第17話 ケルベロス・パック②
震電改が急上昇から宙返りをする。
4門の機銃をぶっ放し大空を我が物顔で飛び回っていた。
「ファハッハッハ!これからは遠隔操縦の時代じゃ!」
フライトシュミレーターからご機嫌な声があがった。
「これなら脳溢血の心配もないじゃろ!」
『では敵機を出します』
「よーし、掛かってこい!」
もう一機震電改が現れた。
しかしあっさり後ろをとられ撃墜されてしまう。
「むむむ、もう一回!」
撃墜、再戦、撃墜、再戦、撃墜……この繰り返しだ。
シュミレーターのドアが開きパイロットの老人が不機嫌な表情をのぞかせた。
「百回対戦して一勝もできんとは設定がおかしくないか!」
「お言葉ですが元帥閣下これが現代の無人戦闘機の実力です」
若い
「わしの技量が劣っているとか震電改の性能が悪いわけではないのか?」
「閣下の空戦技術はたいしたものです。でも同じ機体なら今やエースパイロットでも勝てません」
その言葉に元帥と呼ばれた老人は少なからずショックを受けていた。
「時代はそこまで進んでいたのか……」
「人間が人工知能に勝てる分野は少ないかと」
「潜水艦もか?」
「おそらく」
~~~~~
「これより〈ニンゲン〉あらため〈オトヒメ〉の救出作戦を開始します」
サヨリが宣言した。
オトヒメという命名は名前を気にしていたヒトミの発案だった。人の意思を読む能力があるならなるべく穏やかな呼び方にしようということだった。
エビフリャーに乗り込むチヅルと斗真。2人乗りの潜行艇は前が操縦席で後が航行アシスタントだが後席はオマケのようなものだった。
「チヅルさん、元帥ってもしかして
斗真は日本の
「あらよく知っているわね」
元木帥直、いわく最後の帝国海軍、いわく政界の黒幕、齢百歳を越える妖怪じみた人物だった。
この男が世間に知られるようになったのはまだ中国やイギリスが分裂する前の時代、尖閣諸島をめぐる領土紛争のときだった。
当時中国の海警艦が大型化し海警2901号など1万2千トンクラスものが配備され1千トンの巡視船では対抗できなくなっていた。海上保安庁最大の〈しきしま〉でさえ9千トン。
標準的な護衛艦が5千トンクラスであることを考えれば体当たりに特化した船ともいえる。
もちろん武装もミサイルや魚雷こそ積んでいないものの軍艦なみの主砲に対空兵装まで備えていた。
だからといって警備船に軍艦を派遣するのははばかられ日本は対応に苦慮していた。
そこへ元木帥直が特攻船をかき集め船団を組織して駆けつけた。
特攻船といっても体当たりをする船ではない。違法な漁業を行い、取り締まりが来たらパワーボート顔負けの大馬力エンジン数基をふかして逃走する漁船の異名だ。
元木はこれに魚雷発射管を2門左右に装備した魚雷艇として中国の漁船団を蹴散らした。
もっとも実際に使用したのは機関銃で魚雷発射管はダミーだった。
大型艦ほど魚雷を避けにくいため海警艦はうかつに接近できないという大型化を逆手にとった戦術だった。
漁船団は逃走し万事うまくいったところで想定外の事態が起きた。
海中で爆発したような音と泡、そして油と残骸が浮かんできた。
それを拾い上げた元木はブチ切れた。
自衛官の家族写真であった。
日本の潜水艦が撃沈されたと悟った元木は写真を胸に、特攻船を全速力で海警艦の船尾にぶつけた。舵をやられた海警艦は僚船に曳航されて引き返し、元木は重傷ながら奇跡的に救助された。
逮捕された元木は「義勇軍である」と発言し、これは多くの国民の支持を得た。
すでに隠然とした勢力を持っていた大物右翼であったが、出所後はさらに影響力を拡大させ、特に海運、船舶、造船を牛耳るにいたり政財界は顔色をうかがうようになり海軍にもシンパが増えた。
「つまりシーキャットは義勇軍?」
「うーん、ちょっと違うかな。わたしたちはみんな元木の
「え?」
「典型的な女系家族よねー」
斗真はあいた口がふさがらなかった。
「いや、だからって女の子にこんな危ないことをさせるのは……」
「斗真くんだって空母に乗っていたでしょ」
「それは……」
「シーキャットはね
「零戦?」
天才少年の理解が追いつかなかった。
「大戦初期は圧倒的性能で敵を寄せつけなかった戦闘機よ」
「つまり今のところは無敵?」
「そう、最新技術をかき集め、このアドバンテージを最大限に利用するために建造された竜宮型0番艦よ」
チヅルはCカップの胸を張った。
「チートでTUEEEなうちに海洋連合を排除して〈SIIB〉の野望を打ち砕くという魂胆なわけよ」
『おしゃべりはそこまで。衣付け終わったわよ。発進準備よろし?』
サヨリの声が届いた。
「了解!エビフリャー発進します!」
整流カバーが開きエビフリャーが船名の由来となったポリマー・マスカーの衣をまとってシーキャットをあとにする。
行先はオトヒメが閉じ込められているブルートライアングル。
水深が浅くシーキャットでは近寄りがたいためエビフリャーの出番となったのだ。
すでに水先案内のフカヒレが先行していた。
~~~~~
シュウはケルベロスに遭遇していた。
新たに殷級3隻を引き連れてシーキャットを捜索していたところまたデータにない潜水艦を発見し戦闘が始まった。
敵艦は4隻。通常動力艦3と原子力潜水艦1だ。
「これが噂に聞くケルベロス・パックか、相手にとって不足なし」
シュウは不敵な笑みを浮かべた。
遠く離れている原潜は無視して無人潜水艦から潰すことにした。殷級と連携して魚雷、シクヴァルを発射した。
無人艦が応射するがデコイはなく通常の魚雷のみだった。
「なぜデコイを射たねぇ」
すぐにその疑問は解消された。無人艦は小さな
有線での誘導はここまでだった。追尾能力のないシクヴァルはコントロールを失ってすぐに崖にぶつかり爆発しまう。
幅の狭い海溝に逃げこむなどまったく予想外だった。サイドソナーを駆使しても簡単にこれを抜けられるとは思えなかった。
が、無人潜水艦の操艦技術はシュウの想像の上をいっていた。
ホーミング魚雷も爆発の余波と海溝の乱反射のため敵艦をロストしてしまいやはり岩壁に接触、爆発してしまったようだ。
一方で無人艦の放った魚雷も有線誘導を切られ自力で索敵を開始した。
艦底からプレーリー・マスカーの泡の幕を張り魚雷が通り過ぎるのを祈る乗組員たち。
「やっぱり欺瞞は効かんか」
近年魚雷の高性能化は防御側より数段進歩していた。少なくとも〈信天翁〉登場までは。
逆鱗砲が魚雷を打ち砕いた。
「魚雷発射音!」
息つく暇もなく警告が発せられる。
「ちっ、後手にまわったか」
早くも海溝を抜けた無人艦が再び攻撃を仕掛けてきたのだ。
ここが決断のしどころだった。
回避行動を開始したらもはや魚雷は射てない。
魚雷発射は静止中もしくは直進中に限られるのだ。攻撃するなら今しかなかった。
「野郎ども全速で逃げろ!」
先手をとりそこねた以上は三十六計逃げるに
殷級に命令をくだしながらもシュウは信天翁をとどまらせ魚雷を発射させた
無人艦に回避行動をとらせて細い光ケーブルの誘導ラインを切断し、自律のホーミング状態になったところをおびき寄せて破壊する算段だった。
しかし無人艦から新たに魚雷が放たれ撃ちこんだ魚雷はことごとく迎撃されてしまった。
艦船相手の魚雷は爆発したあと水圧で爆縮する。このとき艦船からのはね返りが反対側にヘソのような凹みを作る。
そして縮みきったバネが反発するように再び膨張爆発するのだがヘソを突き破って艦船側の一点に全破壊力が噴出する。
バブルパルスという現象だが魚雷はそのために火薬などを最適化されている。
かたやアンチ魚雷の場合対向する魚雷を破壊するため最初の爆発が最大の効力を発揮するよう二段階、三段階にわけて爆発するようになっていた。
さらに三つの人工知能とソナーにより連携された百発百中の精密誘導である。
壁になるつもりだったシュウの目論見ははずれてしまう。
その時シュウの研ぎ澄まされた勝負勘が危険を察知した。
「ダウン一杯!最大戦速!」
予感は当たった。すべての魚雷がコースを変えて散開しはじめた。明らかに信天翁のみを指向しており逆鱗砲の有効範囲にすべてをおさめることは不可能だった。一本でも当たれば信天翁は海の藻屑だ。
無駄としりつつ信天翁は偽装音を発するデコイ、目くらましのアルミ箔チャフ、泡の塊のナックル、ノイズを発生させる音響魚雷をばらまきなりふり構わず逃げた。
「海底を這え!」
無茶な操艦を要求する。
「魚雷発射、海底を吹っ飛ばせ!」
九蓮宝灯がシュウの脳裏をよぎった。
衝撃波が襲いかかり果たして信天翁は海底に激突した。
(いい死亡フラグだったな)
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