人間

 悠人1 『暗殺』

【悠人①】

「第五王子、ロキ=フォン=ラフォード=ルスランよ! そなたの日頃の知と武勇を認め、本日より我らが領土、俗国であるエスタール地方、エスタール公国の第一守護者へと任命する」

 拍手喝采の中、頭を下げる俺の手に、宰相から勲章が渡される。

 目の前の玉座には真っ白な髭を顎に蓄えたオッサンが偉そうにふんぞり返っている。


 いや、実際に偉いんだけどな。

 目の前に座るガタイの良いオッサンは、大陸東半分を支配下に納める強国、ルスラン王国の国王だ。


 そしてこの俺もそれなりに偉い立場だ。

 日本という平和な国に生まれ、悠々自適に暮らしていた高校生の白石悠人は一度目の生涯を終え、ルスラン王家の第五王子という肩書きに生まれ変わっていた。

 そして、早くも十年が経過していた。


 東条つばさという幼馴染みに告白をし、さあこれからという俺達の前に突如、“石碑”が現れた。

 そこで謎の存在に殺されかけ、つばさも切られた。血溜まりを作るつばさを抱きしめたところまでは覚えている。


 次の瞬間俺はまだ喋れもしない、歩けもしない赤ん坊へと生まれ変わっていた。

 状況を飲み込めないまま月日が経ち、自分の体を動かすこともできないまま有無を言わさず乳を飲まされ続けた。

 まあ乳母がやけに美人だったんで文句も言わなかったが。


 どうやらそれなりの裕福な家庭のようだ、と思ってたら実は王族だったというオチもある。

 俺たちの母国であるルスラン王国、その王族……とは言っても正室の子ではなく、その上第五王子という気楽な身分だ。生きるか死ぬかの家庭に生まれるよりずいぶん楽だな。なんて気楽に考えていたら、三歳の頃に暗殺されかかった。黒幕は兄の誰か。未だに分かっていない。多分第三王子のボンクラだろうが。


 その動機は不明だが、恐らくは俺が優秀過ぎたからだ、と推測を立てている。

 ……いや、何を言っているんだお前は、だとか思わないでくれ。

 だって、三歳のガキんちょが流暢に言葉を話し、教師達と熱い議論を交わしてたんだぜ。そりゃあ誰だって怖がるさ。こいつに、いつか自分の地位が奪われるんじゃね?って思う。

 俺がちょっと考えなしに行動していたって面もあった。日本人特有の平和ボケがあったのだろう。


 それからはできる限りボンクラであるかのように振る舞った。

 習い事は全てサボり、昼間は城下町に抜けだし悪戯をしてまわり、商売をやっているオッちゃんたちと与太話に励む。

 夜は夜で社交など一切参加せず、自室に閉じこもり、読書に励む。


 そうしているうちに、いつからか貴族達からは『碌でなし王子』と揶揄されるようになっていったわけだ。

 つまり、先ほどの宰相のセリフ、『日頃の知と武勇を認め~』はただのお飾りの言葉だ。皮肉にすらなっていない。

 俺は今日、十歳となったこの日、属国の守護という名目で本国から地方へと厄介払いされたというわけだ。


【悠人②】

「本当によろしいのですか。これで」

 王宮内を歩く俺の一歩後ろを、従者であるガラハドが付き従う。

 短く切り揃えた銀髪に鋭い眼光がよく似合う男だ。


 歳は今年で二八歳だったかな。

 日本での同年代を思い浮かべると、まだまだ若者と呼ばれる年代だったと思うが、ガラハドは違う。

 既に中年のオッサンを彷彿させる落ち着きと雰囲気を持っていた。

 引き締まった体つきをしていて、腰には長剣を携えている。


「決めたことだ。俺は王国内の利権争いに関与する気も、兄弟喧嘩をする気もない。田舎の一国家で隠居し、のほほんと暮らしていくくらいが丁度良いさ」


「ですが、シャルル様は、もう少し殿下と共に暮らしたいとお思いかと」

 シャルル、とはこの世界での生みの親だ。

 少し青みがかった髪の美女で、十六の頃に国王に見初められ、側室として迎え入れられたという経緯を持っている。


 今回、俗国エスタールへと向かうにあたり、シャルルの同行はない。

 妾はあくまで、国王の所有物であるからだ。


「母上も納得済みだ。我が子の命を狙われるくらいであれば、安全な土地で暮らしてもらいたいと思うのもまた親心だろう」


「失礼ながら私の気持ちを進言すると、ロキ様のお力を地方の守護者で納めるのは、勿体なく思っております。良き葡萄酒には良き器に注がれる権利があるかと」


「買いかぶりすぎだ。それに例え良い葡萄酒だとしても酔えば同じだ。何に注がれるかなど、偉そうにしている奴らの見栄でしかない」

 ガラハドはそれ以上はなにも言わず、俺に付き従う。正式に従者となったのは本日付ではあるものの、付き合いは俺が生まれた時からある。こうなった俺を説得することはできないと理解しているのだろう。


 確かに俺は、一般的な十歳のガキにしてみたら落ち着き払っていて知識もあるように見えるのだろう。

 だがそれは、別の世界で十六年間暮らしてきた記憶があるからだ。

 生まれながら、愛する者を失った経験があるからだ。

 俺は上等な葡萄酒などでは、決してない。


「出発は一週間後です。せめてその間だけでも、シャルル様をお大事にしていただきたく思います」


「言われずとも、母上とはなるべく長い時間を取るつもりだ。だが、先ずは――」

 長い空中廊下に出た俺は、柵の隙間から城下町を見下ろす。

 十年間お世話になった街だ。挨拶するべき人間は山ほどいる。


【悠人③】

 城下町へと向かった俺とガラハドは商店街のオッサン達に別れの挨拶をしてまわる。会う度会う度、別れの品が増えていくので、ガラハドの両手に抱えられないほどになっていた。


「そ、そろそろ戻りませんか?」

 鶏馬ルロ大根をこんもり乗せたザルを頭より高く詰まれた荷物の上に乗せたところで、流石のガラハドも根を上げてきた。


「そうだな。これで一通りは回ったが……後は」

 俺は街の中央を陣取っている、嫌でも目に付く豪華な建物に目線を移す。

 煉瓦と切石を材料とした建物で成り立つルスランの城下町だが、唯一、乳白色をした鉱物を練り溶かした建築様式の建物が存在する。


 『教会』の所有するルスラン大聖堂。

 この世界の最新建築技術を駆使した馬鹿でかい尖頭アーチと尖塔を持った大聖堂だ。

 古い街並みの中に空気を読まず鉄筋コンクリートのビルが建っているようなものだ。

 一応、街並みに溶け込めるよう装飾により配慮はされていたが、目立つことこの上ない。


「確かに、あの御仁にはご挨拶しておいた方がよろしいかと」


「あまり気は進まないのだけどな」

 ガラハドの進言に頭を掻く。別にこれから会いに行く人物に苦手意識があるわけではない。

 俺がなぜ気が進まないのか、それは――


「やあ、ロキ。買い物かな?」

 噂をすれば影、豪華絢爛な白いローブを身に纏った金髪の男が道なりに近づいてくる。

 優男風の顔立ちで、貼り付けたような笑顔を見せつけている。いつものことだが、まるで顔からキラキラと光が散っているように錯覚する。

 その両脇には化粧気の強い女が二人、腕を回していた。どちらも身体のラインを強調したローブを着ていて、腰まで入ったスリットから生足がちらちらと見え隠れしている。


「人違いだ。じゃあな」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 一目見た途端、げんなりしながら踵を返した俺の近くに、瞬時に近づく男。

 あんまり馴れ馴れしくするな。同類と思われたくない。


「やだなぁ、僕とロキの仲だからイイけど、冗談もほどほどにね」


「あながち冗談じゃないんだけどな。……相変わらずだな、エメット」

 このチャラチャラした一見イケメンな男の名はエメットという。

 教会聖堂に勤務する身であり、十八歳ながら王族お抱えの司祭という立場を持つ男でもある。

 俺が三歳の頃、暗殺されかかった後からの付き合いであり、一応、現在は聖典の講師といった立場だったはずだ。

 教えを説くといった名目で、俺の部屋を出入りすることも多々あるが、聖典をまともに教わったことはない。女の扱い方ばかり仕切りに説いていた。


「ああ、あの子らは気にしないでいいよ。最近保護した迷える子羊さ」


「何十人目の迷える子羊だ。そしてたいした仲でもない」


「僕は友達だと思っているんだけどねぇ~」


「チャラ導師と? 冗談を言うな」


「チャラってなにさ」

 頬をあざとく膨らませるエメット。

 会いに行くのに手間は省けたものの、予想通り別に会わなくても良かったと思い始める。

 こいつは色々とキャラが強すぎて、会った直後から胸焼けしてしまう。

 悪い奴ではないんだけどな。


「そういえば、ロキ。エスタールへ行くんだって? 早く言ってよ。水くさいなぁ~」

 適当なところでさよならしようと思ったところで、エメットが肩に腕を回してくる。

 ち、知ってやがったか。


「丁度、エメット様へ挨拶しようと思っていたところでした」

 ガラハドも余計なことを……。


「もしかして、ガラハド殿もご一緒にエスタールへ?」


「ええ、少しばかり骨は折れましたが、なんとか国王の承認をいただきました」


「それは良かった。ロキもガハラド殿が一緒なら安心だね」

 それは確かにそうだ。

 今や俺の小間使いにされているが、元々ガラハドは将軍の地位にいた人間。それもルスラン王国軍の中でも一、二を争うほどの猛将だ。

 本当に、俺には勿体なすぎるほどの人材だ。


「では、ガラハド殿もやっと重責から解放されるわけだね。今よりかは気軽に良い人を作れるんだから、良い便りを期待しているよ」


「いえ、私にそのつもりは……それに、殿下をお守りするのも十分過ぎる使命かと」


「それもそうだね。ロキが厄介な存在なのは何処に行っても変わらないだろうし」

 エメットはそう言って俺にウィンクをしてくる。


「うるさい。これでも、目立たぬようしているんだ。そしてガラハド、殿下はやめてくれ」

 俺の願いにガラハドは頭を下げる。

 俺自身、偉そうにできるような存在じゃないのに重ね、日本人感覚も俺の中に残っているので殿下と呼ばれるのにはどうしても慣れない。


「まあ、僕も外交でエスタールに行くときは文をよこすし、ロキはロキで帰ってくるときもあるだろうから、今生の別れってわけでもないよ。だからそんなに悲観することはないさ」

 長く伸ばした髪をかき上げ、顔からキラキラとした光を放つエメット。

 相変わらずどうやって出しているのか不思議でならない。


「ところで、出発の日はいつなんだい?」


「一週間後だが、どうしたんだ?」

 覚めた目で見つめる俺を知ってか知らずか、エメットは続ける。


「三日後に、とある貴族の婚約式があるんだけど、ロキが参加するのなら僕も行こうと思ってるんだけど」


「もし招待状が来ていたとしても、遠慮しておく。社交など今の俺に全く必要のないことだ」


「伯爵令嬢の婚約式だけど、公爵家との婚姻だからまんざら無関係でもないのに。爵位のある人間は大抵参加するだろうし」

 公爵ということは親戚関係か。

 親戚に嫁ぐお嬢が婚約パーティーを開くとなると、第五王子である俺は当然参加せざるを得ないだろう。本来であればだが。


 長年で培ってきた『碌でなし王子は禄に社交をしない』というイメージも守りたいし、俺自身あまり親戚一同には関わりたくない。誰がどんな野望を持っているのか分からないからだ。無理に参加する必要はないだろう。


「まあ、無理にとは言わないけど、良かったら考えて――」

 エメットの続く言葉は風にかき消えた。


 ガラガラと音を立て、詰まれた荷物が道に散らばる。

 ガラハドが両手で抱えていた、俺の荷物だ。

 とうのガラハドは俺の前に立ち、拳を俺の頭上近くまで差し出している。


 その手には、たった今、放たれたばかりの矢を握り閉めていた。

 その矢先は、正確に俺の眉間中央に向けられている。


「殿下、私の影へと」

 ガラハドが険しい顔のまま、俺に懇願する。


「いや、良い。方角は分かったか?」


「聖堂側円弧橋の上からです。姿形まではハッキリと見えませんでした」


「聖堂側円弧橋……だと?」

 ここからだと、三百メートルはある距離だぞ。

 つい、視線をそちらの方に移すと、石煉瓦を積んで作られたアーチが豆粒のように小さく見える。遮蔽物こそないが、まともにターゲットを狙える距離じゃない。


「あんなところから弓で狙えるの?」

 エメットが場に似合わずのんびりした声を出す。


「恐ろしい程の腕を持った、達人です。殿下、どうかお下がりを」


「良いと言っている。それよりも元を絶て。ここへの滞在も、残り短いしな」


「……手は打っております。手応えはありました」

 ガラハドはそう言って、腰の巾着から丸石を取り出した。


*****


 江戸時代、武士が持つ長弓の射程は四百メートル程度だったと言われている。

 ただ、それは殺傷能力がある威力のまま、山なりに目標なしで撃った場合の射程だ。

 実際、目標に矢を当てる射程となると、達人レベルであったとしても六十から八十が限界だ。

 そんな弓矢を使い、三百メートル先にいるガキの額を正確に狙う狙撃手の手腕も感服だが、ガラハドも負けていない。


 矢の気配を察知したガラハドは一瞬にして荷物を捨て、矢の軌道を見切り掴み取り、それと同時進行で狙撃手に向かい石を投げるという離れ業をやってのけた。

 素手で山なりに投げた石を目標に当てるなど、化け物かコイツは。


 エメットと別れを告げ、念の為ガラハドの後ろに控えつつ聖堂側の円弧橋まで辿り着く。

 橋と呼ばれているがデザイン上のもので、渡るようにはできていない。

 アーチ状になった橋桁の下をくぐり抜けるためだけに作られた無駄な代物だ。


 その橋台に寄り添うように、それは倒れていた。

 赤いローブを身に纏った女が、仰向けに横たわり目を閉じている。

 女の周りには矢が飛び散っていて、少し離れたところには、大ぶりの弓が落ちていた。


「生きております。私もまだまだです」

 首筋に指を置き、ガラハドが首を振る。近づいてみると、ローブに隠れかけた額の一部から血を流しているようだ。


「女か。……若いな」

 人のことは言えない身体だがな。見た感じ、今の俺と同じくらいか、精々、十二歳程度に見える。


「状況からこの者が撃ったとみて間違いはないでしょう。……いかがされますか?」

 王族に害を成した者はその場で極刑が通例。それが分かっているガラハドから、敢えての問いかけだった。

 猛将であるガラハドも女子供に手を出すのは躊躇っているようだ。


 ……くそ、これがむさ苦しいオッサンとかだったら迷わず殺ってしまえと言えるんだがな。


「ここは目立つ、一度、屋敷まで連れ帰ろう」

 俺の提案に少し安心した素振りを見せ、ガラハドは女を抱える。


 はらりと、頭に被っていたフードが落下した。

 女の頭部が露わになる。


「これは……」

 ガラハドの目が開かれた。

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