悠人2 『介抱』

【悠人④】

 俺は王族といえども、母親は国王の妾であり、庶出の身の上だ。王宮に住まうなど出来る身分ではない。

 俺の住まいは城から少し離れた位置、貴族の家が建ち並ぶ区画にある。


 慎ましい家、とはいいつつも、日本ならば大豪邸と呼ばれる家だろう。なんせ部屋数だけで三十はある。俺と母のシャルル、使用人達を合わせても余らせている部屋は山ほどある。全くもって勿体ない限りだ。

 その中の一室、中央にキングサイズのベッドが置かれた寝室に、狙撃手の女は寝かされていた。


「……ここは」

 うっすらと目をあけ、額を押さえる女。簡単な治療はしたが、それでも痛むのだろう。

 大リーガーでも出来ないような離れ業を使った、ガラハドの全力投球を受けたんだ。命があっただけでも儲けものだろう。


「俺の屋敷だ。良く眠れたか?」

 不意な俺の問いかけにビクリと身を縮める女。

 その瞬間、両手が縛られていることに気がつき、更に身を固める。


「あ、あなたは……ここは、どこなんですの? なんで、私がこんなところに」


「俺の家だと言っただろう。何故かと言われれば、倒れていたから介抱したと答えておこう」


「介抱……そ、それはどういたしまして? ですわ」

 礼にハテナマークが付いていたことが気になるが、仕方ないだろう。

 命を狙った相手に手当てされているんだ。複雑な心境にもなる。


「で、では私はこれで……お礼はまた今度させていただきますわ」


「まあそう言うな。お茶くらいは出すさ」


「お構いなく、あの、解いていただきませんか?」

 女がきつくロープで縛られた両手を差し出してくる。


「解けず、キツすぎずで縛るのにはなかなか苦労したんだが、お気に召さなかったか?」


「あ、えっと、なぜ私は縛られているのでしょう?」


「趣味みたいなものだ。気にするな」


「余計気になりますわ!」


「ちなみに足にも結んである。自信作だ」


「私、絶体絶命なんじゃないですか!?」

 ガクガク震え始めた女を微笑ましく見つめる。

 いかんいかん、ドS心が顔を出してしまった。

 自重しなくては。


「まあ、水でも呑んで落ち着け。別に害を加えようと思っている訳じゃない」


「こんな状況で言われても説得力ありませんわ」

 身を縮めて震える女に水を注いだコップを手渡す。


「……毒とか入ってませんこと?」


「こんなところで死なれても目覚めが悪い。死にたいなら屋敷の外で死んでくれ」

 俺の言葉に納得したのか、女がコップに口を付ける。

 一口飲んで、目を見開き、ごぶごぶと一気に飲み干す。


檸檬カムラで味を調えてある。旨いだろう?」


「え、ええ……」

 まだ欲しそうにしていたので、二杯目を注ぎ再び手渡す。

 次は口の中に含みつつゆっくり味わうように飲んでいる。


 こうしてみると、ただの少女だな。女の身体の一部、ある一点を除くとだが。


「それで、何故俺の命を狙った?」

 ぶふぅ、と女が水を口から噴き出す。


「こほっこほっ、ば、バレてますのね」


「そりゃあな、誰の命令だ?」

 むしろ何故バレてないと思ったのか。あれだけ状況証拠が揃った現行犯だってのに。

 女は首を振り、分かりやすく顔を俺から逸らす。

「……言えませんわ」

 まあそうだろうな。俺だって聞き出せるなんて思っていない。


「構わない。では話せることだけでいい。いくつか質問する」


「……」

 何も答えない少女を無視し、続ける。


「弓の技術は誰から習った?」


「……」


「名は何と言う?」


「……」


「その服、貴族の服だな。どこの令嬢だ? それとも盗んだのか?」


「……」

 だんまりか。女はローブの下に貴族が着るようなドレスを身に纏っていた。

 決して動きやすい格好でもないし、普段着として好んで着るようなもんでもない。

 どこかの令嬢なのは間違いないだろう。


「ではこれが最後だ」

 俺は姿勢を直し、女の頭を指さす。


「何故、“半獣”が令嬢の格好をしている?」

 俺の言葉にはっとなり、女はロープで結ばれた両腕を頭の上に充てる。

 女の頭から生えた耳がピクリと動いた。


 そう、元の世界で言う、所謂猫耳だ。

 女の頭には、本来人の耳がある場所から少し上辺りに猫とも犬ともつかない耳が備わっていた。

 因みに人の耳の位置はボブカット程度の長さに切り揃えられたブロンドの髪で隠されている。

 中を覗いてみたが、知らなくても良いことだった。


「今頃気がついたのか。随分前から露わになっていたんだが」


「……嫌」


「本来、王国内の半獣は奴隷階級だ。そんな格好をして良い身分ではない。お前は獣人であることを知られたくないから、このフードローブを身に付け、普段から隠しているんだな」


「嫌ッ!!」

 女はその頭を隠すように身を縮め、俺から逃れようと身体を動かす。

 半獣は“ことば”を話す獣として扱われている。

 人間に近い姿形をしていて、そこに獣の要素が加えられている。

 この女の場合、頭の上に付いた耳と、ふさふさした尻尾がそれにあたる。

 尻尾はドレススカートの中に隠され、その上から赤いローブを羽織り、深めのフードで耳を隠していたのだ。


 何故、そんなことをしているのか。


 簡単だ。半獣は奴隷。人権などない、というのがこの世界の価値観だからだ。

 領土を広げる際に、半獣の集落があればそれを滅ぼしてきた。

 王国内の半獣はボロボロの服を着せられ、首輪をした状態で連れられているのが当たり前の光景だ。

 そんな中、貴族の格好をした半獣が歩いていたら違和感でしかない。


 問題は、どうしてこの女がそんな格好をしているかだ。


「さっきも言ったように、俺はお前に危害を加えるつもりはない。半獣に向けての思うところもない。ただの好奇心で聞いている」

 女は俺の言葉に耳を貸さず、相変わらずベッドの上でもがいている。

 駄目だな。これ以上は情報を聞き出せないだろう。


 俺は深いため息をつき、サイドテーブルに置いてあったナイフを握る。

 気がついた女が息を呑んだ。


「動くな。今、楽にしてやる」


「や、やめて……」

 涙を浮かべ、顔を振る女。その女目掛け、ナイフを煌めかせる。

 ぷつり、と音を立てて女の腕を縛っていたロープが解けた。


「え……?」

 呆気にとられているうちに、今度は両足を結んでいたロープにも切り込みを入れ、解く。


「帰れ。戻る家はあるんだろう」

 俺の言葉を受けても女は身動き一つしない。


「……あ、あの、何もしないんですの?」


「言っただろう。俺はお前に危害を加えるつもりはないと」


「で、でも……私は貴方を殺そうとしたのですよ」


「結果、失敗に終わった。俺は何一つ危害を加えられていない」

 おい、なんだその信じられないといった顔は。あんぐりと口を大きく開けている。


 そりゃまあ、恐らく俺を王族と分かった上で矢を撃ったのだ。

 王族に害を成す者は一族合わせての討ち滅ぼしが通例の世界で、不問とされたら誰でも頭がおかしいように思うだろう。


「し、信じられませんわ。何か罠があるとしか……」


「そんなもの這ってなんになる。何もしないと言っている」


「だって、私を逃がしたら、また命を狙われるかもしれませんわよ」


「俺を殺したいのなら、また来ればいい」

 その時はまた迎え撃てばいいだけの話だ。ガハラドが、だが。


「……」

 戸惑っている女に続ける。


「死ぬ時期が近づいているのならば、どれだけもがこうとも死ぬさ。反対に、死ぬべき時期でなければ、どれだけもがこうとも、死ねない。人の人生とはそういうものだと思わないか?」

 心の中に、まだ俺がこの世界に来る前、“石碑”の前でつばさが息絶えかけていた時の情景が浮かび上がる。


 俺はあのとき、つばさを生かそうと必死でもがいていた。

 だが、運命には勝てず、つばさを失った。


 俺がこの世界に来たように、つばさもこちらの世界に飛ばされてきたかもしれない。

 だが、それは俺の願望でしかない。それにすがって、城下町を探し回ったこともあったが、無駄だった。おそらく、王国内につばさはいない。

 世界中をくまなく探せば、見つかるかもしれない。だが、世界は広すぎる。


 そして、過酷だ。


 俺は運良く王族という護られた立場で生まれたが、つばさも同じとは限らない。

 同じように生まれ変わったものの、もう、既に死んでいるのかもしれない。


 つばさは死んでしまった。


 いつからか、俺はそう思うようになっていった。

 そして、つばさの死を受け入れた瞬間から、俺は抜け殻となった。


「ただ生きる。それだけのことが、残酷なことだってあるさ。“半獣”のお前ならば、もしかしたら俺の気持ちが分かるのかもしれないな」

 脈絡のない俺の独白に、納得したのかしていないのか、女はおどおどと立ち上がり、扉に向かって歩き始める。


「――そうだ、少し待て」

 俺は椅子の背に立てかけておいた弓を取り出し、女に向かい放り投げる。


「忘れ物だ。矢はそこに置いてある」

 女は手に取った自分の獲物と俺の顔を交互に見つめる。


「……分かりませんわ。今ここで、私があなたを撃つかもしれませんのよ」


「部屋の外にはお前に石を投げつけた男、英雄ガラハドが控えている。扉越しだが、弓を引く音を聞いた瞬間に飛び込んで来るだろう。そしてその時は、お前の頭は胴体から離れている。死にたいのならば、やってみるがいいさ」

 ここは俺の死に場所ではないだろう。


 だから運命に生かされている。


「残り一週間でルスランからは離れてしまうが、気が向いたらまた来てくれ。お前には興味がある」


「興味……?」


「そうだ。命を狙う者としてではない、半獣としてでもない。“一人の女”としてな」

 半獣と貴族、二つの相反する顔を持っているのならば、それはどんな人生だったのだろう。

 女は一瞬だけ顔を赤らめ、その表情が一瞬にして曇る。

 しばらくの時間、そのまま立ち尽くしていた女が顔を上げた。


「カロリーヌ=ラーゼファー。それが私の名前ですわ」

 家名があるという事はやはり貴族か。しかし、ラーゼファーか。


「……ラーゼファー……聞いたことがあるようなないような」


「殿下。無礼を承知の上でのお願いですわ」

 記憶を探る俺に向け、膝を折り頭を下げるカロリーヌ。

 いや、無礼といったらその無茶苦茶な敬語が既に無礼なんだが、まあそれはいいだろう。


「どうか、ラーゼファー家、私の屋敷まで足をお運びいただけませんでしょうか?」


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