④<少女1> 『洞窟探険』

⑤【ソフィア】


「宝探しねぇ。……正直、助けを呼びに戻ってもらいたいんだが、言っても行くんだろう」

 レオンさんの言葉に、私とマシューは迷いなくうなずく。


『僕も正直、早いところ魔族を倒しに行ってもらいたいんだけど』


「コレが終わったらちゃんと行くから!」

 メフィスの言う事はもっともだし、本当はこんなことしている場合じゃないんだろうけど、これだけは譲れない。

 だって、お宝が近くにあるんだよ。地図付きで。こんな機会逃したら次にいつこられるか分からないよ。

 それに、悪い魔族が人間を滅ぼすには、宝玉オーブが必要とメフィスが言っていた。だったら宝玉オーブはここにあるんだし、悪い魔族も簡単には行動できないと思う。


「まあ、この洞窟には魔物が居ないし、なんとかなるだろう。どれ、その地図ってのを見せてもらえるか?」

 レオンさんの言葉を受けて、マシューが筒から地図を取り出す。光が収縮して、立体の図形が地図の上に浮かび上がる。


「コイツは驚いたな。……確かに、この洞窟の地図のようだ」

 マシューから地図を受け取ったレオンさんが、地図を回転させながら念入りに見つめている。


「……オレがまだ足を踏み入れていない場所がかなりあるな。ここに丸く広がった広場があるのが分かるか?」

 レオンさんが指し示す場所をみると、確かに、丸く広がった場所がある。私たちが今居る場所から遠く離れた位置だ。


星水ほしみずの間だ。オレが名付けたんだがな。先ずはそこに向かうと良い。そこに滝があるから、裏側に行け。……道が続いている。そこからは――」

 レオンさんは「ここを目指せ」と道を指し示す。道をずっと伝っていくと四角形の広場にさしかかった。


「ここが白日はくじつの間だ。行き止まりだと思っていたんだが……この地図を見ると、先があるようだな。後は、オレの知らない場所だ」

 今私たちがいる広場から星水ほしみずの間に、そこから白日はくじつの間へ。

 そこまでたどり着けば、赤い点まであと僅かだった。

 他の道も目で追ってみるけれど、この道を使うのが一番近そうだ。


「ありがとう! レオンさん」

 マシューが無邪気にお礼をする。


「値打ち物なら分けてくれよ。……それと、ちゃんと、……姉さんを助けてやるんだぞ。なんせ、姉さんは――」


「うん、任せて!」

 マシューが大きく胸を張り、レオンさんの言葉は止められた。私が助ける方だと思うけど、まあいいや。



*****



 レオンさんと別れ、洞窟の中をひた歩く。

 立体の地図があるといっても、実際の風景と照らし合わせるのは案外苦労する。

 脇道が出てくる度に、マシューとこっちじゃない、あっちじゃないと言い争いをする。

 そうこうしているうちに、なんとか星水の間へと辿り着いた。


「す、凄い! 凄いよねぇちゃん!」


「分かってるわよ……騒がないの」

 と、言いつつ私も騒ぎたい気持ちでいっぱいだった。

 そこは大きな滝が流れる広間だった。

 私たちの居る足場を貫通して滝が流れ、下の方で地底湖が出来上がっている。その湖の中の壁にも輝苔カガヤキゴケが生えているらしく、薄緑色の光が湖の中から溢れていた。

 壁は輝苔カガヤキゴケ宿主しゅくしゅにして色取り取りのキノコが群生している。

 そして……滝から湖にあたり、はじけ飛んだ水が浮かび上がって、水玉が広場全体に漂っていた。


「ねぇねぇ、なんで水が浮いてるの!?」


『あー、魔界で見たことあるよ、コレ』

 胸に抱えていたメフィスが顔に近づいてきた水玉を鼻ではじき飛ばして答える。


『あの光るコケって仲間のいるところに集まる習性があるみたい。だから水で流れてはぐれたコケなんかは、こうして浮かんで向かおうとするんだって。自分の周りの水を集めながらね』

 よくよく見ると水玉一つ一つに小さい光が灯っている。これが輝苔カガヤキゴケなんだろう。コレが水を集めて、ふわりふわりと飛び上がり、動かしているのだろう。


「じゃあさ、仲間の所まで行ったらどうなるの?」


『他の仲間と一緒に成長できる。この水玉が弾けて他の仲間も潤う。そうやって皆で大きくなっていくんだ』


「じゃあこの水は、他の仲間達へのお土産みたいなものなんだね」


『うん。その通りだよ』

 もし仲間達とはぐれたとしても、水を集めて戻ってくる。そしてその水で仲間達も一緒に成長し、新しいコケが生まれる。

 そうやって何十年も、何百年もこのコケ達は生きてきたんだ。


「メフィス、この水って飲めるの?」

 見わたすと私の拳くらいの大きさの水もある。


『かじる感じで飲めるよ。でもちゃんと残しておいてね。全部だと可哀想だから』

 メフィスの言葉に従い、大きめの水を手に取りかじってみる。かじり取った途端、口の中で弾けてただの水になった。なんか、不思議な感覚。


「美味しい! でも変な感じ」


「ね、変な感じ」

 二人して次々に水玉を手に取り、かじる。口の中で水が弾ける感覚を楽しむ。

 すると、水に刺激されたのか私のお腹がくぅ、と小さく鳴いた。

 ……お腹空いた。

 お昼ご飯も食べずに向かったからだ。マシューのせいだ。

 小さい音だったけど、マシューに聞こえていたらしい。背中に背負っていたバッグを降ろす。


「僕もお腹空いた! ソフィア、ちょっと待ってて」

 バッグをゴソゴソと漁り、見覚えのある缶を取り出す。

 ん? アレってどっかで――


「……ってちょ、それって――」


「干し肉が入った缶だよ。一緒に食べよう!」

 いや、だめだめ。だってそれ――私が――

 マシューが缶の蓋をカコンと開く。その中には……干し肉が二枚入っていた。


 いや、二枚しか残っていなかった。


 マシューお気に入りの干し肉が詰まった缶。

 ホントは中身が沢山あったんだけど……少し前に食べちゃってた。

 ……私が。こっそりと。マシューに内緒で。


「……あ、あははは、どうしたんだろーねぇ」

 私の声だけが響き、その後滝の音だけが響く洞窟内。

 ……あー……マズい。とっても、気まずい。


「――はい、ソフィアの分」

 マシューが干し肉を差し出してきた。――笑顔で。


「あ、え、はぃい!?」

 変な声を出しながらそれを受け取る私。


「メフィスは食べる?」


『僕のこの身体はご飯を食べないから大丈夫だよ』


「じゃあ、僕が食べるね!」

 マシューが缶から干し肉を引き抜き、缶は空っぽになった。


 二人で静かに、干し肉をかじる。

 沈黙が洞窟内を包み込む。


「ソフィア、僕の干し肉、勝手に食べたでしょ」


「ぎくぅ!?」


『分かりやすい反応だね……』

 いやぁ、だってあの時は小腹が空いちゃって、あー丁度いいやってついつい魔が差しちゃってまさかこんなことになるとは思ってもみなかったっていうか――

 あー……。


「ゴメン、食べちゃった」


「いいよ。これ食べたら行こう」


「……アンタ、怒ってないの?」

 また喧嘩になると思ったのに。


「怒ってるよー。でもね、ソフィアがここに来てくれたのが、嬉しいから。こうして一緒に冒険するのが、楽しいから……別にいいんだ」


「マシュー……あんた……」


「あ、でも、帰ったらちゃんと、新しいの買ってね!」


「う、うん。買うよ……ふ、二つ買ってあげる!」


「ホントに? じゃあ、早くお宝見つけて、行こう!」

 マシューが元気よく立ち上がる。

 ごめんね、マシュー。ホントはもっと怒ってもいいと思う。

 あんた、コレ食べるの結構楽しみにしていたし。

 ……クソガキ、馬鹿ガキとか言っていたけれど、本当は私の方がよっぽど子供だよ。


 ありがとう。マシュー。

 アンタきっと、いい男になるよ。

 そんなこと、口が裂けても言わないけれど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る