⑤<少女2> 『星水と白日』

⑥【ソフィア】


 『星水の間』の壁には自然にできた足場があり、流れる滝の裏にはすんなりと行けた。

 そこからが大変だった。

 レオンさんは魔物がいないって言ってたけれど、変わりに蝙蝠の群れや小さな虫の群れに遭遇する。

 蝙蝠の時はマシューが騒ぎ立て、虫の群れの時は、私が大混乱に陥った。

 危なくまた無意識にワイバーンを連発するところだった。

 すぐ消えちゃうからなんの役にもたたないけれど。


 太く伸びたツタをよじ登り、輝苔カガヤキゴケがびっちり生えた細い道をくぐり抜け、私より細い橋をなんとか渡りきり、這々の体で洞窟内を進み続け、私たちは白日の間へと辿り着いた。


「わー! 太陽だ!」

 日差しが、私の目を眩ませる。

 洞窟の天井が裂け、そこから日差しが差し込んできていたからだ。


 裂けた天井の先に青空が見え、雲が浮かんでいる。


「なんか……空を久しぶりに見た気がする」

「だねー」

 ここはどの辺なんだろう。ノカの周辺は馬車で二日かけないと抜け出せないくらいの森が広がっている。

 ここも森の一部なんだろうけれど、地脈が裂けてしまったせいで、この辺りの木々が無いのかも。

 日差しがたくさん入るせいか、この辺りの床一面が花畑になっている。その匂いに釣られたのか、沢山の蝶々が飛び回っていた。

 『森のノカ』では見たことのない、空と同じ青い色をした羽を持つ蝶だ。青色の鱗粉を振りまきながら、洞窟の中を遊び回っている。私が昔持っていた髪留めのリボンにそっくりだ。


「……道が見当たらないねー」

 マシューの視線に合わせて私も周辺を確認する。

 細い通路を通って辿り着いた広場だったけれど、私たちが入ってきた道以外に進めそうな場所が無い。


 壁はどこもゴツゴツした岩肌で、上が沿った形をしているから素手では登れそうにない。

 まあ、私は大白鳩シェバトがあるから大丈夫だけどね。

 レオンさんは行き止まりって言ってたけど本当にそうだ。


「マシュー、ちょっと地図を出して」

 素早い動きで取り出された地図を確認する。

 地図で見ると、この先に道があり、後はその道沿いに進めばお宝の場所に行けるはずだった。

 けれど道が無い。

「うちにあった隠し通路みたいなのかな?」

 あの王子様が出てきた部屋に繋がっている、隠し通路だ。

「それだとどうしようもないよ。私らじゃ壁を壊せないし」

『……ねぇ、この四角い部分がこの辺りなんだよね』

 頭の上に居るメフィスが口を挟んでくる。

「そうよ。私たちの青い点があるでしょ?」

 この花畑のある広場もそう見ると四角形をしている。間違い無いと思う。


『このお宝への道って……四角形のちょっと上の方についてない?』

「ちょっと上?」

 メフィスの鼻先を見ると、確かに四角い壁の少し上からその先へと繋がっているように見える。

「ええっと、私たちが来た通路がコレだから……あの辺?」

 地図を頼りに、壁の一部を指差す。

「……あっ!」

「あー、アレか……」

 壁の一部が裂けて、水が流れている。かなり高い位置にあって、登れそうにないけれど人一人分くらいは入れそうな裂け目だ。


「出ろ! 大白鳩シェバト!」

「うわっビックリしたぁ!」

 突然の魔法に飛び上がって驚くマシュー。けれど、すぐに目を輝かせながら私の背中を見つめる。

「すっげー! 大白鳩シェバトだ! ねぇちゃんが出したの?」

「そう。自由自在に動かせるよ。これで、あそこまで行くわよ」

 騒ぎ立てるマシューを抱きかかえ、いつものように意識を集中させる。


「行くよ! 危ないから、絶対動かないでね!」

「うん!」

 大白鳩シェバトが大きく羽ばたいた。


「……」

「……」

「……飛ばないね」

「……飛ばない」

『重すぎるんだろうね』

 羽ばたくだけで一向に足が地面から離れない。ってか私は脇から浮力を感じているから、単純に大白鳩シェバトの力不足なのだろう。

「子供一人分くらいで飛べなくなるの!? もっと頑張りなさいよ!」

 背中の方で、大白鳩シェバトが変な鳴き声を上げる。

『あんまり酷使すると可哀想だよ。この大白鳩シェバトも頑張りすぎて酷い顔しているよ』

 メフィスの言葉を受け、私は大白鳩やくたたずをしまう。


「どうしよう……私だけ行って取ってこようか?」

「嫌だ! 一緒に行く」

 だよね。私だったらここまで来て置いてきぼりとか絶対嫌だもん。

 なんとかマシューを連れてあそこまで登る方法は……。


「ね、ねぇちゃん……」

 梯子とか? でもあの高さまで届きそうな梯子とか、私は見たことないし……


「ねぇちゃん! 後ろ!」

 私が先に行って、あそこから洗濯紐を降ろすとか?

 ……洗濯紐で登れるのかな? だったら縄梯子……あ、縄梯子は見たよね。この洞窟に入る時に見た。……けど、上に結べるところがあるのかな?


「ソフィア! 後ろを見て!!」

「うん?――ひっ!?」

 マシューに突っつかれ、後ろを見ると、花畑の中央に人影が見える。

 ううん、人影と錯覚してしまったけれど、それは違う。

 あんな毛むくじゃらで、色取り取りの鬣を持った人はいない。

 あんなに、大きな、長い鼻を持った人間はいない。


 そいつは、広場で舞う蝶を捕まえては口に放り込んでいた。

 長い爪で素早く突き刺し、次々に口の中に放り込んでいる。


 毛並みは白く、両手両足に赤青黄と派手な太い毛をなびかせている。

 二足歩行で、身体は大きく、私の三倍はあるかもしれない。

 顔は狼のそれだった。けれど手足と同じく、原色の長い毛が口周りを覆っている。


 狼の化け物がこちらを見た。私たちの姿を確認した。

 首回りの毛が広がり、遠吠えが辺りを反響していく。


『シーカーガル……あれは、厄介だ』

 メフィスの忠告が終わると同時に、狼の化け物は、その大きな姿を消し去った。


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