ノエル15 『魔族の喫茶店』


「……やっとついた。ってか、ここって」

 商業区から住宅区を抜けて、行政区の隅っこ、大きな建物と建物の間に挟まるように、そのお店はあった。

 お花で飾られたチョコ棒みたいな柵を抜けて、あめ玉をそのまま大きくしたような水晶で飾られた道を進むと小さなお店が見える。クッキー生地みたいな外壁で三角の屋根にビスケットみたいな屋根材が敷き詰められている。まるでお菓子の家そのままだ。


 行政区で働く魔族向けに出店された、喫茶店……お茶屋さんだ。


 石けんかすひとつ残らずにお洗濯物を洗い流せる子がいる。そう目を輝かせながら両翼を羽ばたかせるエアの口車に乗ってしまい、プルプル漬けの魚が沢山詰まった箱の配達を手伝わされてしまった。

 風魔法で書かれたヨレヨレの地図をたよりに向かってみたところ、このお菓子の家みたいな喫茶店にたどり着いたのだ。そして私はこの喫茶店を知っていた。


「いらっしゃぁい。あれぇ~、ノエルだぁ」

 扉を開くと、カウンターの中にいた背の低い青毛の女の子が私に気がつき、翼を振って私を出迎えてくれる。そのまま翼を羽ばたかせ、私の近くまで飛んでくる。

 人間で言う肘から先が翼、膝から下が鳥の足になった女の子、ハーピー種のハピネルちゃんだ。


「久しぶり。元気?」

「うん~。ハピネルはいつでも、元気だよぉ」

 間の抜けたようなゆったりした返事が帰ってくる。元気とは程遠いけれど、ハピネル特有の話し方を聞いて安心する。

 近くにあったテーブルにプルプル漬けの箱を置くと、ぽんぽん、と音を立てて箱の周りに魔法生物が現れた。頭の上に大きな花を咲かせた丸いカブに小さな手足がついたような生物だ。

 五匹ほど現れた丸いカブは器用に協力し合いながら箱を持ち上げてカウンターまで運びだす。


「そっかぁ、今日はプルプル漬けが届く日だもんねぇ。ノエル、エアちゃんのお手伝い?」

「うぅん、私は私でここに用事があったんだけど、ついでにって言われて、都合良く使われちゃった」

「今日のエアちゃん、忙しいのかなぁ? でもね、ハピネルはノエルに会えて嬉しいよぉ。お客さんもいないし、暇だったの。何か飲むぅ?」

「うん、紅茶……かな? プロロ豆って入ってきてるの?」

 プロロ豆とは向こうの世界で言うコーヒー豆みたいな立ち位置の物だ。

 煎じて砕いてお湯で抽出した黒い液体を熱いうちに飲む。


「ううん、プロロ豆はねぇ、苦すぎてウェンディちゃんがあんまり好きじゃないんだって」

「えぇ……私、結構好きなのに」

 すっごい甘くして飲むけれど。

 翼を羽ばたかせてカウンターの中に入っていったハピネルを見送りながらカウンターの椅子に座る。すぐにさっきの丸いカブが現れ、頭の花に乗せていた水の入ったコップを置いて消えていく。

 ハーピー種のハピネルが操る『花』魔法だ。好きな場所に好きなお花を咲かせて、自在に操ることができる。ハーピー種はセイレーン種のエアと同じで、手が翼になっているから日常生活はとても不便だ。けれど、花魔法を器用に使いこなしていてそれを全く感じさせない。

 ぱっと見、セイレーン種とあまり区別がつかない見た目をしているけれど、エアと仲の良い私は簡単に区別がつく。

 人間で言う指先から肩まで翼になっているのがエアの種、セイレーンだけど、ハーピー種は肘から先が翼になっている。

 あとエアは下半身全部が鳥だけど、ハピネルは膝から下だけが鳥になっているので、太股とかお尻とかは人間と変わらない。

 今日のハピネルは水色のワンピースを身に付けていて、スカートの下から鳥の鉤爪が見えている。毛色や瞳が青色だからやけに似合っている。


 そうこうしているうちに、紅茶の入ったカップを乗せたいばらが私の前に伸びてきて、コトンとカウンターテーブルの上にカップが置かれる。相変わらず器用だ。


「あ、ありがとう。それで、ウェンディちゃんは?」

 紅茶の香りに心を落ち着かせた私はお店の中を見わたす。天井は高く取られていて、日光が沢山入ってくるように、天窓がいくつもついている。

 壁も柱にも植物が巻き付いていて、花が沢山咲いている。天井からも植物が入ったお皿が吊るされていてそこからツタが伸びていた。

 なにか、森の中に入ったかのようなお店だ。


「ウェンディちゃんは焼き菓子の配達に行ってるよぉ、えっとぉ、どこだったかなぁ……水質、水質なんとか場ってところ?」

「水質調査管理場?」

「そう、それ~ もうすぐ帰ってくると思うよぉ」

 エアのツガイ、リレフの働いているところだ。そうこうしているうちに天井からキイ、と小さな音が聞こえ、バサバサと白い翼を持った女の子が店の中に入ってきた。


「あっれー、ノエルじゃん。珍しーね。どうしたの?」

 腰のあたりから生えた真っ白な翼が特徴的なイーリス種のウェンディだ。

 セイレーン種やハーピー種と違って、人間でいう両手がある。足は鉤爪になっているけれど、鳥要素はふくらはぎの辺りから。もこもこしたロングブーツを履いているような見た目だ。

 髪は長い金髪で、人間でいう耳の辺りからもう一対の小さな翼が生えている。


「やっほ、ウェンディ。ちょっと相談事があって」

「相談事? まぁた、フィリーと喧嘩でもしたの?」

「今日は違うよ。実は――」

「あ、ちょっと待っててね。先、お花に水あげるから」

 ウェンディの腰から生えた白い翼が広がると彼女の周辺に大量の水玉が生まれる。渦を巻いて広がった水玉は壁や柱にあたって弾け、霧になって植物たちを潤していく。


「あれって本物の植物なの?」

「そそ、戻るときに見たら、ちょっと元気なかったからね」

「お花なら私が出すのに、ウェンディちゃんは本物の方がいいんだってぇ」

「ハピネルの魔法に頼ったら、ずーっと出してなきゃなんなくなちゃうでしょ? そんなのしんどいでしょ」

「たいしたことないよぉ、頑張れば街中をお花まみれにできるんだよぉ」

 それはしないでもらいたいかなぁ。大事件になっちゃう。

 ともかくとして、今の水玉はウェンディの『水』魔法だ。自分の周りに大量の水玉を出して飛び散らすことができる……うん、なんか嫌がらせ以外にあまり使い道が浮かばない魔法だけど、とにかくそんな魔法。


「おまたせ。それで? 今日はどうしたの?」

 カウンターに降り立ったウェンディが私に向け、にこりと微笑んだ。



「お洗濯ね。面倒っちゃ面倒だけど私はそう考えたことがないかな。洗濯板でゴシゴシするのは腰にくるけど」

 カウンターの中で、紅茶をすすりながらウェンディが言う。


「ハピネルは面倒かなぁ……。お花に洗ってもらっているけれど、力がないから全然キレイにならないの。それにお花が嫌がるから石けん使えないんだよぉ」

「じゃあ、頑固な汚れとかどうしてるの?」

 私の質問にハピネルは翼で頭を掻き出す。


「あんまり酷いと捨てちゃうけど、ウェンディちゃんにお願いしたりするよぉ。ウェンディちゃん、干すのも上手だから」

 あらかじめ石けん水につけておいた洗濯物を洗濯板でゴシゴシした後に、物干し糸にかけて大量の水玉をかけ続ける。そして軽く絞ったあとにお日様にあてて乾かす。

 水魔法の使い手のウェンディが言うには、お洗濯の手順はこんな感じらしい。


「汚れてはないけれど、臭くなってきた雑巾とかおしぼりだとかはハピネルの方がいいよ。フワフワになるし、お花の匂いが付くから」

 水につけておいた洗濯物を沢山のお花で擦って、大きめの食虫植物の口に咥えさせとく。 びしょびしょのままだけど、植物の口から少しずつ水を吸わせていくんだって。良い匂いがして、布をフワフワにさせるエキスを出すお花が水の中で擦れあうから乾いた後の洗濯物はどれも良い匂いが残っているらしい。

 花魔法の使い手のハピネルが言うには、そんな感じ。みんなバラバラだ。


「私が昔いた世界……んっ、昔見た本の世界には、お洗濯を全部ほったらかしでやってくれるきか……あー、ま、魔法みたいなのがあったの。そんな魔法を使える魔族に心辺りはない?」

 荒唐無稽な私の話に、目をぱちぱちさせる二羽。


「そんな都合の良い魔法なんてあるの? 大体、ノエル。仮にそんな凄い魔法使える魔族がいたとして、どうするつもり?」

「で、弟子入りするとか……」

 魔族の寿命は長いから、百年くらい頑張れば同じ魔法が使えるようになるかもしれないし。


「でもね、ノエル、もう炎魔法使えるんでしょ?」

「うん……お洗濯にはまっったく役に立たないけれど」

「いくら頑張っても、魔族は幼体の時に決めた魔法属性しか使えないよ。そりゃ絶対じゃないけれどさ」

「それは分かってるけどさぁ……」

 どの魔族も、子供の頃って好奇心旺盛で色々始めたりするものだけど、魔法に関しては別。どれが一番自分に合っているのかを身体が分かっていて、自然とその魔法を使い出すんだって。

 私とフィリーの場合、お母さんの影響が大きいけれどね。赤ちゃんの頃からキレイな炎魔法を沢山見せられたし。

 とにかく、リレフみたいに魔法が使えないって例外はあるけれど、基本的に魔族は一属性の魔法しか使えない。だから、魔族はその自分の使える属性の範囲中で生活を便利にするために頑張っているんだ。

 けれど、例外はあるらしい。お母さんが言っていたけれど、遠い昔は沢山の魔法属性を使いこなしてた魔族だっていたみたい。

 可能性がゼロじゃないなら、挑戦したくもなるよね。


「でもね、ハピネルはぁ、そんな魔法使える魔族もいてもらいたいかなぁ。そのほうが、夢があるよぉ」

「夢って……まあ私もそんな魔法使えたら嬉しいけど。お洗濯の時間がほとんどなくなるってことでしょ? 一生ついてまわる事なんだから、全部勝手にやってくれる魔法があったら私も覚えたいよ」

「今はね、エア含めて四羽とも全然違う方法でお洗濯してる。だったら、もっと効率の良いお洗濯をしている魔族がいてもおかしくないと思うんだ。……それこそ、魔法一つ使えば、全部じゃなくてもほとんどの工程を魔法がやってくれるとか」

 ハピネル、ウェンディが同時にうなずき、私に向け、顔が近づいていく。


「それを聞いて、私たちが真似できるようなことなら……」

 ウェンディの言葉を繋ぐように私も大きくうなずき、続ける。


「私たちはお洗濯から解放される!」

「よっし、分かった! 私たちも効率の良い魔法使ってお洗濯している魔族がいないか探してみるよ! いい? ハピネル!」

「うんうん、じゃあハピネルはぁ、お客さんが来たら聞いてみるね」

「私は配達の時、さり気なく聞いてみるね」

「ありがとう。じゃあ、私は図書館に行って過去の文献にいいのないか調べてみるね」

 一週間後、またこのお店で。そう私たちは約束しあい、その日は解散となった。


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