⑥<少女3> 『シーカーガル戦①』


⑦【ソフィア】


「き、消えた!?」


『しゃがんで!』

 考えるよりも先に身を縮める。頭上を突風が駆け抜ける。

 メフィスは私の頭に居るから、言葉が私の耳にすぐに入ってきていた。だから即座に反応ができた。

 けれど、私の背後に居たマシューは――


「……ふざけんな」

 狼の化け物が、マシューを捕らえていた。毛むくじゃらの大きな手でマシューの身体を握り締め、血走った目を私に向けながら唸り声を上げている。

 マシューは気絶してしまっているようだ。身動き一つしていない。声一つ上げていない。


「出ろ! 『私』!」

 細剣レイピアの先から生み出された“私”は酷い顔をしていた。

 憎しみを込めた目で、シーカーガルを睨み付けている。それはきっと、私も同じだ。


 狼の左右に飛んだ私たちは敵に向け連続で突きを繰り返す。右側と左側からの波状攻撃がシーカーガルの身体に突き刺さっていく。

 威嚇の咆吼を上げ、片腕を振り回すシーカーガル。けれど、そんな攻撃、私たちにあたるはずがない。

 けれど……効果がないのはこちらの攻撃も同じだ。まるで深手を負わせている手応えがない。硬い毛に守られていて、中々シーカーガルの皮深くまで剣が入り込まない。


 負けられない。マシューは、絶対に私が助ける。


 自分の動きは自分が良く分かる。

 上段、下段を使い分け、時に“私”の頭の上から私が突きを繰り出し、時にフェイントを織り交ぜながらシーカーガルの息つく間もない攻撃が続く。


 突如、狼の口が広がり、その長い牙と口の中があらわになる。

 肉色の大きな舌には、先ほどまで食べていた蝶の残骸が汚らしくこびり付いている。輝苔カガヤキゴケも食べたのだろう。喉の奥が淡く輝いている。


 どうやら狼は分身として生み出した“私”に狙いを定めたようだった。“私”が腰を下げ剣を振った瞬間、シーカーガルの長い牙が襲いかかってきた。“私”はそれを自重の動きだけで避ける。けれど、そこで生まれてしまった隙を狙い、狼の爪が振り上がった。


 ――あぶない!

 私は“私”の手を掴み、引っ張る。

 狼の爪が“私”の服を切り裂き、宙に揺れていた“私”の髪を切断する。

 “私”は既に飛び上がっていた。私の手を握ったまま腕を軸に宙を回転する。

 マシューを持つシーカーガルの腕に“私”の剣が突き刺さった。


 けれどやっぱり浅い。

 “私”もそれを感じたのか、自らの手を剣から離す。そして、私に視線を送ってきた。


 ……了解、“私”!

 この局面で、やることは一つでしょ!


 手を離した私は回転し、勢いを付けたまま、剣の柄先を蹴り上げた。

 狼の腕に刺さっていた刀身がさらに深く、めり込む。足越しに剣先が骨まで達した感覚が訪れる。


 狼の咆吼が響き渡り、マシューが地面へと落ちてきた。


 私は“私”と手を重ね合わせ、自分の剣を“私”に放る。

 ――私の愛剣、使って。その間に私は――

 受け取った“私”はうなずき、私の剣を掲げてシーカーガルに向かっていった。


 よし、“私”が狼を引きつけてくれている今のうちだ。

 私はマシューを抱きかかえ、壁の端の方へと連れて行く。


『ふぃ~、振り落とされないのに必死だったよ』

 メフィスののんびりした口調に、滾っていた感情が落ち着いていく。


「よ、よかったぁ……マシュー……無事で良かったぁ……」

 どこも潰れていない。骨も折れてなさそう。気絶しているだけだ。


『奇跡だよ。そのまま食べられていてもおかしくなかった』

 不吉な事を言わないで。……でも、本当にそうだ。

 “私”と二人で戦ったから良く分かる。あの狼、強すぎる。


「……さっきのアイツが消えたのはなんなの?」

『シーカーガルは自分の身体を消すことができるんだ。気配どころか歩く音すら聞こえないから、正直、ちゃんとした対策なんてない』

 やっぱりアレ、消えてたんだ。

 私が初激を避けられたのは、運が良かったわけね。


 ……。


 ……早いし、力も強いし、固いし、その上身体を消せる?

 はっ、


「……そんなのどうやって倒せばいいのよ! 出すならどうにかなりそうなヤツ出しなさいよ!!」


『だから誰に言ってるの!?』

 はぁ、はぁ。叫んだら少し落ち着いた。

 愚痴っててもしょうがない。マシューがここに倒れている以上、逃げるなんて選択肢はできない。

 私がここでやるしかないんだ。

 そう……私が、


「やって――」

 気合いを入れようとした瞬間、私の剣が足元に転がってきた。

 遅れて、べきべきと嫌な音が私の耳に届く。


「……わ、私ぃいいいいい!!!!」

 シーカーガルを見ると、“私”がよい子には見せられないような姿にねじ曲げられている。夢に出てくる光景になる前に、慌てて解除する。


「戦友になんてことを……アナタ、絶対に許さない!」


『キミはホント、分身を碌な目に遭わせないね』

 ごめんね“私”。今度一緒にお買い物行こうね。

 戦友が私に向け、飛ばしてくれたのだろう。その思いを受け取り、自分の愛剣を拾い上げる。


 狼の遠吠えが洞窟内を反響した。


 夢魔法使いの私と、消える狼。その第二開戦が始まった。


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