ガストンさんの、怒りの声も投げ掛けられる。

 愛娘に不埒ふらちな事をされた、父親の思いがこもっていた。


「ケン、構わないぞ。こんな奴等、思う存分ぶちのめしてやれ」


 一方、冒険者達=クラン大狼ビッグウルフは完全に俺を舐め切っている。


「おほほう、これはまた、ちっこい戦士の登場だ」

「こまっしゃくれた餓鬼は、引っ込んでろ」

「早く、ママのおっぱいでも、しゃぶりに帰れよぉ」


 クラン大狼のメンバーである、3人の男はせせら笑う。

 そして、リーダーのガエルは、もっと嫌らしく、舌なめずりしながら笑ったのだ。


「おい、餓鬼! 俺は、ああいう気の強い美少女がすっごく好きでな」


 はぁ?

 それがどうした?


 俺は無言で、ガエルを睨みつける。


「…………」


 こんな俺の無言が、言い返せないあかしだと思ったのか、ガエルはますます調子に乗る。


「あの女はお前になど勿体無い。ぜひ俺の嫁にしてやろう、お前のままごとの相手などさせてられないな」


 ……そうか、この糞親爺の犯罪がどんなものか何となく分かったぞ。

 許せんな!


 俺は腰から剣を提げていて奴等は丸腰であったが、15歳の子供など簡単にぶちのめせると思ったようである。


「やれ!」


 低い声でガエルが呟くと……

 クラン大狼の男達は、拳を振り上げながら、一斉に襲い掛かって来たのであった。

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