第18話 オトヒメ

エビフリャーは座礁していた。


フカヒレの後を追って安全な進路をとっていたはずなのだが、酒の匂いがしたとたんチヅルは失見当識になってしまい迷走した結果だった。



「これはこれは、蛟竜こうりゅうだけではなく玉女ぎょくじょまでかかるとはまさに天運」

捕らえられ連行されたチヅルと斗真の前に現れたのは気味の悪い老人だった。

「生け贄を調達しようとしていたところでね、ちょうどいい」

嬉々とする老人のかたわらには首に鎖をつけられた陰気な小鬼がうずくまっていた。

「ほぉ、二人ともこれが見えるか」

二人の視線の意味するものは老人にしかわからなかった。


「まだこれからいろいろ尋問しませんと」

兵が舐めまわすような目つきでチヅルを見た。

「それは楽しみなことだな。だが蛟竜への供物だ。壊さないでくれよ、ヒヒヒ」

いやらしい笑い声をもらした。


チヅルが不安に身をすくめる。

ふと小鬼が顔をあげ斗真と目が合った。

『……』

何事かつぶやいたようだ。

(助けてほしいの?)

小鬼は小さくうなずく。

(でもぼくらも捕まっているんだ)

小鬼は顎をあげて首輪を見せた。

斗真は少し逡巡してからクォーブの形を変える要領で意識を集中した。


小鬼の首輪が消えその形相が陰鬱なものから凶悪なものに変じ体がゴリラのように膨れ上がった。

老人と兵たちが小鬼、今は大鬼に殴り倒されてしまう。

「すげぇ」

物理的に殴ったというより拳が通り抜けたあと昏倒したようだった。

「斗真くん……」

チヅルが震える声で名前を呼んだ。

こんなときでも舌足らずな口調は緊張感を欠いてしまう。

「チヅルさん見えてる?」

「うん」

「声は聞こえる?」

「聞こえない」

チヅルには聞こえない鬼の声が斗真の頭の中には響いていた。

「この爺さんは方士で長い間こき使われていたそうだよ」

「方士?」

「日本の陰陽師みたいなもんだよ」

「襲ってこない?」

「わかんない……」

「逃げよっか」

「うん」

チヅルは手錠の鍵を兵の鍵束からさがしはじめた。


「あ」

「どうしたの?」

「たぶんオトヒメの声」

斗真は窓から外をうかがった。

渦巻きの中心から竜が頭をもたげていた。

「やばい!」

斗真はチヅルの腕をひっつかんだ。

「逃げるよ!やばい、やばい!」

ぐらりと足元から衝撃が突き上げた。

地震だった。



建物の外へ出たところで津波が押し寄せてきた。

チヅルには竜が上陸する様が見えていた。

斗真は竜が軍事施設をなぎ倒すのを目撃した。おそらく普通の人間には波に呑まれたように見えただろう。

チヅルと斗真は波に運ばれるように沖へと流されていった。


いつの間にか人魚の群れが寄り添うように泳いでいた。

チヅルは近くの人魚の顔を見て唖然とした。

サキナそっくりだったからだ。

よくみればチエコにイク、ヒトミなどシーキャットのクルーに似た人魚ばかりだ。

もしかしたらと探したら自分と瓜二つの人魚が斗真を支えるようにしていた。

しかも上半身裸で!

「ち、違うんだ!」

斗真は真っ赤になって叫んだ。

「こいつらが勝手に化けたんだ!」


空から降りてくる物があった。

シーキャットの水中発射式飛行ドローン〈イカ天〉だった。

『今から救助します。お待ちになって』

イカ天がサヨリの声で喋った。


~~~~~


「ブルートライアングルの基地は三つとも壊滅状態だそうです」

APTO艦隊に参加しているアメリカのイージス艦からの情報を〈ケルベロス・パック〉の旗艦、原子力潜水艦〈サーベラス〉は受け取っていた。

「で、ヒルコBはどうした?」

艦長のゴーマンはブルドックのような頬をふるわせた。

「不明とのことです。引き続き調査を……」

「ゴーマン艦長!」

ソナー手の顔色が変わっていた。

「量子ソナーをご覧ください」

量子ソナーは潜水艦なのでソナーと言い習わしているだけで原理はシーキャットの量子レーダーと同じものだ。

モニターには全長30メートルを越える東洋の竜が映っていた。

「このドラゴンの前を潜行しているのは例の日本のシーキャットか?」

「そうであります」


~~~~~


シーキャットの発令所には入れ替わり立ち替わり量子レーダーのオトヒメを見物しようと少女たちがやって来た。

「クォーブは合体したり分裂したりするんです」

斗真は自分が観察し考察したことを披歴していた。

「そうしてゴーストのように大きくなったものは知恵がつくのか会話できるようになります」

「なにを話すの?」

「えー、こんにちは……とか」

「それってただの挨拶じゃん」

水雷科のアキが呆れる。

「でも話題とかないし。無口な連中だし。そういえばさっきの鬼はよく喋っていたな。人間と長く暮らしていたからかな?」

「目に見えないだけでそんなのが街をうろついているの?」

スカート付きのやはりスクール水着に着替えた副長のユウは相変わらずのロリ体型だ。

「まあよく見かけるかな。ただ壁を通り抜けたりできないみたいで必ず隙間からスルッと入ってきます」

「うーっ、やだやだ想像したくない」

「まれに人間に危害を加えるのもいるみたいだし」

鬼を思い出していた。

「ここからは推測だけど、そうやってどんどん大きくなってったものがニンゲンとか、あるいは神様とよばれる存在かもしれません」

「ね、斗真くんは神様に会ったことあるの?」

チエコの黒目がちな瞳がキラキラ輝いていた。

「いえ、ありません」

「なーんだ残念。色白にしてくれるようお願いしたかったのに」

「鬼ならさっき会いました……ゲ……ど」

小鬼がマリの膝の上に乗っかり無邪気な顔で斗真を見上げていた。

(嘘だろ!ついてきちゃってるよー!)


「そういえばどうして突然津波がおきたの?」

「さあ、それは……」

『戦いが始まって酒を捧げるのを忘れたから怒ったんだよ』

小鬼がキーキー耳障りな声で話しかけてきた。

『それまでは方位術だか禹歩うほだか知らないがあちこち酒をまいて迷路を作っていたんだけどね』

(知らないふりをしていよう)

『ねえ聞いてる?あれは酒癖最悪だよ』


「サヨリさんアメリカの原潜サーベラスのゴーマン艦長とかいうのから通信です」

ミツがツインテールをもてあそびながら振り返った。






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