第33話 「最初の召喚」

『ちょっと、待ったぁ!』


 俺が召喚魔法の言霊ことだまを唱えようとした矢先、クッカの可愛い声が響き渡った。

 どうやら、魔法の発動を緊急停止?させたいらしい。

 一体、どういう事だろう?


『な、何? いきなり?』


 慌てた俺が、言霊の詠唱をストップすると、クッカがジト目で睨んで来る。


『ケン様!』


『は、はいっ!』


 気合の入った呼びかけに、俺も思わず「びしっ!」と直立不動となる。

 緊張感たっぷりな俺を見たクッカは、抑揚の無い無機質な声で告げた。


『うっかり忘れていまして今、思い出しました。突然ですが……追加ルールを申し上げます』


『追加……ルール?』


 何だよ?

 いきなり追加ルールって?


 俺の訝しげな表情に答えるように、クッカはきっぱりと言い放つ。


『はい! ケン様からは、超怪しい気配がた~っぷり出ていましたので』


 だから何だよ、超怪しい気配がた~っぷりって?


『はい、あくまでも私見ですが……邪悪な闇の主とか、悪に魅入られた男というふたつ名は、ケン様のイメージにはま~ったく合いませんから!』


 知ってるよ!

 どうせ俺は3枚目。

 お間抜けおとぼけキャラがお似合いで、クールでニヒルなちょい悪キャラはNGだろ。


『というわけで! そのような理由から、極めて趣味の悪い召喚対象もまったく必要ありません! なので召喚禁止とさせて頂きます』


『しゅ、趣味の悪い召喚対象? な、何の事、それ?』


 うう、そうかぁ……

 クッカは、これから俺が何を呼ぼうとしてたのか、まるで分かっていたような物言いだ。

 実は俺……

 クッカのリクエストなど一切無視して、女の子が嫌がりそうな闇の住人系やグロイ系も含めてとりあえず召喚して「遊んで」みたかったんだよ。

 

 ホラー映画が嫌いなのにおかしいって?

 確かに!

 でもさ、怖いものみたさって、あるじゃない?


 と思ってたら、更にびしっと! クッカが言い放つ。

 

『甘い! ケン様のやる事など、このクッカにはお見通しです!』


『え? そ、そう? 分かる?』


『分かりますよっ! そんなしょ~もない奴等を呼んでも、百害あって一利なしです。召喚魔法は、遊びではありませんからねっ!』


 ああ、お姉さん御免なさい。

 召喚魔法で遊んじゃ、駄目なのですね。

 いろいろ呼んであ~でもない、こ~でもないと、好きに言うのなんて一切ダメだと!

 そうおっしゃいますか!

 ……あ~あ、つまらねぇなぁ。


 という俺の心の愚痴など、クッカは華麗にスル~。


『ええと、先程と若干重複しますが……具体的には悪魔、吸血鬼、夢魔、不死者アンデッド、幽霊などの召喚は禁止とします。中でも蛇、ミミズの形状を持つ者は持っての他ですね』


 クッカは自分で蛇、ミミズと言った瞬間に身震いしている。

 もう! そっち系は言葉に出すだけでも駄目でしょ、キミは。

 

 結局、クッカの個人的な好き嫌いで召喚不可という事だろう?

 ね? そうでしょ?


 俺はそう突っ込みたかったが、下手に言えば100倍になって返って来るのは必至だ。

 やはり、空気読み人知らずにはならない方が良い。

 そんなわけで、俺は素直に簡潔に返事をする事にした。


『了解!』


 俺の返事に気を良くしたのか、クッカは更に強気な発言を繰り出す。 


『宜しい! 更に追加事項です。従来の人間タイプの女に加えて動物等のメスも召喚禁止とさせて頂きますね』


 おお、確かに強権発動!

 人間型ヒューマノイドの女性だけでなく、一切のメス禁止と来たか。


『結構……厳しいな』


『厳しいな、じゃあありません。後で無用なトラブルを避ける為です』


 無用のトラブルねぇ……

 まあ、良いや。

 クッカ様、貴女とトラブルを起こすのは絶対に嫌ですもの。


 何か暴走気味だけど……可愛い。

 傍から見ていると、クッカは先日の失態や低評価を取り戻そうと必死になっているのが分かる。

 

 これって、俺の役に立って愛されたい、そしてゆくゆくは俺と結ばれたいから頑張るという気持ちから出ているのだろう。

 クッカって、俺と同じですっごく不器用な子だと思うけど、その思いを尊重してやりたい。


『分かったよ、クッカ。じゃあ、もう一度仕切り直しだ』


『了解です』


 俺は再度、召喚魔法を発動させる為に言霊を詠唱した。

 クッカに言われた事を思い出し、まずは偵察&通常業務をこなす者が良いだろう。


召喚サモン!』


 俺の言霊に応えて白光の中から現れたのは、尻尾の付いた小さな影である。

 影は徐々に実体化して行く。


『へぇ! ケン様にしては意外です、これなら女子受けもします』


 クッカが感心したような声を出す。


『意外って、何だよ。まあ日頃こいつが村に居ても、あくまでも自然に振る舞えるという考えで召喚したよ』


『ケン様、見直しました、さすがです。私は良いと思います。……後は性格次第ですね。すなわち忠実且つ従順であるかどうかです』


 俺達の前に現れた魔物……

 それは、妖精猫ケット・シーだ。

 妖精猫ケット・シーは一見普通の猫、目の前に居る奴も、平凡なぶち猫だ。

 

 しかしそれは、世を忍ぶ仮の姿。

 実は二本足で立ち、人語も喋れる。

 また通常の猫より、身体能力にも優れ、中には魔法が使える奴も居るらしい。

 

 でも、この妖精猫ケット・シー、何故か、完全に不貞腐れている。


『はぁ? 何が性格次第だよ、勝手に呼び出しといて! 妖精猫ケット・シーの俺っちはなぁ、自由気儘に生きるのがモットーだ! 人間にあごで使われるなんて真っ平だよ』


 確かに、こいつの言う事は正論だ。

 

 俺だっていきなり勇者召喚されて、王様にガンガンこき使われたら、不満たらたらだろう。

 話には、筋が通っている。


 だが召喚士として、俺は奴に対して厳しく且つ優しく接しないといけない。

 ようはバランスだ。

 こいつの態度は不遜だが、優し過ぎたり、厳しいだけで部下はついて来ないから。


 そこで俺は、飴と鞭を使い分ける事にする。

 「にやり」と笑った俺は、わざと奴に聞こえるように言う。


『ふ~ん……俺に使われるのが真っ平ね。ああ、クッカ、そういえばボヌール村の猫たちって人間と同じ様な年齢構成なんだよね』


『はい! 確か!』


『な、何の事だよぉ! 人間と一緒って?』


 おお、食いついて来た!

 さあ、盛大に撒き餌をしてやろう。


 俺は、妖精猫ケット・シーに確り聞こえるように声のトーンを上げた。


『何かさ、村に残っているのってメスばっかりなんだよね。それも人間にあてはめれば15歳から25歳相当の可愛くて若いピチピチの女の子ばっかり!』


 あれ、何か奴の喉が「ごくり」とか鳴ってるよ(笑い)


『ああ、そういえば私、彼女達から聞きましたよぉ。頼れる男の子が居たら、ぜひボスになって欲しいって』


 おお! クッカ、ノリノリナイスフォロー!

 そんな事を、猫が本当に言っているかどうかは謎だが……


 だけど良いや。

 煽るだけ、煽ってやれ!


『おお、ボスかぁ……それってハーレムの王様って意味だよなぁ、確か』


 クッカはすぐ俺の意図を察してくれ、悪戯っぽく笑う。


『その通りです! もしボスになったらウッハウハですねぇ』


 妖精猫ケット・シーはそこまで聞かされると、さすがにもう我慢出来なくなったようである。


『おい! ちょっち待て!』


 俺達はその声を完全スルーした。


『ん? 何か聞こえた? クッカ』


『いいえ~、ま~ったく聞こえませんね』


『クッカにも聞こえないか? じゃあ気のせいだね。あれえ、猫君まだ居たの?』


『てめ~! 待てと言っているだろうが!』


 俺達に完全スルーされて声を荒げた妖精猫ケット・シー

 それにしても妖精猫ケット・シーの奴は生意気だ。

 このままでは俺に仕える気など全く無いであろう。


 奴をがっつり教育しなければ……

 まずは、汚い言葉遣いを改めさせよう。


『あ~……お前さ、召喚してやったんだから、俺達に対して口の利き方に気をつけろよ。もう少し丁寧な話し方をして貰おうか』


『うるせ~』


 何だ、こいつ!

 じゃあ、鞭をぴしりと鳴らしてやろう。


『うるせぇ? ふ~ん……じゃあ良いさ、別の奴を召喚するから。君にはもうそろそろ帰って貰おうか』


 その瞬間であった。

 頑なな態度を取っていた妖精猫ケット・シーが、一気に軟化したのである。


『えええ、帰れなんて!? せ、殺生な……す、済みません、御免なさい。今後は口の利き方に気をつけますから』


 どうやら、さっきの「ハーレム」という撒き餌が効いているらしい。

 異界へ帰るより、こちらの暮らしの方が良く思えるのだろう。

 

『よっし、じゃあこちらから名乗ろうか。俺はケン、お前を召喚した人間族の男だ』


『私は天界神様連合後方支援課所属、D級女神のクッカです』


 俺と幻影のクッカを改めて見た奴は驚き、口をあんぐり開ける。

 今更、おせ~よ!


『な、なんで人間の男と天界の女神様が一緒に?』


『良いんだよ、細かい事は。さあ名乗れ!』


『お、俺はジャン! 妖精猫ケット・シーのジャンです』


 ジャンはそう言うと、俺とクッカに対して、ぺこりとお辞儀をしたのであった。

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