第22話 「赤毛の狩人」

「おお! ケン、来たか」


 俺の大先輩従士ガストンさんは、村の正門脇で待っていてくれた。

 そして、ガストンさんの傍らに立つ人物がもうひとり……


 赤毛のショートカット。

 ボーイッシュな雰囲気。

 年齢は18歳くらいで、俺よりほんの少し年上。

 スレンダーで手足が長く、スタイルは抜群。

 弓を背負い、腰から細身のショートソードを提げている。


 確か、見覚えのある女の子だ。

 昨日俺が全村民へ紹介された時、真っ先に声を掛けて来た子である。


「ケン……だったわね。私はレベッカ、宜しく」


 レベッカは、僅かに口角をあげてクールに笑う。

 近くで見ると、彼女の髪色はストロベリーブロンドと呼ばれる、レディッシュっぽい金髪。

 そして、瞳は深い灰色。

 野性的且つ、大人の女性と少女が同居している。

 不思議な雰囲気の子だ。


 ガストンさんが、今日の『研修』の内容と趣旨を説明する。


「ケン、良いか? 今日は狩りをしながら、お前の戦いの適性を見せて貰う。同行するレベッカは狩人見習いだが、もう少しで1人前になる」


 ガストンさんのひと言が、レベッカの気にさわったようだ。

 彼女は、美しい眉をひそめる。


「もう少しで……じゃなくて既に楽勝で1人前! よ」


 ガストンさんは、僅かに苦笑すると俺に向き直った。


「よし、出発する前に確認だ。お前、武器は?」


 俺は、黙って腰から提げた銅の剣を叩く。

 かつて魔物との戦いがあったとはいえ……

 世紀末某みたいに、常在戦場な村ではないので、この剣とあの黒い魔剣以外に俺は『引寄せ』していない。

 だが……剣を見たガストンさんは、少し不満そうだ。


「ふうむ……剣だけなのか?」


「はい」


「お前、弓は使った事があるか?」


「いや、未経験です」


 成る程!

 狩人には剣というより弓なのか。

 確かに『狩り』をするのなら弓は必須かもしれない。

 ええと、スキルの中にあるのかな?


 ガストンさんは、俺が弓の素人だと知ると、レベッカを「ちらっ」と見た。

 何となく、意味ありげな視線である。


「じゃあレベッカから習え。彼女は弓に関しては人に教えられるくらいの腕だ」


「違うわ、訂正して! 村一番の達人と言って頂戴」


 ふ~ん!

 レベッカは、自称弓の達人か。

 こんなに強気の態度なら、よほど自信があるのだろう。


 後は……


「それから狩りをする際には、大事なパートナーが同行する。……こいつらだよ」


 ガストンさんが示したのは、2匹の小型犬である。

 1匹は3色のトライカラー、1匹はレッド&ホワイト。

 俺は犬に詳しくないので犬種は分からないが、どうやら雑種らしい。


「この2匹は優秀な猟犬だ。獲物を見つけ、追い込んでくれる。また危険な魔物が近付いたら報せてくれる」


「この子はヴェガよ、私の最高のパートナー……」


「こいつはリゲルだ。俺の忠実な友さ」


 トライカラーの犬を指すレベッカ、片やガストンさんはレッド&ホワイトを愛しげに眺めた。

 ふたりは、誇らしげに愛犬を自慢する。


 犬か……

 狩りだけはでなく、危険を探知してくれるなら色々と役に立つんだろうな。

 俺には索敵のスキルがあるから、犬に頼らなくても大丈夫だが。


 だけど欲しい!

 実は俺、結構動物好き。

 故郷に帰ったら、犬か猫と暮らしたいと思っていたから。 

 

 そんな、俺の表情を読んだのだろうか?

 ガストンさんは、にっこり笑う。


「子犬が何匹か居る。後で、レベッカから貰えば良い」


「…………」


 どうやらレベッカは、数匹の猟犬候補を育てているらしい。

 だが、よほど可愛がり大事にしているのだろう。

 不快な表情をするレベッカの無反応さからは、「譲渡は断じて拒否!」の強い感情が伝わって来る。


 場を、『気まずい沈黙』が支配した。

 そんな空気も読んだのか、ガストンさんは話を切り替える。


「ははは! じ、じゃあそろそろ出発するぞっ!」


 俺達の様子を見ていたジャコブさんが門を開いてくれ、俺達はようやく出発したのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 村を出て、昨日作業した農地の脇を通って行く。

 俺に気付いたニコラさんが手を振り、そして今日が当番のリゼットが更に大きく手を振ってくれる。


「ケン様! 頑張ってぇ! 気を付けて行ってらっしゃ~い」


 おお、リゼットが大きな声で声援を送ってくれる。

 昨夜の今日だから、俺も気持ちが前向きになる。

 将来を誓い合った、『守るべき存在』が居るのは良い事だ。


「ふん!」


 嬉しそうなリゼットを見たレベッカは、さも不快そうに鼻を鳴らす。

 やはりというか、鉄壁であった『女子の団結心』とやらは、脆くも崩壊してしまったようだ。


 そこへ火に油を注ぐように、ガストンさんが不用意な発言をしてしまう。


「ケン、昨日は初めての農作業なのに、バッチリこなしたらしいな。それもクラリスまで手伝ったやったそうじゃないか?」


 ガストンさん……

 さっきは鋭かったのに、この話題では何て『空気読み人知らず』なんだ。


「何ですって!」


 レベッカが、鋭い声をあげた。

 凄い、怒りの波動が伝わって来る。


 むう!

 やはり案の定だ。

 でも俺が下手に口を出すと、余計に揉めそうなのでここは沈黙あるのみ。


「それって本当!?」


 レベッカが、ガストンさんへ言い寄っていた。


 ヤバイ!

 最初から不協和音が生じているじゃないか。

 昨日のジョエルさん、このガストンさん、本当に凄い鈍感おじさんだ。


「…………」


 ああ、さすがにぴりぴりした雰囲気を感じたのか、ガストンさんも『沈黙は金』で黙っている。


「何よ! ずっと黙ってちゃ分からないでしょう、パパ!」


 は!?

 パパ!?

 何それぇ?

 

 た、確か今、パパって言ったぞ?

 ガストンさんが、レベッカのお父さんなの?

 まさか、お小遣いをくれる血のつながらない特別な『パパ』じゃあないよね?


 俺がそんなくだらない事を考えていると、ガストンさんがそっと俺の脇腹をつついて来る。

 「お前、フォローしろよ!」っていう暗黙のサインである。

 いや、……それはちょっと無茶振りでしょう。


「ええっと……」


 俺が口篭ると、レベッカは「びしっ」とガストンさんを見据えた。


「パパ!」


「は、はいっ!」


「悪いけどリゲルを借りるわよ、ケンの訓練用にするから」


「え?」


「もう!」


 遠回しに言った真意が伝わらず、いらっとしたらしいレベッカ。

 彼女は、いきなりガストンさんの手を引っ張り、連れて行ってしまう。

 そして、少し離れた所で密談を始めてしまったのだ。


 優しそうな父と気の強そうな娘は、何やら揉めているようである。

 普通なら聞こえない声が、俺の人間離れした聴覚で、その模様を捉えてしまう。


「いや! この訓練に、半人前のお前達だけで行かせるわけにはいかん」


 どうやらレベッカは訓練にかこつけて、俺とふたりきりになるべく画策したようである。

 しかし魔物や肉食獣がバンバン出る物騒な世界で、半人前の女狩人とデビューしたての村民だけ行かせるわけにはいかないと主張しているようだ。

 村の保安担当としては、至極真っ当な判断である。


 しかし、レベッカは引き下がらない。


「大丈夫よ! さっきも言ったけど私はもう1人前。それに危ない場所には絶対に行かないから」


「駄目だ!」


 ガストンさんは、首を縦に振らない。

 当たり前である。

 レベッカは正攻法が通じないと見ると、作戦をがらっと変えて来た。


「パパ! さっきのリゼット見た?」


「あ、ああ……」


 俺へ、親しげに手を振っていたリゼット。

 そんな俺とリゼットの間柄は、普通には見えない。


 ここでレベッカは、ずばっと『直球』を投げ込んだ。


「ケンとリゼットがこのままくっついても良いの?」


「え?」


「そうなれば私は当分独身で、パパが欲しがっている孫の顔も当分先になるよ」


「う!」


 ううむ孫ねぇ……

 おじいちゃんと呼ばれてみたいベテラン男の願望を、見事に突いた攻撃である。

 それにしても……凄い会話だ。


 更にレベッカの波状攻撃は続いている。


「今日ふたりきりになって、彼との仲を進展させておかないと! そうじゃないとリゼットどころか、クラリスにも遅れを取るわ。そのうち、ミシェルだって本腰を入れて動き出すだろうし」


「…………」


 あらら……黙り込んでしまったガストンさん。

 これは落城寸前だ。


「パパ、それでも良いの?」


 とどめのチェックメイト!!!


 俺の頭で幻の声が響いた瞬間、ガストンさんは「がくっ」と項垂れていたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る