③<王子3> 『針』


③【ロキ】


 子供の影が俺の剣をすり抜ける。

「なっ!?」

 刀身のど真ん中をすり抜けた子供の影が、シルワに襲いかかる。


 シルワが腕を振り上げた瞬間、煌めく線が影を貫いた。

 音を立て、影が光の粒子に変わり、部屋中に散っていく。


 風を切り裂き、線が駆け抜けていく。シルワが腕を振る度に、影が霧散していく。


「……針か」

 シルワの両手の指、その間から大型の鋭く尖った針が垣間見える。それは、彼女の太股に取り付けられたベルトに固定されていた物で、それを引き抜き、次々に影に投げていく。


「数に限りがあるわ。……見とれてないで、助けてくれると嬉しいんだけど」

 そう言いながら彼女は自らの長い髪に手を入れ、長い針を取り出す。


「……情報専門とか言っていなかったか?」

「暗器は女のたしなみよ」

「つくづく、一夜を共にしたくない女だな」

「つれない言葉は……せめてコレが終わってから言って!」

 髪から取り出した長い針を影に突き刺し、粒子へと変えていく。

 俺も剣を使い、影を切り裂くが、シルワと違い透き通るだけでまるで効果がみられない。

「身体の中に、一点だけ光っている部分があるわ。それを突かなきゃ死なないわよ」

 見ると確かに、影の中に光る一点がある。だがそれは影の中で動き回り、位置が固定されていない。

「これだけ動き回るヤツなのに、良く狙えるな!」

「弱点を突くのは得意な方なの。悶える姿は楽しいわよぉ」

 ええぃ、いちいち発言がエロい。こんな時でもか!

 シルワは飛びかかる子供の影を避け、襲いかかる鋭い爪を避け、影を次々に刺し壊していく。……って

「シルワ! コイツらは俺を狙っていない! 攻撃されているのはお前だけだ!」

「……昔から、子供には好かれないのよねぇ」

 そうだろうな。じゃなくて! 何故だ、倒せはしないが、俺も影を攻撃している。敵意は俺に向いても良さそうなものなのに。


「次から次へと……終わりが無いわね」

 シルワの言う通り、子供の影は倒しても倒しても次々に部屋に入ってくる。

「俺がこの影に攻撃されないのなら……」

 今俺がやるべきことは、影を攻撃することじゃない。

 ……やるべきことは、一つだけだ。


「シルワ! ここに影が出たということは、この建物の近くに本体が居るはずだ! 俺は今からそいつを討ちに行く!」

「……急いでね。長くは持たなそうだから」

 既にシルワが繰り出す攻撃の鋭さが、鈍ってきている。長期戦に慣れていないのだろう。


「俺が戻るまで、死ぬな」

「帰ってきたら……口づけをお願いね。情熱的なのを」

「それは、……やめておく」

「……ほんと、つれないわねぇ」

 光の粒子を生み出すシルワから目を離し、影をすり抜け階段を駆け上がる。

 階段は既に影の子供で埋め尽くされている。このままだと、シルワが本当にマズい。


「待ってろよ、シルワ……」

 本当はキスぐらい構わない。だがな……俺の知る世界では、それは不吉の象徴だ。

 戦いの最中にする約束は、『死亡フラグ』というやつだ。

 だから俺は、約束などしてやらない。

 今から全力を尽くして、この影を生み出す本体を倒す。アイツにできる約束はそれだけだ。


④【ロキ】

 階段を駆け上がり、扉を開く。見わたすと、影の列が部屋の外まで連なっていた。

「学校の避難訓練でもしてるのか!」

 部屋の扉から外に出てみると、廊下の何も無いところから次々に子供の影が生み出されている。

 アレが魔族の魔法だとして考える。

 俺も『魔石』を知ってからは様々な軍団長に会い、実際に魔石を見せてもらい、魔法も使ってもらった。

 その経験から言うと、何も無いところから何かを生み出すのは、魔法としてそう珍しいものではない。

 だが、その場合……ほとんどが、目に見える範囲で発動している。

 つまり本体は、近くに潜んでいるということだ。


「こんなことなら……父上に頼んで、もう少し魔石を貰ってくるべきだったな」

 後悔しても仕方がない。

 今俺の手元には、過去に国王がくれた魔石が一つだけだ。

 魔原石だったものを加工してもらった。

 戦闘用ではないが、切り札の一つとしては使える。これを上手く利用し乗り切るしかないな。


 廊下に隠れるところは無さそうだ。

 物陰に隠れるのだとしたら、瓦礫が散った、集会場だ。

 そう考えた俺は集会場まで走る。だが、動く影は見当たらない。

 あくまでかくれんぼを続けるか。だったら、こっちにも考えがある。


「……見えているか!? 魔族! 今から俺はこの魔石を使い――」

 大きく上に魔石を掲げ、ありったけの声で叫ぶ。

 そして、続けた。


「この建物と、その周辺に、『星を降らせる』! こんな建物、すぐに倒壊できるほどの威力だ!」

 辺りにはなんの反応も無い。俺の出した声の反響以外、物音一つ響かない。

「……いいだろう! 苦しむ間もなく、死ね!」

 掲げた魔石を輝かせる。と、だんっ!と物音が響き、外へ繋がる両扉が激しく動いた。

 かかったな。俺は後を追うため、急いで両扉へと走った。

 馬鹿め。『星を降らせる』? そんな強力な魔法、俺が持ち歩いているわけがない。ただのハッタリだ。

 けれども向こうからしてみれば、嘘か本当かなんて判断ができないだろう。だから、ヤツの選択肢は俺に向かってくるか、逃げるかの二択に迫られる。


 両扉を開くと、『夜のノカ』が作り出す夜景が広がる。薄明かりに照らされる歩道を人影が曲がっていった。

 見えたのは一瞬で、建物の影に隠れて視界から隠れてしまう。

 だが、俺は確実に見た。それは“人影”だった。

 影の子供を生み出す魔法の使い手は、人の姿をしている。


「どうする……? 追うか、戻るか……」

 今ならまだ追いつけるかもしれない。だが、シルワも心配だ。

 ヤツが逃げたことで影の子供は消えたようだが、随分疲れているようだったし、負傷しているかもしれない。


「……あぁッ、クソっ! 恨むなよ!」


*****


 転移盤アスティルミの置かれた地下に降りてみると、そこには俺がマントを被せた女の死体が変わらず置かれていた。

 そしてそこから、少し離れた場所に、それは居た。


 長いブロンドの髪を持つ、色気の強い女。

 先ほどまで俺と軽口をたたき合っていた女だ。


 シルワが仰向けで倒れていた。


 その服に乱れはなく、その表情は安らぎに満ちている。

 その姿は、何よりも美しかった。

 

「……そうか。……綺麗な姿のまま、逝ったんだな」

 俺は、シルワの髪を撫でる。絹のような手触りが俺の心を締め付けた。

「……あのぉ、勝手に殺さないでもらえないかなぁ」

 シルワの大きな瞳が、開かれた。

「蘇ったか。しぶとそうな女だからな……心配はしていなかった」

「ちょっとは心配してよ。いいけど。……綺麗って言ってくれたのは嬉しかったから」

「空耳だろうな。……立てるか?」

「立てない。だっこ」

「調子に乗るな」

 軽口の応酬に、二人、笑い合う。シルワは床に倒れたままだ。……立てないのは本当のようだな。

 ……ったく、仕方ない。


「きゃっ!?」

「ちゃんと俺の首を持て。重くてかなわない」

 シルワの身体と床の間に両腕を差し込み、持ち上げる。丁度お姫様だっこの形だ。

「もうここには碌な情報が無いだろう。戻るぞ」

「……大丈夫ぅ? 私結構、重いけど」

「これでも農作業で鍛えている。心配するな」

 正直に言ってしまうとやせ我慢はしているがな。それを顔に出したら男じゃない。


「……ありがと」

「どういたしまして」

 聖堂出口に向け、歩みを進める。階段を昇り、夜の町へと戻ってくる。

 ふと、シルワを見ると、目を瞑り、顎を突き出していた。

「……しないからな」

「……けち」

「嫌なら自分で歩け」

「それはもっと嫌」

「お前、本当は歩けるんじゃないか?」

「歩けない。あ、宿屋発見!」

「行かない」

「休みたい」

「休まない」

 『夜のノカ』の淡い街灯に照らされながら、二人の軽口は休むことなく続けられた。


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