ノエル13 『答えあわせ』


――『ねぇ、そろそろ答えを聞かせてよ』

 ニヤニヤ顔の精霊ニンフ達が馬鹿にするかのように私たちの周りを飛び回る。


――『絶え間なく力が湧き出る愛がある。とこしえに見目麗みめうるわしい空がある』

 答えは分かった。分かったけれど……。


「……どうした? ノエル。答え分かったんだろ?」

 中々口火を切らない私に、痺れを切らしたのかフィリーが困った顔を見せる。

 分かってる。分かっているよ。

 けどさぁ……。いや、いいんだけどさぁ……。


「フィリー、あのね。今から私は謎かけの答えを言うけれど、これは、問題の答えなだけだからね」

「……?」

 いやまあ、そういう反応だろうね。言っている意味が良く分からないだろうね。


――『君らには、難しすぎるのかな?』

――『諦めて、帰りなさい』

――『断罪の崖の合わせ鏡になりなさい』

――『人も魔族も所詮は小物。ことばの知恵に頼る者なのだから』

 半分以上訳が分からないけれど、煽られているのは確かだ。

 なんか聞いているとムカムカしてくる。


 ……ああ、もういいや。なるようになれ。


――『ならば、これが最後』

――『絶え間なく力が湧き出る愛がある。とこしえに見目麗みめうるわしい空がある』

 ちらりとフィリーを見つめ、覚悟を決めた私は、うなずき、伝えるべき言葉を纏める。


 この精霊ニンフは性格が悪い。


 この問題は難しい。そう思わされたことが罠だった。


 簡単に分かる問題を、わざと難しく言ってるだけなんだ。


 発想を逆転すればよかったんだ。


 ただ、逆なだけなんだ。


 だったら、逆に言う。


「……見目麗みめうるわしき女は愛を抱き、男は力強く空を駆ける」

 愛は力になるし、空は綺麗だ。それは当たり前のこと。

 そう、当たり前のこと。


 魔族にとって、当たり前のことを言っているだけ。


 魔族にとって当たり前なことは――


「愛を抱く美しき女は私、『サキュバス種』。空を駆ける力強い男はフィリー、『グリフォン種』。あなたたちは、私たちの特性を混ぜて話しただけ……」

 精霊ニンフたちはニヤニヤと私たちをみつめている。


 フィリーが優しげな瞳で私を見つめている。私のことを信頼してくれているのだろう。

 いいよ、答え、この精霊ニンフに叩きつける。


「ふたつの種が混じり合う関係、それは、魔族にとって一つの絶対。……魔族にとって、当たり前のこと。……答えは私たち、――『ツガイ』だ!」

 ぽんっと、私の前に小瓶が現れた。

 咄嗟に両手で器を作り、落ちても大丈夫なように小瓶の真下に沿える。

 光の粒を広げながら、小瓶はゆっくりと落下し、私の手の平に収った。


――『賢きヒト・・よ。美しき魔族よ。無事に答えを導き出したお前に授けよう。持っていくがよい』

 小瓶は、フィリーと一緒に酒場で見たままの物だった。

 精霊の霊酒。幻の『精霊の涙』が、私の手の平に乗っていた。


「あ、ありがとう……」

――『礼には及ばないよ。それを持って立ち去りなさい』

――『ただし――』

 精霊ニンフたちは変わらずに、ニヤニヤと私たちをみつめている。

 風がざわざわと通り抜け、木の葉が奏でる森の喧騒が広がっていく。


 ぼこり、ぼこりと花壇の土が盛り上がり、緑色に染められた尖った木の幹のようなものが至る所で生え始める。


――『苗床が血肉を欲しておる。奴らを諫めて、いくがよい』

 まるで、海から陸に上がるかのように、土の中から木の幹が生まれ落ちた。それはいばらが巻き付いた狼のような見た目をしていて、花のつぼみのような角を二本生やしている。 背中には昆虫の羽根を生やしていて蜂の群を思わせる羽音が広がっていく。


「てめぇら、約束がちげーじゃねーか」

 私の前に立ったフィリーが拳を構え、狼たちの動きに意識を向けている。


――『言ったはずだよ。“私たちは”なにもしないってね』

――『苗床はこの大地の意識よ。私たちとはなぁんにも関係ないわ』

 くすくす、くすくすと笑いが広がっていく。


「本当に性格悪い……」

「ちっ、しゃーねぇ、ノエル。このままさようならって訳にはいかなそうだ」

「……だね」

 両手を白く輝かせる。今の私の魔力は満タンだ。いくら向かってきても、炎魔法で返り討ちにしてやる。


 ぼこり、ぼこりと狼の幹たちが生まれ、私たちに狙いを定める。

 いつの間にか囲まれてしまっている。既に数えるのが難しいほどの狼の幹に囲まれている。


「……いくよ。フィリー」

「おう。援護は頼んだぜ!」

 そう、魔族はふたりで一つ。『ツガイ』の私たちなら、こんな狼たちに負ける訳がない!


 狼たちが空を覆っている。フィリーがその身体を引きちぎり、向かってくる狼を私が燃やしている間にも、二匹、三匹とどんどん狼たちが生まれ出る。


「き、キリがない!」

 燃やした途端に土に戻って消えていってしまう。そして新たに生まれた狼が私たちに牙を剥く。

 狼にたかられたフィリーが、つぼみの角を掴み、回転して地面に叩きつけた。即死したのだろう。狼は土に戻り、その場所から新たな狼が生まれる。


「……まじーな、ノエル。コイツらオレらが倒れるまで生えてくるつもりだ」

「だね。……どうしよう」

「やるっきゃねーだろ!」

 鉤爪が狼の身体を引き裂いた。空から、土の中から襲いかかる狼に鉤爪を突き立て、蹴りつけて力任せにぶん投げる。私も負けずに火炎弾と火柱で噛みつこうとしてくる狼を黒焦げにしていく。


 けれど、終わりは突然やってきた。当然のように訪れた。


 服の裾を噛みつかれた私は狼に強く引っ張られ、バランスを崩す。その隙を突き、別の狼が私の身体に体当たりしてきた。


「ノエル!」

 土の上に倒れこんだ私に、狼がのしかかる。狼の鋭い牙が、私の頬に狙いを定め――

 吹き飛んでいった。慌てて駆けつけたフィリーの蹴りに助けられた私だったが、代わりにフィリーが狼に噛みつかれていく。


「フ、フィリー!」

 脚に、腕に、翼に狼たちが噛みついていく。フィリーも回転しながら狼を地面に叩きつけているけれど間に合っていない。

 マズい。フィリーに向けて火炎弾はうてない。

 このままだと――フィリーが、フィリーが……!



 魔獣の咆哮が空に広がった。



 この声は――、知ってる。これは――、この鳴声は!



「フィリー! 目を閉じて!」

 慌てて叫び、両目を閉じながら頭を下げる。


 瞼の裏に閃光が広がった。


 続けて、激しい地響き。そして、空を振るわせるほどの咆哮。


 恐る恐る目を広げてみると、予想通りの光景が広がっていた。


 空を埋め尽くしていた狼も、私たちの周りを囲っていた狼たちも土に変わっている。強烈な光魔法を浴び、全滅していた。

 私たちの前には、巨大な山が広がっていた。魔獣が騒然と立っていた。

 いつか見た巨大なゴブリンと同じくらいの背丈、顔は鷲のような鳥頭。身体はライオン。広げれば大きな花壇をゆうに超えるほどの大きな翼が背中から生えている。


「……お父さん、なんで、ここに?」

「話は後だ。ノエル。フィリー、無事か?」

「……ああ。しくじったぜ」

「いや、良くやった。……後は、お父さんに任せろ」

 魔族には、普段生活する姿とは別の姿を持っている。幻獣化と呼ばれている姿だ。

 幻獣化したグリフォン。

 小さな頃からたまに見てきた、お父さんの雄姿がそこにあった。


――『立ち去りなさい、悪しき魔獣よ』

――『ここをどこだと思っているの?』

――『お花を、潰さないで。花壇を、荒らさないで』

――『恐れを知らぬ魔族よ――』


「あぁ、ゴチャゴチャうるせぇよ! 黙れ、羽虫ども!」

 鼓膜が破れそうな怒声が響き、頭の中の声がピタリとやむ。


「てめぇらは姫が生まれる大事な時だろうが。オレの子供に余計なちょっかいを出している場合か?」

 お父さんがどすんどすんと音を立て、花壇の中央に近づいていく。


――『やめて、やめて!』

――『姫に近づかないで!』

 中央のマユに精霊ニンフたちが集まっていく。


「姫がいなきゃお前らはなり立たねぇんだろ。……なら、そのマユを裂いて、ついばんでやろうか?」

 きらりと、お父さんのクチバシが光り、精霊ニンフたちが怯えはじめる。


――『た、立ち去りなさい!』

――『子を連れて、大空へと帰りなさい!』

――『なんでもあげるから、姫に手を出さないで!』


「だったらよぉ、初めっからそうしてろ!」

 お父さんはもう一度、精霊ニンフたちに吠えつけ、私たちに顔を向ける。


 そして、優しくこう言った。


「……フィリー、ノエル! お父さんの背中に乗りなさい。魔族の街に帰ろう」


 こうして私たちは無事、魔族の街に戻ってきた。

 お父さんが言うには、何故か帰りの遅い私たちを心配しながらもお酒を飲みに酒場に向かったところ、バーテンさんから私たちのことを聞かされ、いてもたってもいられずにここまで飛んできてしまった、という話だった。

 バーテンさんに口止めしなかった私たちも悪いけれど、お父さんに内緒で贈り物を渡そうという私たちの計画は失敗に終わってしまった。

 まあ、そのおかげで私たちは助かったのだから文句もいえない。


 いつものようにお母さんから長々とお説教されるかと思ったけれど、今回はそんなに長くなかった。お父さんとお母さんに贈り物をしたかったからっていう、私たちの気持ちを汲んでくれたんだろう。


 どさくさ紛れって訳じゃないけど、きちんと精霊ニンフから小瓶を受け取った私たちは、きれいな包みで飾り付けて、無事お父さんとお母さんの誕生日にプレゼントを贈ることができた。

 ご馳走が並ぶテーブルの上からお父さんに小瓶を渡すと、それはもう気持ち悪いくらいの笑顔をみせながら受け取ってくれた。


 幻の霊酒、『精霊の涙』。


 どんな味なのか私も気になったけれど、ふたりで飲むんだって。けち。


 危険な目にもあったけれど、目的は達成できたから満足だ。

 こうして、今回の私とフィリーの不思議な冒険は終わった。


 今回は、だけどね。

 人間の世界にいたころは、まさか私が、こんな経験するとは思っていなかった。


 まだまだ、沢山の私の知らない世界が、この魔族の世界には広がっているんだろう。

 沢山の経験を、これからもフィリーと一緒にしていくんだろう。


 そう、私たちはふたりで一つの『ツガイ』なんだから。


 私は魔族に生まれ変わって、本当によかった。





 子供達の喧騒が終わり、寝静まった夜に二羽の魔族が向かい合って椅子に座り、杯を傾けていた。

 背に大きな翼を持ったグリフォン種と色気を纏ったサキュバス種の二羽だった。


「……飲まないの? それ」

 大きな瞳を机の片隅に置かれた小瓶に向け、サキュバス種が悪戯心を含んだ言葉を投げかけた。


「簡単に飲めるかよ。……勿体ない」

 満足そうにそう言い、グリフォン種は安酒を喉に流し込んだ。


「飲まないほうが勿体ないわよ。せっかく美味しいお酒なんだから」

「そういや、好きな味だって言ってたな……だが、お預けだ」

「……分かったわよ。でも、精霊ニンフのところに行くなんて、あの子たちは本当に困った子ね」

「なに言ってんだ。……俺たちも向かっただろ。何も考えずにな」

 五十年前に、グリフォン種とサキュバス種は精霊ニンフの住む島へ向かっていた。そこで精霊ニンフの問いかけに答え、幻獣化したグリフォン種は狼たちを蹴散らし小瓶を携えて戻ってきていた。


「ツガイは二羽で一羽。あの子ら、精霊ニンフの問いに、ちゃんと答えられたのね」

「普段は喧嘩ばかりだが……俺らの子供だ。当然だろう」

 二羽は満足そうに、お互いに喉を酒で潤した。


「あの時、あなたは精霊ニンフの問いかけに、即答したわよね。……なんで分かったの?」

 空になった杯を机に置き、サキュバス種はニコリと微笑む。


「……俺にとって、ずっと美しい相手が側にいたからだ。それに、お前が近くにいれば、俺はいくらでも戦える。考えるまでもなかったぜ」

 サキュバス種は何度も聞いた答えを聞き満足したのか立ち上がり、グリフォン種に近づいていく。

 ふわりと、グリフォン種の厚い胸板に飛び込む。


「……好きよ、あなた」

「ああ、俺もだ」

 机の上に置かれた小瓶が、微笑むようにきらりと輝いた。


「……小瓶、空けていい?」

「ダメだ。あの子らの子供が生まれたら、二羽で空けて祝いに飲もう。それまでは、お預けだ」

「分かったわよぉ、……約束よ。忘れないでね」

「ああ、……約束だ」

 ひとつの『ツガイ』は約束を交わし、夜に混ざり合う。


 グリフォン種はその胸に最も大事な自分の片割れを抱き、満足そうに安酒を喉に流し込んだ。


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