つばさと悠人10 『二つの自我』
【ロキ ラーフィア山脈前】
「戻るぞ。もう十分だ」
ドラゴンがターンブル残党達の前に立ちふさがったのを確認して、俺はエアに指示を出す。
ドラゴンが生きているのならば、もはや奴らはどうすることもできないだろう。後は遅かれ早かれパクりんちょされるのを待つのみ。
それよりも火の粉がこちらに降りかかってくるのを避けなくてはならないだろう。俺も人間だしな。ドラゴンからしてみれば敵と変わらないだろう。
「ああ、疲れた。帰って一段落したら、プルプル漬け全部買ってね。その位は働いたから」
「なんだその食欲をそそらない名前の料理は」
「失礼な、美味しいんだよー」
エアはブルシャンに戻りながら自分の作る料理がいかに美味しいかを力説している。
脇に抱えたルールーを見ると、思い詰めた表情をしていた。
『もう前のツガイだから』とエアが発言してから、随分と元気がなくなっていた。
エアに追求しようとした俺の手を握り、深く聞いてはダメだとばかりに首を振っていた。
ルールーの様子をみるに魔族ならば察することが出来る、何かしらの事情があるのだろう。
……そんなもの、考えられるのは一つだ。
恐らく、リレフなるエアのツガイは死んでしまったのだろう。そしてどういうカラクリか、魔族はツガイが死んだらその人物への愛情を忘れる機能が備わってると。
……随分と便利な機能だとは思うが、同時に腹が立つな。
何か、魔族の心を物としてしか扱ってない、そんな存在を感じる。
そりゃあ、端から見れば恋人が死んで泣きわめいて暮らすよりかは、すっかり忘れて新しい恋人を探した方がよい。そう思うだろう。
『早く忘れて新しい人見つけなよ』なんてセリフは、周囲の慰めとしては妥当なところだ。
だがそれを強制的にやる、というのはどうにも頂けない。
人間の感覚でしかないが、悲しむ時間というのは必要なものだと思う。
それで色んなことを考え、悩み、思い出し、……次の一歩を踏み出す。それでやっと成長した、と自覚できるのだろう。
悲しみを背負ってようが、次の幸せを得る機会はある。忘れる必要なんてないんだ。
悲しいだろうからなくしてしまえ、だなんてのは短絡的な馬鹿げた
「どうしたのー? ロキ、急に黙って」
「……いいや、気にするな」
だが一方で、それは俺の個人的な経験からの感想でしかない。
俺はあの日、常見重工ビルの屋上でつばさが息絶えていく姿をこの目で見た。
物心ついた時から愛していた女の死を見せ付けられた。
生まれ変わってもつばさの死が認められず、同じ世界のどこかで、俺と同じように生まれ変わってるんじゃないか、そんな馬鹿げた妄想を何度もした。
愛しい人の死を認められず、生涯の別れを嘆き、苦悩して、今がある。
それで良かったと思っている。だから俺はこの異世界でも必死に生きて来られた。
今、こうして生きてられるのは、つばさのお陰だ。つばさとの思い出があったからだ。
今もまだ乗り越えきれていない。もう二度と会えないと分かっている。けれど、つばさの思い出を生涯忘れたくはない。
好きでいる気持ちを忘れたくない。
だから同じ事を魔族にも当てはめて、考えてしまっている。
「どちらが本当の
「ん?」
「いや、なんでもない」
うだうだと考えていた思考の渦を振り払い、俺は目の前に広がるブルシャンの防壁を見つめていた。
「あの……ちょっといいかな?」
考え込んでいたルールーが俺の脇で手を上げる。
「どうした? ルー子」
「帰る前にちょっと寄ってもらいたいところが……」
「トイレか?」
「違う。あ……近くまででいいから何も言わずにそこで降ろして」
なんだノリが急に悪くなったな。
調子が悪くなったのか? 顔色……は元から悪いとして、表情も優れないしな。
「別にいいけどー……どこに行けばいいの?」
「枯れた水路の近く。案内するよ。ありがと、エア」
「……何かあるなら一緒に行こうか?」
ここまで来たら旅も道連れだ。敵の本拠地も潰したことだし、後は残兵処理位だしな。
「ん、大丈夫。ちょっと気になった事があるだけだから。先に行ってて」
ルールーは一人になりたいようだった。まあ、魔族にも色々とあるのだろう。深くは聞くまい。
「分かった。ターンブルの残党には気をつけろよ」
「うん、人間に会ったらすぐに逃げるよ」
浮かない表情のルールーをしばし見つめる。大丈夫か。こいつ。
「ルールー。俺達は魔族と人間。理解し合えない事だって沢山あるだろう。それでなくても言いたくない事の一つや二つある。だから深くは聞かないが、一つだけ、心に止めて欲しいことがある」
「……なに?」
「俺は仲間を見捨てない。種族の差など気にも止めない。頼りたくなったらいつでも頼れ。一緒になって考えるくらいはできるだろう」
「……うん、魔族のこと助けてくれて、ありがとう。ロキ」
****
【ノエル 居住区】
どれくらいの間、こうしていただろう。
私はブルシャンの街灯が照らす中、リレフの亡骸の前で泣き続けていた。
死ぬと皆の記憶から愛情が消えてしまう。どうでもよい存在になる。リレフはそう私に言っていた。
でも私の中からはリレフは消えてない。リレフと、エアと遊んだ時の思い出が、いつまでもいつまでも取り留めなく溢れてくる。
いっそのこと、私も思い出を消してもらいたかった。リレフのことをどうでもよい存在にしてもらいたかった。
そしたら、今こうしてこんな風に悲しみで胸が潰れて動けなくなる、なんて事にはならなかったのに。
友達の死がこんなに痛いだなんて、知りたくなかった。
「ごめんね、リレフ。……ごめんね、エア。リレフを死なせちゃって……」
エアは
本当は、私はそれを喜ぶべきなんだろう。エアに辛い思いさせなくてすんで、良かったと思わなくちゃいけないんだろう。
でも、私の中の醜い心はそんな簡単に割り切れない。
リレフの相手はエアだ。エアの相手はリレフしかない。他の魔族とツガイになるエアを見たくなかった。
それは私の
それでも、エアにも悲しんでもらいたかった。
ずっとじゃなくても、リレフを想い泣いてもらいたかった。
そうじゃないと、リレフが報われないよ。
「……立て。ゆっくりとだ」
背後からボウガンを突きつけられる。
人間が二人、こちらの方に向かってきている気配は感じていた。
でももう、私には抵抗する気力は無かった。
抵抗に、抵抗を重ねた所為で、私はリレフを死なせてしまったんだから。
「女……か? なんでこんな所に」
私は立ち上がり、両手を掲げて振り向いた。男達は互いに目配せして、どうするか決めかねているようだった。
「……おい、女、葡萄酒色の鎧を着た御方を見なかったか?」
私は何も答えない。リレフを殺した人間達に対して、何一つしてやらない。
「おい、答えろ!」
「馬鹿、やめろ。エルヴェ様と出会ったのなら、この女はこうしてここにいない」
ボウガンを突きつける男をもう片方が諫める。
「それも……そうだな。どうする?」
「……連れて行くしかあるまい。魔族であれ、人間であれ、女なんだからな」
「分かった。おい、行くぞ」
両手を下げられて、両側から腕を捕まれる。そのまま、居住区の広場へと足を運ぶ。
「ったく、……どこにいるんだあの人は」
「今頃はどこかの家の中で頑張ってる頃じゃないか?」
どうやらこの男二人はワインレッドの男を探してるようだった。もっと早く来ていれば、リレフが死ななくて済んだかもしれないのに。
居住区の広場から行政区への階段を登り、石のアーチをくぐり抜けた途端に、剣撃が聞こえてきた。
「……なんだよ、あれは」
行政区の大通りで二人の男が戦っていた。その周りを、幾人かの兵士達が見守っている。二人の戦いに魅入っていた。
無駄のないフォームで剣撃を次々と打ち込む銀髪の黒い鎧。その男の動きは滑らかで、なのに目で追うことも出来ないほど素早く動いている。
対峙していたのは、お父さんだった。血まみれになって、矢が体中に突き刺さっていて、それでも力強く銀髪の男に襲いかかっている。
斬撃を鉤爪で受け流し、素早く男の懐に入り込もうとしている。
「おと――」
私がつい叫ぼうとした瞬間、強い怒気が私に降り注いだ。
お父さんが私に向けたものだった。
翼の折れた赤が私に向かって飛びかかってきた。
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