第32話 「男子が心躍るモノ」

 リゼットとレベッカが帰宅し、村全体が寝静まってから……

 俺は転移魔法で村を抜け出した。

 当然、幻影ミラージュのクッカも伴って。

 

 そして……


 俺とクッカは、夜の空を飛んでいる。

 風を切って、物凄い速度で飛んでいる。


 先日、初めて飛んだ夜と一緒だ。

 昼間の快晴が持ち越され、上空には満天の星が輝き、眼下には暗視のスキルによって森や草原、川などが綺麗な箱庭のように見えている。


 今晩の目的地は東の森と、その手前の草原だ。

 そして課題はふたつ。

 レベッカを襲ったオーガの残党が居ては困る。

 なのでその確認と掃討。

 プラス俺が切望していたスキルの練習なのである。

 

 傍らを飛ぶ幻影のクッカが俺に問う。

 当然ながら会話は念話だ。


『どちらの課題からやります?』


『当然、あっち』


 俺のいう『あっち』という言葉だけでクッカは理解してくれる。

 当然かもしれない。

 その素晴らしいスキルが使えると聞いた時の、俺の入れ込みようは半端ではなかったから。

 しかしクッカは首を傾げている。

 彼女にとってはそのスキルも他のスキル同様、ワンオブゼムなのだから。


『やっぱりあっちから? ケン様、そ~んなに憧れていたのですか?』


 訝しげな表情で聞くクッカの問いかけに、俺は大きな声で断言した。


『当然!』


『はぁ……私にとっては単なるスキルのひとつなのに理解出来ません。男の子って皆、そうなんですか』


『そう! 中二病ゲーム大好き男子は、俺の気持ちが絶対に分かる筈!』


 俺が目をキラキラさせながら熱く語ると、クッカは大きく息を吐く。


『ふ~』


『何で溜息つくんだよ?』


『まあ、それならそれで良いですよ。とりあえずスキル習得へ前向きなのは良い事です! じゃあ森の手前の草原に降りて早速、実践に入りましょう』


『了解!』


 そのスキルの訓練場は昼間、レベッカと兎狩りをした東の森前の草原である。

 俺は空中でクッカへ最敬礼をして、降下して行った。


 ――10分後


 俺とクッカは、着陸した草原で対峙している。

 ここまで俺が拘って切望したスキル……それは召喚魔法である。


『まあ、私は管理神様の指示で常に幻影の状態ですから、いざという時でも実体化出来ません』


『だろうなぁ』


『ですから、現場でケン様の従士として、誰か手助け出来る者が居れば助かるのは確かです。それに幻影化した私の姿は、基本的にケン様にしか見えませんが、ケン様が召喚した者に限っては見えるのです』


 今の話の通り、クッカは召喚魔法の効用を認めている。

 ようは自分が物理的に対応不能な幻影だから、何かあった時に俺の部下として実際にフォローしてくれる存在が必要だという事だ。


『そうか……今日みたいな時だな』


『はい! 幸い今日は、レベッカちゃんのワンちゃん達が、何とか攪乱役かくらんやくをやりましたが、もし居なければ即座に彼女は食べられていたでしょう』


 確かに、クッカの言う通りだ。

 もしヴェガ達が身を挺してオーガに対する盾になっていなければ、レベッカはすぐ喰われていた。

 

 今や、俺の愛しい存在であるレベッカ。

 彼女が無残に喰われるなんて、想像するだけで身震いする。


『じゃあ先生。早速、言霊ことだまの教授お願いします』


 俺はクッカに対し、神妙な態度で教えを請う。

 召喚魔法は、絶対に習得したいからだ。

 

 しかし、クッカの反応は意外なものであった。


『その前に条件があります』


 条件?

 条件って何だろう?

 ああ、クッカの奴ったらすっごいジト目だ。


『若い女性の姿をしたキャラは一切、召喚禁止とします』


『は?』


 何、それ?


『えっと……意味が良く分からないんだけど』


 怪訝な表情で問う俺に、クッカはきっぱりと言い放った。


『私とキャラ被りするから、絶対に禁止です! ちなみに、これ以上の質問&反論は受け付けません。もし出されても即座に却下します』


『…………』


『というわけで、宜しいですか?』


 にっこり笑うクッカ。

 宜しくない!

 意味わかんね~し!


『おいおいおい、一方的過ぎる! だったら召喚NG対象の具体例を上げてくれよ』


『……質問は受け付けないと言った筈ですが……仕方ありません、質問にお答えします』


『うん、頼むよ』


『シルフ、ウンディーネ、ニンフ、グウレイグなどの可愛い系の精霊・妖精は禁止となります、中でもリリン、サキュバスなどの妖艶なお色気系は厳禁です』


 成る程!!!

 よく分かった、キャラ被り。


 でも可愛い精霊・妖精系は尤もだけど、お色気系のサキュバスって?

 美少女系のクッカとは、全然キャラ被りじゃないだろ!

 

 ……まあ、クッカの言いたい事は良く分かるので俺もそれ以上反論しなかった。


『じゃあ言霊ことだまを言います。まずは魔力を込めないで詠唱して下さい』


 ちなみに、言霊とは呪文の事。

 俺は聞く態勢に入る。


『了解!』


 俺が返事をするとクッカは微笑み、綺麗な声で言霊を唱え始めた。


『現世と常世を繋ぐ異界の門よ、我の願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く堂々と開き給え! 我が呼ぶ者が遥かなる道を通り、我が下へ馳せ参じられるように!さあ開け、異界への門よ!』 


 おお、なっげ~な!

 と思ったけど、さすが俺はレベル99……

 この、長い言霊を覚えるのは楽勝であった。


 俺が同じ言霊を数回問題なく唱えると、クッカは笑顔で頷いた。


『うふふ、さすがです。速攻で覚えたみたいですね』


『おう! 何とか、な』


『今の言霊へスムーズに魔力を込めながら詠唱可能になったら、最後に召喚と決めの言霊を唱えます。上手く発動すれば召喚対象はこの現世に現れる筈です』


『了解! 最後に決めの言霊である召喚サモンと言うのだな』


『そうで~すっ』


 最後が軽っ!

 明るいっ!

 まあこれでこそ、クッカらしくて良いけど。


 そして……

 俺は十数回の練習でもう召喚魔法が発動出来るようになった。

 ちなみに魔法が使えるようになるというのは感覚的なものである。

 加えて召喚した対象を異界へ帰す帰還リターンの魔法も教授して貰った。


 念の為……普通の術者は習得までにのべ数万回も詠唱の練習をするそうだ。

 それでも俺のように完璧に習得出来るとは限らないという。


『で、最初は何を召喚します? ちなみに現在はレベル1ですから、いきなり高位の存在は呼べませんよ』


 俺が記念すべき最初の魔物に、何を呼ぶかって?

 当然、もう決まっているさ!

 誰もが知っているあいつだぁ!


『現世と常世を繋ぐ異界の門よ、我の願いにてその鍵を開錠し、見栄え良く堂々と開き給え! 我が呼ぶ者が遥かなる道を通り、我が下へ馳せ参じられるように! さあ開け、異界への門よ!』 


 おお、言霊が魔力を高めているのが分かる!

 さあ、充分に高まったところで決めの言霊だ!


召喚サモン!』


 いよいよ生まれて初めて、俺の召喚魔法が発動する。

 目の前の地面が輝いている。

 果たして俺の召喚デビューの魔物は……


『……何ですか? これ』


 クッカの醒めた声&ジト目……


『だって! 絶対に絶対に可愛いと思ったんだもん! つぶらな瞳が俺をじいっと見つめると思ったんだも~ん』


 俺とクッカの前には召喚された魔物が1匹、うごめいていた。

 何か透明なゼリー状でにちゃにちゃぐにゅぐにゅしている。

 はっきり言って気色悪い……


 結論!

 現実のス〇イムは可愛くない!

 以上!


 俺は帰還の魔法を発動し、すっごく有名な不定形魔物に即、異界へお帰り頂いた。

 渋い表情の俺を見た、クッカも呆れ顔である。

 俺に任せれば、先行きが不安になると思ったのであろう。


『やっぱりケン様が好き勝手に変な魔物を召喚されても困るので、再度条件を付けます』


 ああ、クッカが仕切る! 仕切る!

 好き勝手に召喚すると困る?

 分かった、分かりましたよ。


 俺は不貞腐れかけてハッと気付く。

 

 そうか……

 管理神様に直訴した、クッカが俺と結ばれる為に出された約束が2つ。


 俺に本気で愛される事。

 そしてなくてはならない、大切な存在になる事。


 このふたつの約束をクリアしなくてはならないのだ。

 

 俺が回り道しないように厳しくなるのも当然かもしれない。

 少し個人的なお願いは入っているが……まあ良いだろう。


 そんな事を考えていたらクッカが条件とやらを出した。


『良いですか? 偵察&通常業務をこなす者、戦う者、そして移動運搬に長けた者……これらを優先し、想定してから召喚して下さい』


 成る程!

 じゃあ偵察&通常業務をこなすのはこいつでどうだ!


 俺は次の召喚をするべく、言霊の詠唱を始めたのであった。

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