ファイナルラウンド1

 決勝戦当日。


 ついに、ついに……この日がやってきた。全世界の妹達の頂点を決める、最強の妹が誕生する、この日が。


 それだけじゃない。今日はマユにとっても特別な日なんだ。


「マユ。リラックスしろ」


「う、うん。そそそ、そうだね。お、おち、おちちゅかないと!」


 マユは控室で、飲みかけのココアを震えながら飲み干した。


 まあ、リラックスしろだなんて無理な話か。たださえも人見知りが激しくて、恥ずかしがりやな子だからな、マユは。


「う、うううう。どうしよう……恥ずかしいよ……怖いよ……」


 それも、今日は決勝戦。世界中の注目が集まる。試合だってテレビの中継が入るし、勝っても負けても全世界に坂崎マユの名は知れ渡る。


「マユ、ごめんな。緊張するなだなんて言わない。リラックスしろとも言わない」


 オレは、震えるマユの右手に自分の右手を乗せた。


「お兄……ちゃん?」


「お前はお前の戦いをすればいい。この世界にはお前とマリア・ルイベルの二人だけ。そう思え。外野は関係ない。坂崎マユの妹としての力を、お前のすべてをマリア・ルイベルにぶつけるんだ。今はそれだけを頭に入れておけばいい」


「ん、うん……でも……もし負けたらって思うと……」


 なおもマユの震えは収まらない。


 オレは重ねた右手を離すと、マユの頭を優しくなでてやった。


「負けても気にするな。オレはお前がこの決勝の舞台で戦う姿が見れれば、それで満足だから」


「お兄ちゃん……」


「それに負けた時の心配なんか必要ない。お前は勝つ」


「どうして……そう、思うの?」


「オレの妹だからだ。オレの妹が負けるわけない。こんなに可愛い妹が負けるかよ。お兄ちゃんが今までウソついたことあるか?」


「ある。5歳のとき、マユのおやつ勝手に食べた!」


「え?」


 あれ、そんなことあったっけ?


「7歳のとき、マユのお人形壊したの、ウソついてたでしょ!」


「あ、あれは……」


 まずい。逆効果だった!? ていうか、未だにそんなこと覚えてるのかよ。


「ウソつきお兄ちゃん! でも……優しいウソもいっぱいついてくれた。いつかお兄ちゃんのお嫁さんになるっていったときのこと、覚えてる?」


「あ、ああ」


「マユは覚えてるよ。『オレがマユをお嫁さんにして、幸せにしてやる』って。マユね、すっごく嬉しかったよ?」


 そういえば、そんなこともあったかな。


「でも、お母さんに本当のこと聞かされて、兄妹じゃ結婚できないって言われたとき……気付いたんだ。お兄ちゃんはマユを傷付けないために、優しいウソをついてくれたんだって」


 いや、あれは本当に知らなかっただけなんだけど。


「だからね、そんな優しいお兄ちゃんが大好きなの」


 マユの震えが止まった。


「マユ、勝つね。お兄ちゃんのために」


 顔を上げたマユはすでに可愛い妹ではなく、戦士だった。


『これより決勝戦を開始します。選手の方は特設会場までお越しください。繰り返します――』


 アナウンスが終わると、マユは静かに立ち上がった。迷いも憂いも恐れもない。


「行って来い、マユ」


「うん!」


 マユの背中がドアの向こうに消えるのを見届けると、オレも会場に向かおうと腰を上げた。


 そして……運命の決戦が始まる。

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