第一試合 VS義妹戦
「あら? マユじゃない。奇遇ね、こんな所で」
「え? あ……リコちゃん?」
控え室に入ってすぐ、マユと同じ中学の制服に身を包んだ少女が声をかけてきた。どうやら、マユの知り合いらしい。
ショートカットの髪と、気の強そうな瞳の可愛い子だ。マユとは対照的だな。
「あなたもキングオブシスターズに参加していたのね……」
リコちゃんは、細い瞳でマユを値踏みするように見ていた。
「リコちゃんこそ……でも、どうして? リコちゃん確か、一人っ子だったはず。参加資格は『妹』であることが条件なのに」
「フフ。マユ。あんたは何も知らないのね。いいわ、教えてあげる」
その瞬間、リコちゃんは挑発的に笑った。まるで、その質問を待っていましたとばかりに。
「ママが再婚したの。新しいパパには息子さんがいて……私、義理の妹になったのよ」
「なん……だと!?」
義妹。後天的に追加される特殊技能だ。血の繋がらない兄妹というのは、それだけで妹力の強さがハンパではない。
「まさか、最初の相手がマユだなんてね。言っておくけど、手加減しないわよ」
「リコちゃん……そんな、やだよ。マユ、リコちゃんとは戦えない。だって、お友達なんだもん」
マユが弱気になってうつむいた。オレが声をかけようとしたが、恐るべき速さでリコちゃんがマユの胸倉をつかんだ。
「ふざけないでよ! あんた、妹舐めてるの!? 私がいくら望んでもできなかった血の繋がったお兄ちゃんを、あんたは持っているのよ!? キングオブシスターズで戦うのは、全妹の義務であり、使命よ! 友達である以前に、私たちは、妹なの。ここにいる以上は、戦わなければならないの」
「リコちゃん……」
「手加減なんかしたら、許さないから。私は……本気であんたを殺しにいく。妹の誇りにかけて」
リコちゃんは言い終わると乱暴にマユを離し、オレに頭を下げて走って行った。ちょっと乱暴だけど、礼儀正しい子だ。
「マユ。覚悟を決めろ。戦うんだ」
「うん……マユ、頑張る……」
マユはそう言ったが、まるで覇気がない。戦う前から気迫で圧されている。これでは本番が心配だ。
「とにかくマユ。
「うん」
オレは控え室を出て、マユを待った。
キングオブシスターズでは、規定の戦闘服が3種類用意されている。
赤の制服。白の体操服。黒のスク水。
選手はこのいずれかを着用して戦わなければならない。ただ、この3種はジャンケンと同じ三すくみとなっており、制服は体操服に強く、スク水に弱い。体操服はスク水に強く、制服に弱い。スク水は制服に強く、体操服に弱い。といった具合だ。
相手が何を着てくるかはまったく解らない。運の要素もあるのが、このキングオブシスターズの特徴でもあった。
ちなみに一度だけ、試合中にコスチュームをチェンジできる。けれどそれは全大会を通して一度のみで、実行する選手はほとんどいない。その場で着替えるのはあまりにリスキーだからだ。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「ん」
控え室から出てきたマユは赤い制服に身を包んでいた。スカートはチェック柄で非常に可愛らしい。
「似合ってるよ、マユ。とっても可愛い」
「え!? そ、そう? 嬉しいよ、お兄ちゃん」
もじもじと、恥ずかしそうにスカートの端をつかんで赤くなるマユに、オレは抱きつきたい衝動に駆られた。
「マユ、悪いけどこの勝負。あんたの負けよ」
「リコちゃん!?」
突然背後からリコちゃんがやってきて、マユの横に並んだ。
その姿を見て、不安が大きくなる。
「黒のスク水……だと?」
制服と相性の悪い、スク水。妹力に若干の補正がかかるのだが、それに加え、リコちゃんは義妹という特殊技能を持っている。
この勝負、危ういか?
「とにかくマユ。まずは落ち着くんだ。そして、いつも通りの自分を発揮しろ。そうすれば、お前が負けることはない。お前のことはオレが一番良く知っている。オレの言葉を信じろ」
「うん。お兄ちゃんのいう事なら、信じられる」
『第一試合に出場される選手は、A会場までお越しください。繰り返します、第一試合に出場される選手は――』
会場アナウンスが流れ、マユはびくりと震えた。
「さあ、行って来いマユ」
「ねえ、お兄ちゃん。お願いがあるんだけど……いいかな?」
「ん? 何だ。何でも言っていいぞ」
マユは手を後に組んでモジモジと恥ずかしそうにうつむいた。
「えっと……ね? その……」
「ん? 何だ。トイレか。しょうがないヤツだなー。12歳にもなって、一人でいけないのか」
「ち、違うよ! トイレじゃないよ……お兄ちゃんのバカ!」
マユは真っ赤になって、オレの胸をぽこすか殴った。ダメージは0に等しいが、オレのHPはどちらかというと、回復する。
妹に照れ隠しで殴られるのも……アリだな。
「ハグ、して欲しいの。お兄ちゃんのぬくもりをお守り代わりにしたいの」
「なんだ、そんなことか。ハグだけでいいのか?」
「うん。ちょっとでいいからお兄ちゃんを感じていたいの……」
「お、お前。それはけっこう勘違いされちゃう系の発言だぞ」
「もう、いちいちうるさい!」
「うを!?」
むぎゅっと。ほんの一瞬だったが、マユはオレに抱きついてきた。
……おお、色々成長したなマユ。お兄ちゃんは嬉しいぞ。
「補給完了! 行ってくるね!」
「おお、行って来い」
さて。オレも観客席に向うか。
観客席から眺めるリングというのも、また絶景だ。リングは普通にボクシングとかプロレスとかと変わらないが、中で戦う選手の華やかさはそれと比較にならない。
いや、比較してはいけない!
妹と妹の戦い。熱く萌えるバトルが、あのリングで繰り広げられるのだ。
『ただいまより、第一試合、坂崎マユ選手VS山田リコ選手の試合を開始します。選手は入場してください』
「マユ……!」
観客達が沸騰したやかんのようにうるさく吼えあがる。
歓声にひるみながらも、マユはおそるおそる、仔猫のように足場を確かめながら入場してきた。
それに対し、リコちゃんは堂々としたものだ。
二人はリングに入ると、しばらく見つめ合い……直後――ゴングが鳴った。
先制攻撃をしかけたのは、リコちゃんだった。スク水の運動性能を活かし、リングを跳ねるように跳躍する。
その高さ、およそ3メートル。妹力で身体能力を強化しているのだ。
「マユ、あんたのことは昔から気に入らなかったのよ!」
セリフとともに、拳を放つリコちゃん。マユはそれをとっさのところでかわし、リコちゃんの拳は轟音とともに、リングに大きな穴を空けた。
「ハナから全力ってわけか……リコちゃんは本気だぞ、マユ……」
マユはまだ緊張しているのか、荒い呼吸を整えながらリコちゃんとの距離を一定間隔で保っていた。
「あんた、それでも妹の端くれなの!? やる気がないなら、さっさとリングを出てお兄ちゃんに泣きつきなさいよ!」
リコちゃんの連続攻撃が始まる。左右の拳をえぐるように交互に放ち、マユのガードを削っていく。
「う、うぅ……」
一方のマユは、ガードするのが精一杯で、反撃の余裕がない。
――まずい。
これでトドメとばかりに、リコちゃんが肉付きのいいお尻を半回転させ、回し蹴りを放った。
それは、見事なお尻だった。いや、蹴りだった。
「いいぞ、リコちゃん! ナイスヒップ! スク水は最高だぜ!」
オレは無意識のうちにそう叫んでいた。
同時に、周りの観客たちから睨まれた。
ギャラリーが怖くてスク水が見れるか! オレは決して負けない!
「どっちの味方なの、お兄ちゃん!」
ダウンしたマユは、即座に立ち上がると観客席のオレに向って叫ぶ。
「オレは基本お前の味方だが、同時に全国の夢見る青少年の味方でもあるのだ!」
「な……お兄ちゃんのバカーーーー!」
マユは顔を真っ赤にし、オレに向って叫んだ。その瞬間、マユの妹力が急激に跳ね上がる。
今までマユをセーブしていた枷が外れたのだ。この勝負……勝ったな。
「マユ! じゃまな拘束具を外せ! お前の本気を見せてやれ!」
マユはスカートの下のフロンティアに視線をやると、脱ぎ始めた。いや、断っておくが下着じゃない。非常に残念ではあるがな。
脱いだのは黒いオーバーニーソックス。
それをマユはリングの外に放り投げた。拾って匂いをかぎたいであろう諸兄らには悪いが、それは無理だ。なぜなら――。
「な!?」
リングの外の地面に穴が空き、もくもくと土煙が立ち昇っている。その中心には、マユのオーバーニーソ。
「総重量、100キロ。これで少しは早くなる。オレの妹は……これからだ!」
場内が黒いオーバーニーソに釘付けの中、マユの視線はオレに注がれたままだった。
それでいい。
マユは小さい頃からオレの背中に隠れて、気の弱い引っ込み思案な子だった。
これだけの大勢の前で、それも、親友を相手に実力を発揮できるはずがない。
お前の力を引き出すために……オレはあえて悪になろう。別にスク水が大好きな変態兄貴というわけではないのだ。
「あの食い込みがたまらん! 素人にはわからんかもしれんがな!」
オレは無意識のうちにそう叫んでいた。
同時に、周りの観客たちから睨まれた。
やはりマユは顔を真っ赤にしたままで、オレを睨んでいる。
お兄ちゃんを独占したいと思うその嫉妬心こそが、お前を縛り付ける理性の鎖を解き放つ。
見せてみろ、マユ。そして教えてやれ、マユ。昨日今日妹になったばかりの女の子に、妹のなんたるかを。
「な、なによ! ちょっと重たい靴下はいてたからって、そんなもので私を止められるわけ、ないじゃない!」
リコちゃんは自分に言い聞かせるようにそう叫ぶと、空を舞った。スク水の黒いシルエットが、まるで上空から獲物を狙う鷹のようだ。
上空からの強襲。
スク水の女の子が空から降ってくるって……誰得だよ? オレ得だよ!
まあ、オレの一人突っ込みはともかく、リコちゃんの拳がマユめがけて、振り下ろされ――。
「その首、取った!!」
盛大に空を切った。すでにマユはその場にいない。
「え? ど、どこにいったのよ! マユ! 出てきなさい!」
「リコちゃん、マユならさっきからずっとここにいるよ」
突如リコちゃんの背後に現れたマユ。リコちゃんはまったく反応できず、マユの放った拳をお腹に受けた。
「う!?」
「ごめんね、リコちゃん。手早く終わらせてもらうね」
まるで人が変わったように冷静なマユの声が、リコちゃんを動揺させる。
「早く終わらせて、お兄ちゃんにお仕置きしないといけないから」
へ?
「調子に、乗らないでよおおおお!!」
リコちゃんの妹力が急速に高まっていく。
「ずっと、ずっとあんたが羨ましかった。一人っ子だった私にとって、お兄ちゃんは憧れだった。いくらお父さんとお母さんに頼んでも、リコはお姉ちゃんにしかなれないのよ、って言われてすごくショックだった。サンタさんにも手紙を出したわ。今年のクリスマスプレゼントはお兄ちゃんをくださいって! そしたら! そしたら、その日から私はお父さんとお母さんから引き離されて、一人お部屋で寝るように言われたの! ひどい仕打ちだわ! 今でも理由が解らない!」
もうちょっと大人になれば理由がわかるだろうな、リコちゃん。
「そんな絶望の日々を過ごす中、私にもお兄ちゃんができた! 義理だけど、お兄ちゃんなの! 今日は応援に来てくれなかったけど……お兄ちゃんのために勝つって約束したんだから!」
右手に赤い光が収束していく。
「リコちゃん……」
マユはリコちゃんを同情するような瞳で、じっと見ていた。
「だから、負けられないのよ! あんたにはああああああ!!」
放たれる赤い閃光。それは光の刃となって、マユに襲いかかった。
「食らいなさい、マユ。これが私の
超妹技!! まさか一回戦から拝めるとはな。
超妹技は妹力を一気に開放して繰り出す必殺技だ。妹になって日の浅いリコちゃんが、ここまでできるとは!
「ごめんね、リコちゃん」
リコちゃんの放った赤い光の剣。それは、マユの人差し指と中指に挟まれ停止していた。
「マユは……マユも、負けられないの。マユもお兄ちゃんと約束したんだ、最強の妹になるって」
バリン、と音がして、リコちゃんの剣は棒アイスを割ったみたいに、真っ二つになる。
「わ、私の渾身の一撃が……」
「リコちゃんじゃ、マユに勝てないよ」
今度は、マユの番だ。マユの右足に青い光が集まる。
「だって、歴史が違うもの。積み重ねた思い出も、可愛がられた記憶も、すべてにおいて、マユには12年と11ヶ月の、妹としてのキャリアがあるんだからー!」
「やれ! マユ!! お前の妹力を見せてやれ!!」
そこから先はまるで、分身の術みたいだった。
超高速で連続蹴りを放つマユ。残像のようにマユが10人いるみたいだ。
リコちゃんは弄ばれながら、蹴り上げられ天へ昇っていく。
そして、トドメの一撃。
「これで決めるよ。リコちゃん」
リコちゃんよりさらに上空へ飛び、思い切りかかとを上げるマユ。
マユの超妹技――
妹力を足に集約し、音速の域まで達した蹴りによる超高速コンビネーション。ラストはかかとを死神の鎌のように振り下ろす必殺技だ。
「うそ……マユに、こんな力があるなんて……!!」
「ごめんね、リコちゃん」
マユのセリフと同時、リコちゃんにトドメの一撃が繰り出された。
同時に、クマさんがスカートの下からコンニチハした。
「ひゃ!?」
マユは必死にスカートを押さえ、防御しようとするが、落下の風圧でスカートはめくりあがり、男子にとって心躍るシチュエーションだ。
いやまあ、だって。かかと落としなんかしたら、まる見えだよ、マユ。その必殺技をやるときは大抵ショートパンツかスパッツの時だったろ、お前。
「見ないでくださあああああい!!」
マユは地球に落下する隕石のように、真っ赤になって落ちてきた。
一方のリコちゃんはリングに墜落し、ぐったりとしたまま動かない。
「リコちゃん!!」
マユは無事着地すると、一目散にリコちゃんの下へ駆け寄り、抱き寄せた。
「マユ……強くなったね、マユ。私、結局マユには敵わなかったなあ……は、あはは……」
「リコちゃん……」
「でも、勘違いしないでよ。これで負けたわけじゃないんだから……次のキングオブシスターズで、もっともっとおにいちゃんと仲良くなって、あんたを倒してやるわ」
「うん……また、戦おうね。リコちゃん。私たちは、妹である前に友達なんだから……」
マユはリコちゃんと仲直りしたようだ。やれやれ、だな。
まったく、ヒヤヒヤさせられる。まさか初戦でいきなり
今年のキングオブシスターズはハイレベルな戦いになりそうだ。
――とはいえ。マユにはもう一段階上がある。最強の妹は、オレのマユだ。
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