悠人6 『ブルシャン地下水路』

【ルールー ブルシャン水路】


 ガラハドが雄叫びを上げる度、触手が減っていく。一本の触手が同時に三つに切断されていく。ガラハドの強さはあの早さだと、剣技に疎い私でも思い知らされる。

 長剣を一降りしたと思ったら実はその間に三降りしてました。しかもガードする隙も与えませんとか、魔族でも勝てる人がいるのか怪しいくらいだ。


「流石、一降り三役のガラハドだな」

 ロキも満足そうに頷いてるけれど、この人雷英じゃなかった?なんだか料理が美味しくなりそうな二つ名になってる。良く分からないけど。


「屈辱ですわ……」

 ガラハドから助けられたカロリーヌが復帰して弓を構えている。水とタコの粘液でフード付きローブがベットベトになってるけど体は取りあえず大丈夫そうだ。


「しかし……妙だな」


「あ、ロキも気が付いた?」


「ああ……タコと女。春画に描かれる程のモチーフなのに、実際に見るとグッと来ない」


「うん? あぁ……ごめん、それは気が付いてなかった」


「それはそれで腹が立ちますわね!?」

 半分以上理解出来ないロキの発言に流石のチャラ導師も引いている。


「冗談は置いといて、触手が減らないな」

 言われてみればそうだ。さっきからガラハドがズバズバ切ってるし、水の残った水路の床に切断されたタコの腕が大量にウネウネと動いている。

 でも最初見た時と触手の量が変わってない。いやむしろ増えてる気がする。奥の方に少しだけ見えてた胴体も触手の物量ですっかり隠れてしまってる。

 普通タコの足は八本だ。それに添うなら今頃はとっくに胴体のみになっててもおかしくないはずなのに。


「再生してる?」

 私の答えにロキは首を振る。


「再生も可能性あるが、明らかに増殖している。考えられるのは実はタコじゃないか、二匹以上いるかもしくは……」


「それ全部とか?」

 エメットがローブを翻し、腰から棒状の武器を取り出した。二本に分れたそれを一本に合体させる。

 ガラハドの猛攻から抜け出した触手が、 エメットと私に襲いかかってきたからだ。

 早い、避けられな――


「ルールー、お前の存在を『許可する』」

 鞘抜きの音を響かせ、腰に携えていた剣の先を床へと突き立てた。

 白い光が剣から溢れ、球状に広がった。それは瞬時に大きくなり、半球状の淡い光が私達を包み込む。

 私に向けて飛んで来た触手が淡い光に当たりまるでそこに壁があるかのように弾き飛ばされた。


「あ、ありがとう」

 触手は私達への攻撃を諦めたのか、ガラハドを狙って暴れ回っている。

 ロキが床から剣を抜くと、白い光は霞のように消え去った。


「気にするな。礼はしてもらう」

 ロキは剣を鞘に戻し、落ちていた触手を眺めている。


「つれないなぁ、僕も入れてくれていいのに」

 エメットも先ほど出した棍棒みたいな武器で触手を撃退したらしい。


「男の触手責めなんて人生で見たくない光景ナンバーワンだ。頼むから捕まるなよ」


「同感だね。でもどうする? キリがないよ」

 その間にも触手は増殖し、なんとかガラハドを捕まえようとうねりを上げている。カロリーヌも光る矢を打ち続けているが、相性が悪いのかかなり渋い顔をしている。


 ガラハドは相変わらず猛攻を続けていたけれど、流石に最初の頃の勢いが減っている気がする。


「ところでルー子。この水路、生活用水なんだよな?」


「うっ! ……言わないでもらえたら嬉しかったなぁ」

 このウネウネを通った水。私はそれを毎日美味しく飲んでたのか……そう考えるとだいぶんテンションが下がる。


「普通の生活用水路ならば、異物がなるべく入らないように配慮された設計になっている。こんな馬鹿でかいモンスターが自然に入ったとは考えがたいな」


「でも実際にいるけど?」


「これも昔の魔族がやったんじゃないかってこと?」

 エメットの発言にロキは頷く。


「万が一でも、水を抜いた水路に人間が入った時用のトラップ……そう考えるのが妥当だろう」

 よりによってこんな気持ち悪いの選ばなくても。何考えてるんだご先祖様。それでどれだけ人間のことが嫌いなんだ。


「ルー子に襲いかかってきたということは、このモンスター自身は魔族と人間の区別はしていない。となると何処かにコイツを止める為の仕掛けがあるはずだ」


「何処かって言ってもなにもなかったけど……」

 私の言葉にロキがニヤリと笑みを浮かべる。


「あったじゃないか。怪しげなところが。……行くぞ、ルー子」


「え!? ちょ、どこに!?」

 ロキに脇で抱えられて連れ去られる。来た道をそのまま戻り、水飛沫を上げながら走っている。そしてすぐに目的地に辿り着いた。


「さっきの小部屋……? なんにもないけど……」

 さっと見渡しても異常は見当たらない。見た時と同じように椅子と机が置いてあるだけだ。


「そうか? 俺はここに来たときからおかしいとは思ってた」

 ロキは私を抱えたまま部屋の中央へと歩く。そして机を軽く叩いて言った。


「本来ならば水で満たされているはずのこの部屋に、なんで椅子と机を置く必要がある? しかもご丁寧に足を固定してまでな」

 私はロキに持ち上げられ、椅子の上に置かれた。


 しぶしぶ椅子に座った途端に目の前の机が輝き、中心がパカリと割れて魔石がせり上がってきた。円い魔方陣のような台に置かれ、眩い光を放ってる。


「ビンゴだな」

 ロキが魔石に触れた途端、その光が途絶え、ここまで響いていた戦闘音がピタリとやんだ。


        ****


「『魔操の魔石』か『乱心の魔石』だろう。レバーを引くことで発動して、魔族があの椅子に座らないと止められないようになってたと。用意周到なことだ」


「ほんとに魔族の為に作られた水路なんだね」

 ロキと私二人で置いてきた三人の元へと戻る。落ち着いてみるとかなりの数の触手が散らばってる。まだ動いている個体もあって気持ちが悪い。それに紛れて大きな巻き貝がいくつか転がっていた。


「突然触手がこの中に戻っていきましたわ。なんだったんです?」


「大型のアンモナイトみたいなモンスターだろうな。多分まだ生きてるからあんまり刺激しないほうがいい」

 ロキの言葉に貝をつついてたカロリーヌが一気に飛び下がる。触手にそうとう懲りたらしい。


「行きましょう。先ほどから強い力を感じます」

 あれだけ動き回っていたガラハドは息一つ切らさずに街へと繋がる暗闇を見つめている。

 これでやっとブルシャンに戻ってこれる。魔族の皆は無事だろうか。

 私達はこうして水路を後にして、魔族の街ブルシャンへと侵入を果たした。


 街のどこからか、空が張り裂けそうな獣の咆哮が聞こえてきた。

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