魔法の洗濯機

ノエル14 『お洗濯』


 ―― 魔法の洗濯機 ――



「あぁ! めんどーーーーくさい!」

 お風呂場で泡まみれになりながら大量のお洗濯物を風呂桶に叩きつける。お風呂場だけど、ちゃんと服は着ているよ。今日の私はちょっと大きめなティーシャツを羽織って、下は短パンを穿いている。相変わらずどちらも真っ白。上下どちらも泡だらけになっている。


 魔族に生まれ変わった私の家庭は四人家族だ。お父さんにお母さん、私と私のツガイ、フィリーの四人だ。

 四人家族ともなると、毎日お洗濯物はそれなりに出る。フィリーとお父さんはほぼ毎日上半身裸だからたいしたことはないけれど、お母さんが問題だ。黒と白と赤の服ばっかりのくせに、オシャレ好きとかなんなんだろう。

 なんで一日に三回下着ごとまるっと着替えたりとかしてるのよ。洗う私の身にもなってよ!


 お母さん自身が服を作れるのもあって、家には沢山の洋服が眠っている。

 お母さんは気ままにそれを着て、ぽぽいと洗濯物置き場に放り込む。一度着たらお洗濯しないと二度と着ない。

 その上にここ最近、雨が続いていたから洗濯物置き場が大変なことになってしまったのだ。


 そして、久々に晴れた日の朝、私は絶望を感じ取りながらお洗濯物と格闘していた。


 ただでさえ、お母さんの着る服は無駄な装飾が多い。なんかトゲトゲした金属とか、コサージュっぽい花飾りだとか、ドクロが繋がったようなチェーンとか。

 それを全部取り外して、ひとつひとつ、痛まないように丁寧にタライと洗濯板で手洗いしているんだよ。気が遠くなる作業だよ。なんの拷問よ。


 魔族の街には水道も下水道もあるから、まだマシだけどこれが川で洗濯とか井戸水でお洗濯とかなったら諦めていたことだろう。多分、腰が持たない。

 曲がった金属の筒の上に取り付けられた宝石に手を当てると、筒から水がちょろちょろと流れてくる。その水に石けん水につけてもみ洗いしたパーティドレスをあて、石けん水を流していく。少しずつ少しずつ、服から泡が抜けていく。ある程度泡が取れたら型が崩れないように慎重に絞ってまた水を含ませる。


 ……『すすぎ』と『脱水』を繰り返す。


 ……。


「お洗濯機が欲しい!! なんでこの世界、魔法があるのに、こんなに不便なのよ!」

 前の世界で何気なく使っていたけれど、全自動洗濯機は人類最大の発明だと思う。

 だって、こんなのネットに入れて放り込んでおけば、手洗いコースのボタンひとつで終わっていたんだよ。

 あとは漫画でも読んで待っていれば全部洗濯機がやってくれていた。

 それが今や、腰痛と闘いながら洗濯板使って、必至にゴシゴシゴシゴシ擦っている。どこの昔話のお婆ちゃんだ、私は。


「き、決めた……」

 私は心に決めた。もうこんな生活耐えられない。

 折角魔法が使える世界に生まれ変わったんだよ。このまま現状に甘んじていたら絶対ダメだ。この世界は沢山の魔法がある。だったら、こんなことしなくてすむ魔法だってあるかもしれない。

 そう、私は、私は――!


「私は絶対、『お洗濯』魔法を覚えてやる」

 泡だらけになりながら拳を握り締める。

 どこからか絶対無理って声が聞こえてくるけれど、やる前から諦めるのなんて絶対にダメだ。

 不可能を可能にしてみせる。そう、私の……素敵な魔族ライフのために!



「お洗濯ー? そんなの桶に水と弱めの竜巻入れとけばいいじゃん」

 鳥の下半身、両腕が翼になったセイレーン種のエアが風魔法で竜巻を出し、それに焼き菓子を乗せてクルクルと回しはじめる。

 洗濯魔法を覚える。その決意を胸に秘め、お洗濯を終わらせた私はまずは現状把握だ、と思い友達のエアの部屋で、熱い思いをぶちまけていた。


「そんなの無理だよ。私、風魔法使えないんだよ」

「魔族は得意な魔法属性が生まれた時から決まっているもんねー。私は風魔法でほんと良かったよー」

 風魔法が得意なエアはお掃除、お洗濯、お料理と家事全般全てに風魔法を使ってこなしている。エアのお父さんなんか、自在に熱風が出せるらしく、乾かすのもしわを伸ばすのもお手のものらしい。いいなぁ、風魔法。


「でも、確かに、炎魔法は使い道が難しそうだよねー。ノエルのお母さんとかどうしているの?」

 お母さんかぁ……。若いころは「服は使い捨てだぁ!」とかのたうちまわってたらしいけれど、今はさすがにそこまでじゃない。


「普通に私と同じようにお洗濯しているよ。お料理の時は分身したりしてるけれど、下手に炎魔法で作った自分を水につけちゃったりすると、水が沸騰したりするんだって」

 洗濯物を沸騰したお湯につけるとか、生地がすぐに傷んじゃいそうだ。


「うーん……ノエルのお母さんがそうして洗っているなら、それが一番いい方法なんじゃない?」

「そうなんだろうけど、違うの。私はね、桶の中に放り込んだら勝手にお洗濯物を洗ってくれて、すすいでくれて脱水してくれる魔法を探しているの!」

「なにその夢みたいな話。変なお話読みすぎだよ~」

 そんな夢みたいなことをしてくれるのがある世界にいたの、私は。


「でも、洗うのはともかく、勝手にすすいでくれて、脱水してくれるのは嬉しいかも。すすぎ面倒だし。びしょびしょのお洗濯物を乾かそうとするとカピカピになっちゃうし。他の子とかどうしてるんだろうねー」

「他の子か……」

 そういえば、お洗濯どうやってやってるのかなんて聞いた事なかったかも。

 炎魔法の使い手の私は、洗濯板で一生懸命やっているけれど、風魔法の使い手のエアは竜巻で洗っている。

 他にも一工夫している子もいるかもしれない。その子らの話を聞けば、夢のお洗濯魔法への道が開かれるかも。


「私、ちょっと聞いていってみるね。今、暇そうな子って誰かいるかな?」

 魔族の街に住む魔族達はそれぞれに仕事を持っている。

 昼間からぷらぷらしてるのは私くらいなものだ。……いや、まあお母さんの作る服の材料集めとかはしてるんだけどね。


 エアも普段は一階に構えたお店でお魚を売っている。今はお昼休みだからいいけれど、もうすぐ戻らなきゃいけないはずだ。


「うーん……あっ、そーだ!」

 頭に電球が光ったような顔をして、エアは急にニヤニヤしだす。なにその顔。嫌な予感が凄いんだけど。


「ノエルぅ~、イイ子紹介するから、……ついでにお願いしていい?」



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